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いんとろだくしょん
第8話 迷宮街へ
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「ようこそ!アドルノ寮へ!」
夜、目を覚ました私達を迎えたのは、上機嫌なサロンの面々。
さっきと違うのは、大勢いた下級生がかなり減っている事。
「え、あ、その」
どもってしまった。この間は相手に妙な緊張感があったお陰で、気にせずに入られたけど、こうも相手に緊張がないと、勢いが足りなくなる。
何の因果か新しい学園生活だ、躓けば後に響く。
《こういう時はありがとうと言えばいい》
「…ありがとうございます」
トカゲに諭されているようでは、まだまだか。
「それで、モモちゃんの魔術をどうやって?」
「それは…」
ふとモモの方を見ると首を横に振る。
どういう意図でも、手の内は隠しておくに限る。
「…企業秘密です」
「そこの黒竜がいればちょっとやそっとの魔術なんて通じないだろうね」
イヴはまるで彼らを気にしていない様子で、肩の上で眠っている。
「バレてしまいましたか、ふふふ」
適当な相槌で場を誤魔化す。
ふふふってなんだ。
生まれてこの方、一度も言ったことないぞ。
実際魔術なんて除湿くらいしか知らないし、全部イヴがやった事にすればいい。
後で見せて、とか言われても面倒だし。
「それにしても、昼みたいに"緊張"していないみたいでよかったよ」
そう言うネーデルは、終始微笑んでいるように見える。
細めの優男で貴族……なんだこの作品を間違えたような奴は、私の物語には薔薇の花なんぞ咲く余地は無いぞ、断じてな……ん、あれ?何で薔薇?おかしくね?なんか混乱してきた。
忘れよう。
「流石我らが新入生ね!きて早々2つも部屋を破壊するなんて!」
目をキラキラさせているのはレモナ。
苗字までは聞いていない。
金色の髪をたなびかせて、やたらと大袈裟な身振り手振りで感情表現をする子。
多分上級生。
「レモナ様、それは褒めてませんよー」
私を助けた上級生、アリシアがレモナを嗜める。
彼女が様をつけるという事は、最上級生なのかな?
寮長がどの程度の権威を持つのかは知らないけど、そのネーデルでさえ、様付で呼んでるみたいだし。
「あの、僕の部屋は…」
「知らないわ!好きになさい!」
おずおずと尋ねていたのは、覇気のない同級生。
名前は…なんだっけ。
あまりに印象が薄いので忘れた。
「うぅ……」
消えるように去っていった。
哀れだが、庇ってあげられる余裕はない、ごめん。
一体誰だろう、部屋を破壊した奴。
絶対に許せないね。
《お前だぞ、忘れたのか?》
なんでさ!ただ氷を呼び出しただけなのに!
《碌に魔術も使えんのに、魔力だけはあるからそうなるのだ、……今後暫く魔術は使うなよ》
せっかくの異世界なのに、魔力は無用の長物かー、無念だ。早い所何か習いたい。
《……また記憶を消費したのかこやつ》
イヴはボソリと言うと、そっぽを向いて欠伸をした。
「ところで、あの魔物を呼んだのってモモちゃん?」
アリシアがモモに問いかける。
「ぇ、ぁ、……」
手を合わせるジェスチャーを、モモだけに見えるようにすると、慌ててモモは答えた。
本当にごめん、多分この流れなら大丈夫だから。
「はい!私がやりましたぁ!」
なんて不憫な子だろう、部屋を失った次は何を失うのだろうか。
「やっぱりねぇー魔力切れで気絶でしてたみたいだしー、《上級魔物召喚》なんて危ないからやっちゃあダメだよー」
「はい……」
モモは微かに震えながらやり切れない様子に見える。ああ、加虐趣味に目覚めそうだ。
彼らの談笑を他所に、イヴが呟いた。
《あれは下位精霊程度だろう》
え、そうなの?じゃあ上級とか何が出てくるのさ?
《さあな、術者の技量による》
じゃあ、私って案外凄かったりして?
《膨らませただけで、出来損ないも良いところだ》
風船みたいなもの?
