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学園生活(カッコカリ)

第30話 溢れ出る本の波

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 モモが取り出した本を中心に、床一面の本は崩れ落ち始め、部屋の中身--山程の本と私達、後その他諸々--は下へ吸い込まれていく。
足元は星空みたいな不思議空間。

 大量の本は波のようにうねりながら、真下に落ちる事なく、螺旋を描いてその奥へと流れていく。

「あ、アリシアさん!どうにかしてください!」

「えー、せっかくだから流されて行きなよー」

「えぇ!?」

「何事も経験、けいけんー」

 アリシアはケラケラ笑いながら本の波の中に飲まれていく。

 そんな経験しとうないわ!ヘルプミー、イヴ!

《ククッ!我輩の助けが必…うぉぉぉぉ!!》

 イヴは波に飲まれて行った。
何やってんだよ、助けろよ!千の魔術はどうしたよ!

「ルルゥゥゥゥ!!」

 モモを乗せたルルは本の波に逆走しているが、いくら走っても跳ねても無駄な様子。
本の流れには逆らえないようだ。

「ふっふっふ!逆らうんじゃなくて--乗るのだよー!」

 いつの間にか波の上にアリシアが浮き上がってきた。いや、仁王立ちで波に乗っていた。

「な、なん……だと……!!」

 不思議空間の奥へと流れていく激流、その上で余裕そうな顔のアリシア、足元には触手蠢くチェスト。

「ふ…ふしゃっ…ふしゃっ《ぐぉぉ、やめろ踏むんじゃない!重い!》」

 苦しそうな悲鳴が聞こえる。
彼女にはきっと聞こえていないのだろう。

「やかんちゃん!なんかあげて!」

「ふしゃぁ!《人族にくれてやるものなぞあるものか!》」

 言ってる事が矛盾している触手が、何かをこちらへ放り投げる。

 勢いよく飛んできたそれを掴む。
その物体は単なる板切れ、今は藁をも掴む私。
なんだって構わないんだ。今を凌げれば!!

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

なんとか板の上に立ち、流れに乗る。

「お、いいねぇー!乗ったねぇー!」

 冗談じゃないぞ!こんなん飲まれたらただじゃ済まないでしょう!なんで笑ってんだこの人は!

《お、おい!小娘!ここだ!我輩は!》

 少し離れたところでジタバタしているクソトカゲ。どうやってそこまで行けと、自分でなんとかしてよ。

《この薄情者め!恥を知れ!年長者を労われ!》

 うるさいなぁ、仕方ない、助けてやりますか。

「なんか棒とか使えるものありますか!!」

「あいよー!」

 触手の中を弄るアリシア。

「あれ、取れないな、よいしょー!」

 ぶちぶちと触手を引っこ抜きながら探している。

「ふしゃぁぁぁ《うぐぉぉ!やめろぉぉ、やめてくれぇぇぇ》」

 情けねぇな魔族の尖兵、なんか哀れだ。
他の人には声聞こえてなさそうだし。何故か逆らえないみたいだし。

「これでどーだー!」

 長めの棒と一緒に、スポンッと何かが飛び出した。

「あー」

「ふしゃぁぁぁぁあ」

 引っこ抜かれた触手の本体らしき物体は、空間の奥へ消えていった。

「ほれ、フーカちゃん!」

 中身の事などまるで気にかけていないアリシアは棒を投げ渡す。

「おっ、とと。よし」

 取り落としそうになりながら、何とか棒を受け取る。それは丁度パドルみたいな形状をしていた。

「こんのっ!曲がれっ!」

 波の中に棒を突き立て、ゆっくりと板の向きを変える。板は本の波の上で、徐々にイヴの方へ向かい始めた。

「今行くから!もう少し待ってて!」

《早く来い!間に合わなくなっても知らんぞー!!》

 お前はそれでも悪竜王か!!

《あの奥に向かって魔力が吸われているのだ!今の我輩では対処できん!》

 それでもナビゲーターキャラなの君ぃ!まあいい!そろそろ手が届くし、そっちからも手伸ばして!

《くうっ!》

 私の手がイヴに届くかというその時。

「ふしゃぁぁぁ《ぐああああぁぁぁぁ!!》」 

 上から何かが降ってきて、その何かがへばりついた。粘ついたような気味の悪い感触。

「うわっ!何なん」

「ふしゃぁぁ!ふしゃぁぁ!《落ちてなるものか!魔族の勝利の為にこんなところで…》」

《私の顔から離れろ!》

 つい念話を使ってしまった。

「ふしゃ!?《な!人族が私たちの言葉を解するだと!》」

《そこの雑魚に構わず我輩を早く助けてくれ!》

「ふしゃ…!?《竜族……!?何故こんなところに!まさか裏切ったのか!?》」

《いいから私の顔から離れろぉ!》

「ふ、ふしゃ《やめてくれ、わたしは悪い魔族じゃない、違うんだ、これは条約でも許された範囲であって、あと捕虜の拷問は禁止されているし…》」

《やかましい!》

 顔にへばりついた触手の塊を引き剥がして投げ捨てる。

「ふしゃぁぁぁ《うわぁぁぁぁぁ!!》」 

 再び空間の奥へと落ちていった謎生物。

「おっ、よっ、ほっ!」

 声に振り向くと、器用にチェストで本の波を乗りこなし、近くまでアリシアが来ていた。彼女は片手を上に掲げると手を開く。

--その丁度真上に、今、つい先ほど私が投げた触手が落ちてきた。

「ここは上も下もないからねー!」

え、つまりどういう事なんですか?解説のイヴさん。

《下の空間からこの部屋の上に続いている……のか?……だが魔力源があの奥ではないなら……いやそんな魔術は存在しない…なるほど》

なるほど?つまり?