《お前の言う、それはわからんが…まあ、張り子のような物だ、突けば容易に破裂する》
ナイフ刺しても無駄だったじゃないか。
《蚊に刺された程度で、象は死ぬのか?》
あ、象はいるんだ、それに蚊も。
うん、まあ死なないと思う。
《つまりはそう言う事だ》
いっちょんわからん。
《だが…あの程度で上級だとすると…いや…》
イヴは私を無視して物思いに耽り始めたようだ。
「明日からは講義が始まる。今日のところは早めに解散して明日に備えてもらう……と言いたいところだが……」
言葉に詰まるネーデル。考えるまでもない。
備える為の帰る部屋がない、と言う事だろう。
「さて、件の君達部屋についてだが……なんでも自主性を重んじるとか何とか……と」
何やら雲行きが怪しくなってきた。
まあ、暫くは誰かの部屋に世話になるんだろう。
「えっと、つまり?」
「ああ。好きに修繕して構わないそうだ」
え、何それは。
単に修理されないと言う意味にしか聞こえないけど。
「まあ、君程の魔術師ならば、部屋の1つや2つすぐに作れるだろう?」
ネーデルはさも当たり前のようにそう言った。
正気を疑う。だけど、レモナ、それにアリシアにも特に変わった様子はない。
……まさか本気で言ってる?
「では今日はこの辺でお開きにしよう。他の者も、あまり夜更かしはしないように」
サロンの他の学生にそう声をかけると、ネーデルは一足先に、部屋から出ていった。
続いてアリシアは何かを思い出したように、じゃあと一言だけ言って足早に去る。
その他の学生も銘銘、自室へと戻っていく。
残ったのはレモナと私、それにモモの3人だった。
「そういえば、あなた達、明日の準備はもう済んでいるの?」
明日?ああ、授業の準備とか?
準備以前に自分が履修する科目も授業も知らないし、受け方もわからないのですが。
というか部屋も無いっすよ先輩?
「部屋ごと吹き飛んでしまったので」
悲壮な表情をするモモ。
ああ、神よなんて哀れな娘だろうか。
主は彼女に七難八苦を与えたもうた。
《いや、お前の部屋もないからな》
そういえば私の荷物は?
《あの火球で焼けた》
衣食住全部ダメやん、え、じゃあ私のお酒は?
《よかったなバレる前に揮発したぞ》
「じゃあ行きましょうか!」
レモナはさも当たり前のように、私達の手を引く。
「えっとどちらに?もうエルマイス市への門は閉まってますよね?」
目は口ほどに物を語る。
モモの言葉は丁寧でもその目線は不審者を見ていた。
「どこって、地下街に決まってるじゃない!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
私達の手を引くレモナは、寮のエントランスで立ち止まった。
「…地下に行くんじゃ無いんですか?」
「いい?よく聞いて覚えてなさい!《剣聖アドルノ、徒弟の為に道を開き給え、私達を地の迷宮へ》」
レモナがそう唱えるとエントランスの床に描かれた双剣の紋章が煮立つようにあわ立ち、蠢き、液体のように形を変える。
浮かび上がった線が、中心へ一度集まり固まったと思いきや、次は蜘蛛の子を散らしたように足元を高速で通り過ぎる。
「ひぃっ…」
私の横にいたモモは悲鳴を漏らした。
「心配しないで、気持ち悪いかも知れないけど、襲ってきたりしないわ!」
しばらくしてそれらが収まると、ポンッという妙に軽い音と共に、大きな箱状の物体が床から排出され、ズシリと重そうな衝撃を伴って着地した。
「あら、今日は機嫌がいいみたいね!」
レモナが箱に付いたレバーを下げると、箱の格子状になっている扉が開いた。
「…なんですかこれは?…籠ですか?」
モモは訝しむような表情をしている。
無理もないだろう、それはどう見ても古めかしいエレベーターだったからだ。
博物館とかで見るような奴だ。
この世界ではありふれた物ではないのだろう。
二の足を踏むモモとは対照的に、レモナはさっさと乗り込んで中から手招きをしている。
「さ、乗って」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。見るからに怪しいが…まあ行くしか無い。
「行こう、モモ」
「え、あ」
モモの手を引いてエレベーターらしき物に乗り込む。
「ちゃんと捕まってなさい!外に手を出しちゃダメよ!」
レモナは内部のレバーを勢いよく引こうとするが、硬いのか中々降りない。
「…こ…のっ!大人しく出発…し…なさいっ!くっ!あれ?…ぁ…よし!」
ガキリと硬質な音が聞こえた。
何とかレバーは降りようだ。扉は瞬時に閉まり、籠はゆっくりと動き始める。地面の下へと。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫!こ、これで降りる筈よ!」
「地下に行くってまさかーー」
「……そう!私達はこれで地下へ行くの!エルマイス地下迷宮へ!」
夜、目を覚ました私達を迎えたのは、上機嫌なサロンの面々。
さっきと違うのは、大勢いた下級生がかなり減っている事。
「え、あ、その」
どもってしまった。この間は相手に妙な緊張感があったお陰で、気にせずに入られたけど、こうも相手に緊張がないと、勢いが足りなくなる。
何の因果か新しい学園生活だ、躓けば後に響く。
《こういう時はありがとうと言えばいい》
「…ありがとうございます」
トカゲに諭されているようでは、まだまだか。
「それで、モモちゃんの魔術をどうやって?」
「それは…」
ふとモモの方を見ると首を横に振る。
どういう意図でも、手の内は隠しておくに限る。
「…企業秘密です」
「そこの黒竜がいればちょっとやそっとの魔術なんて通じないだろうね」
イヴはまるで彼らを気にしていない様子で、肩の上で眠っている。
「バレてしまいましたか、ふふふ」
適当な相槌で場を誤魔化す。
ふふふってなんだ。
生まれてこの方、一度も言ったことないぞ。
実際魔術なんて除湿くらいしか知らないし、全部イヴがやった事にすればいい。
後で見せて、とか言われても面倒だし。
「それにしても、昼みたいに"緊張"していないみたいでよかったよ」
そう言うネーデルは、終始微笑んでいるように見える。
細めの優男で貴族……なんだこの作品を間違えたような奴は、私の物語には薔薇の花なんぞ咲く余地は無いぞ、断じてな……ん、あれ?何で薔薇?おかしくね?なんか混乱してきた。
忘れよう。
「流石我らが新入生ね!きて早々2つも部屋を破壊するなんて!」
目をキラキラさせているのはレモナ。
苗字までは聞いていない。
金色の髪をたなびかせて、やたらと大袈裟な身振り手振りで感情表現をする子。
多分上級生。
「レモナ様、それは褒めてませんよー」
私を助けた上級生、アリシアがレモナを嗜める。
彼女が様をつけるという事は、最上級生なのかな?
寮長がどの程度の権威を持つのかは知らないけど、そのネーデルでさえ、様付で呼んでるみたいだし。
「あの、僕の部屋は…」
「知らないわ!好きになさい!」
おずおずと尋ねていたのは、覇気のない同級生。
名前は…なんだっけ。
あまりに印象が薄いので忘れた。
「うぅ……」
消えるように去っていった。
哀れだが、庇ってあげられる余裕はない、ごめん。
一体誰だろう、部屋を破壊した奴。
絶対に許せないね。
《お前だぞ、忘れたのか?》
なんでさ!ただ氷を呼び出しただけなのに!
《碌に魔術も使えんのに、魔力だけはあるからそうなるのだ、……今後暫く魔術は使うなよ》
せっかくの異世界なのに、魔力は無用の長物かー、無念だ。早い所何か習いたい。
《……また記憶を消費したのかこやつ》
イヴはボソリと言うと、そっぽを向いて欠伸をした。
「ところで、あの魔物を呼んだのってモモちゃん?」
アリシアがモモに問いかける。
「ぇ、ぁ、……」
手を合わせるジェスチャーを、モモだけに見えるようにすると、慌ててモモは答えた。
本当にごめん、多分この流れなら大丈夫だから。
「はい!私がやりましたぁ!」
なんて不憫な子だろう、部屋を失った次は何を失うのだろうか。
「やっぱりねぇー魔力切れで気絶でしてたみたいだしー、《上級魔物召喚》なんて危ないからやっちゃあダメだよー」
「はい……」
モモは微かに震えながらやり切れない様子に見える。ああ、加虐趣味に目覚めそうだ。
彼らの談笑を他所に、イヴが呟いた。
《あれは下位精霊程度だろう》
え、そうなの?じゃあ上級とか何が出てくるのさ?
《さあな、術者の技量による》
じゃあ、私って案外凄かったりして?
《膨らませただけで、出来損ないも良いところだ》
風船みたいなもの?