《魔力源はこの本の中にある!おそらく制御しているのもそれだ!》

それでどうすればいいの?

《あるのは先頭だ!我輩を抱えて、飛び降りろ!》

そんなん怖くてやってられるか!

《たとえ落ちてもまた戻って来るだけだ!》

ああもう、ええい、ままよ!
大体なんとかなるんだろう!

 イヴを掴み、不思議空間へと飛び降りる。

 凄まじい速さで落下していく。
頭から飛び込んだせいで景色は逆さまに見え、まるで星空へ上昇しているようだ。

《あったぞ!アレだ!》

 イヴが言った方向には僅かに光を放つ本。

《掴め!》

 ほんの一瞬イヴが翼を広げ、速度を緩める。
手を伸ばし、あと少しで届くかどうか。
それでも僅かに届かない。

あと少し、こっちに来てくれれば!届くのに!あと少し!

「『こっちに来い!』」

《小娘!それは……!?》

 不意に、光る本が私の手の中に飛び込んできた。

「や、やった!それで!これをどうすればいいの!?」

《我輩に任せろ、《開け闇の門》》

 イヴは本を受け取ると、魔術で空間に開いた隙間の中へと本を投げ込む。

《閉じよ!》

 隙間が閉じ、本はどこかへ消えた。

え、それでいいの!?それ消したらこの部屋って!?

《勿論元に戻る!》

元に戻る?元の広さって元の?

《ああ!魔術が掛けられる前だ!》

 視界が本で埋まった。
多分部屋が縮んだんだろう。

「ぐぇ」

 誰かの小さな悲鳴。

 ミシミシと音がする。
これは良くない感じがしますよ、イヴさん。

《あの量の本が入りきる筈もあるまい》

 耐えきれなくなった壁が崩れ、廊下に本が溢れ出す。

《出るぞ!掴まれ!》

イヴに掴まって外へ出る。

「これは!……うおっ」

 外で警備していたアリシアの護衛が本に飲まれたのが見えた。

「おおー、廊下だぁー」

 箒に跨って脱出してきたアリシアは私達と並走する。護衛には目もくれない。

 溢れ出した本は流れるように廊下を満たしながら進んでいく。

「ルルぅぅぅ!」

 ルルの俊足に乗って、迫り来る本の波を背に廊下を駆けるモモ。

 あの不思議空間から出られたのはいいけど、これも不味くないか!?

《この建物は閉じた空間ではないだろう?外に出ればそれで……》

 もう少しで階段だ。上に上がって逃げよう。

《壁を吹き飛ばして外に出ればいいのではないか?》

あー、その手があったかー、思いつかなかったぞー。

《フッ!発想が貧困だな、小娘》

 思いついてもやらないから!普通!
また壊したらそこまで修理しないといけ……ん?

《黒水よ穿て》

 イヴが放った真っ黒な水は行く先の壁をぶち抜いた。

「やるねえー、水も使えるんだー」

 何してんだクソトカゲェェェェ!!

《我輩の発想に感銘を受けていたではないかっ!?何がおかしい!?》

 皮肉も分からないのか!?

《し、知っとるわ!今まで何回お前に言ったと思っておる!》

 何を!いや、もう今はいい!
とりあえずしょうが無いから!外に飛んで!

《フン!"我輩頼み"のクセによく言うわ!》

 イヴが力強く羽ばたいて、寮の外へ出る。
そしてさらに上空へ、アリシアも同様に空へ。

「フーカさん!?流石に壊しすぎですよ!」

 止まりきれなかったのか、空中に投げ出されたモモが今更な注意を言ってきた。

「私悪くない!こいつがやったんだ!こいつが……」

「使い魔ならなんとかしてくださいよぉぉ」

 そう言いながらモモとルルは落ちて行った。

 寮に開いた穴から滝のように流れて行った本の波。外から見て気がついた。

 私達が逃げた方とは反対の通路、その窓と言う窓から本が溢れ出ているのを。
というか寮全体から本が流れ出ている。

「アリシアさん……あれどうするんですか?」

「んー?そろそろ片付けるー?」

「それってどういう…」

「《火の王よ、我が声に応え、我の望むものを灰燼に帰せ》」

 アリシアの懐から取り出した杖を寮に向けると、壁に開いた穴やら窓やらに火が灯り、流れ出る本は出る先から消炭になっていく。

「火事になるんじゃ…」

「大丈夫だよーそこまで未熟じゃない」

一瞬、アリシアの目が赤く光ったような気がした。

 寮の方を見ると中の本の群れも凄まじい速度で燃え尽き、延焼する事なく、灰になり舞い上がって行く。--凄まじい量の灰が。

「灰が……」

「任せてー、《火の王よ、我は灰を捧げる》」

 詠唱と共に、舞い上がった灰は溶けるように消えて行った。

「あー、面白かったー」

 アリシアは至極楽しそうだ。
この世界の人間ってやはりどこかおかしいんじゃ…

《安心しろ、お前もそれほど変わらない》
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