《お前の言う、それはわからんが…まあ、張り子のような物だ、突けば容易に破裂する》
ナイフ刺しても無駄だったじゃないか。
《蚊に刺された程度で、象は死ぬのか?》
あ、象はいるんだ、それに蚊も。
うん、まあ死なないと思う。
《つまりはそう言う事だ》
いっちょんわからん。
《だが…あの程度で上級だとすると…いや…》
イヴは私を無視して物思いに耽り始めたようだ。
「明日からは講義が始まる。今日のところは早めに解散して明日に備えてもらう……と言いたいところだが……」
言葉に詰まるネーデル。考えるまでもない。
備える為の帰る部屋がない、と言う事だろう。
「さて、件の君達部屋についてだが……なんでも自主性を重んじるとか何とか……と」
何やら雲行きが怪しくなってきた。
まあ、暫くは誰かの部屋に世話になるんだろう。
「えっと、つまり?」
「ああ。好きに修繕して構わないそうだ」
え、何それは。
単に修理されないと言う意味にしか聞こえないけど。
「まあ、君程の魔術師ならば、部屋の1つや2つすぐに作れるだろう?」
ネーデルはさも当たり前のようにそう言った。
正気を疑う。だけど、レモナ、それにアリシアにも特に変わった様子はない。
……まさか本気で言ってる?
「では今日はこの辺でお開きにしよう。他の者も、あまり夜更かしはしないように」
サロンの他の学生にそう声をかけると、ネーデルは一足先に、部屋から出ていった。
続いてアリシアは何かを思い出したように、じゃあと一言だけ言って足早に去る。
その他の学生も銘銘、自室へと戻っていく。
残ったのはレモナと私、それにモモの3人だった。
「そういえば、あなた達、明日の準備はもう済んでいるの?」
明日?ああ、授業の準備とか?
準備以前に自分が履修する科目も授業も知らないし、受け方もわからないのですが。
というか部屋も無いっすよ先輩?
「部屋ごと吹き飛んでしまったので」
悲壮な表情をするモモ。
ああ、神よなんて哀れな娘だろうか。
主は彼女に七難八苦を与えたもうた。
《いや、お前の部屋もないからな》
そういえば私の荷物は?
《あの火球で焼けた》
衣食住全部ダメやん、え、じゃあ私のお酒は?
《よかったなバレる前に揮発したぞ》
「じゃあ行きましょうか!」
レモナはさも当たり前のように、私達の手を引く。
「えっとどちらに?もうエルマイス市への門は閉まってますよね?」
目は口ほどに物を語る。
モモの言葉は丁寧でもその目線は不審者を見ていた。
「どこって、地下街に決まってるじゃない!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
私達の手を引くレモナは、寮のエントランスで立ち止まった。
「…地下に行くんじゃ無いんですか?」
「いい?よく聞いて覚えてなさい!《剣聖アドルノ、徒弟の為に道を開き給え、私達を地の迷宮へ》」
レモナがそう唱えるとエントランスの床に描かれた双剣の紋章が煮立つようにあわ立ち、蠢き、液体のように形を変える。
浮かび上がった線が、中心へ一度集まり固まったと思いきや、次は蜘蛛の子を散らしたように足元を高速で通り過ぎる。
「ひぃっ…」
私の横にいたモモは悲鳴を漏らした。
「心配しないで、気持ち悪いかも知れないけど、襲ってきたりしないわ!」
しばらくしてそれらが収まると、ポンッという妙に軽い音と共に、大きな箱状の物体が床から排出され、ズシリと重そうな衝撃を伴って着地した。
「あら、今日は機嫌がいいみたいね!」
レモナが箱に付いたレバーを下げると、箱の格子状になっている扉が開いた。
「…なんですかこれは?…籠ですか?」
モモは訝しむような表情をしている。
無理もないだろう、それはどう見ても古めかしいエレベーターだったからだ。
博物館とかで見るような奴だ。
この世界ではありふれた物ではないのだろう。
二の足を踏むモモとは対照的に、レモナはさっさと乗り込んで中から手招きをしている。
「さ、乗って」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。見るからに怪しいが…まあ行くしか無い。
「行こう、モモ」
「え、あ」
モモの手を引いてエレベーターらしき物に乗り込む。
「ちゃんと捕まってなさい!外に手を出しちゃダメよ!」
レモナは内部のレバーを勢いよく引こうとするが、硬いのか中々降りない。
「…こ…のっ!大人しく出発…し…なさいっ!くっ!あれ?…ぁ…よし!」
ガキリと硬質な音が聞こえた。
何とかレバーは降りようだ。扉は瞬時に閉まり、籠はゆっくりと動き始める。地面の下へと。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫!こ、これで降りる筈よ!」
「地下に行くってまさかーー」
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