上 下
5 / 5

5 デラックス超肯定ロボvs何も出来ないマンvs俺

しおりを挟む

「おはようございます!デラックス超肯定タイムの時間です!」

 腹部に突然感じた重みで俺は起きた。

 俺の腹の上には、尻尾を全力で振っているカチューシャが乗っていた。

「今度は何が始まるんだ……」

「私が貴方を超・肯定する時間です、さあ、超・弱音や超・愚痴をどうぞ」

「請求されて出るようなものでも──」

「さぁ!あるでしょう?」

「いや」

「何もないんですよ!貴方には!」

「だからって」

「仕事も!金も!才能も!住む場所も!」

「じゃあここはどこだ!家じゃないのか!?」

「オールナッシング、オアじゃないですよ?オールです、空っぽのナッシング星人です!」

「空っぽの方が詰め込めるだろ!夢が!」

「それは戦闘民族だけです!ナッシング星人は戦えません!」

「いや、なんで朝から罵倒されないといけないんだよ」

「悲しい気持ちになった貴方を優しく肯定してあげるのです、ほら、甘えていいですよ」

「雑なサイコパスかよ、甘えるかそんなの」

「何もないのに突然優しくされたら不安になるでしょう?」

「自信のない女子か俺は」

「え、女性だったのですか?貴方」

「お前の例え話に合わせてるの、わかって?」

「その言葉遣いは女性的で素敵だと思いますよ!自信を持って下さい!」

「なんで性別を気にしてる前提で肯定してくるんだよ、その気遣い別のとこに使って?」

「全く!私がこんなに肯定してるのにまだ不満だなんて!じゃあ!やってみて下さいよ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「え?何で?」

「あー、自信ないなぁ!仕事もないし!」

 俺の上から降り、下を向いて寝室を歩き回り、こちらを振り返ってそう言う。

「なに、もう始まってんの?」

「あーあ、これじゃ私何もできないマン!」

 また数歩下を向いて歩き、振り返って言う。

「雑過ぎないかな?お前にとっての俺」

「私、ナッシング星人だし!肯定がデラックス超・必要マン!どこかにいないかなぁ、超・肯定してくれるマン!」

 力強く、天井を仰いで言う。

「なんだその語尾、言葉が意味不明マンだぞ」

「あ、丁度いいところに──」

 寄ってくるカチューシャ。

「来るな来るな、丁度良くな──」

「──隣のナッシング星人さん!」

 通り過ぎて虚空に話しかける。

「ぴーががっ、我々はナッシング星人、何もありません、何かある地球を滅ぼすのです」

 反対側に回り、一人芝居を続けるカチューシャ。

「その隣に住んでるお前は何役だよ、何星人なんだよ」

「お隣さんとして、仲良く何もなかったじゃないですか!私との関係は世界を滅ぼすのを止められなかったんですか!」

「ほぼ他人だろ、止まるか」

「ぴぴー、この世は何もない姿こそ真の姿、伽藍堂の宇宙に虚無として散るがいい、愚かな実在達よ」

「ごめん、これ何の話?褒めるのはどこに行ったん?」

「それは私が許しません!ナッシング星人さん!──この、何も出来ないマンが!貴方を止めます!」

 どうやら何も出来ないマン役らしい。

「何も出来ないマンに何が出来るんだよ…」

「くくく!何も出来ないマンに何が出来る!」

「感想被っちゃってんじゃねーか」

「──出来る!何も出来ないマンには何も出来ないけど!何か出来るようになるまで待ってることも出来ない!だって!今ここで立ち向かわなかったら!いつ戦っても何も出来ないまま!今日逃げれば、明日はもっと強くなる!だから今!」

 構えるカチューシャの腕が変形し、巨大な銃になる。

「何も出来ない私でも!──立ち向かうことだけは出来る!」

「ショックだよ、不覚にもカッコいいと思ってしまった自分にショックだよ」

「ならばやってみろぉ!何事も挑戦しなければ始まらないのだから!出来るかどうかは、やってみければ分からないのだ!そうだろう、皆さん!チャンスには飛び込んでみなくては!」

「え、この短い間に自己啓発本読んだ?」

「うぉぉぉぉ!!何も出来ないマンパンチ!」

「技名に捻りがないよ!パンチもっとひねって!えぐり込んでもっと!」

「はいバリア!バリア貼ったから!程度低い攻撃は効きませーん!──さあ!お前も虚無に還れ!何もないパンチ!何もないキック!そして!何もないビーム!!」

「どっこいどっこいだろ、程度が低くて効かないならお互いノーダメージだわ」

「ぐぁぁぁ!!か、勝てません!……やっぱり私は何も出来ないマン……仕事も、金も、家も何もないマン……オールナッシングマン、そしえナッシング星人になってしまうのですね……」

「急に卑屈になったな、大丈夫か?」

「貴様もナッシング星人になれ!そしてSNSで政府や世界情勢に対して物申すのだ!さぁ!お前も日本が終わったと言え!この国はオワコンになったのだと!叫べオワコン!」

「それ宇宙人じゃない!ネットでよく見るおじさん!」

「大変です!何もないマンが負けそうになっています!皆!何もないマンを肯定してあげましょう!さあ!せーの!」

「え、この流れで?この話全部その為だったの?」

「もーっと、大きな声で!何も出来ないマンに届けて!」

「そもそも言ってない!」

「がんばれぇぇぇえ!!何も出来ないまァァん!!」

「自分で言うのかよ!俺必要ないじゃん!」

「頑張って!負けないでぇ!お願い!立って!負けないで……!何も出来ないマンだって、きっと何か出来るマンなの!」

 何故か俺に向かって懇願するように言うカチューシャ。

「え、え、俺?俺がやるの?」

「私はもうだめだ、だが、君ならきっと、ナッシング星人を倒してくれるはず……」

「あぁ、受け継ぐ奴ね、あるある、分かったよ、やれば良いんだろ、仕方ないな」

 仕方なくカチューシャの前に立って向き合──

「え!?私が何も出来ないマンに!?私ただの女子高生なのに!?」

「やらせろよ!俺に!女子高生どっからきた!あとそれはアイドルになる奴のセリフ!」

「はぁ、そうですか、わかりましたよ、良いですよどうぞ?」

 やれやれと言った顔のカチューシャ。

「なに嫌そうに受け継いでんだよ、ピンチに選り好みしてる場合じゃないだろ、よし、俺が─」

「私は普通の女子高生!でも実は何も出来ないマン2号なの!そしてナッシング星人を倒す!」

「だから俺は!?なんなの、何役なの!?一体何を求められてんの!?どこでお前を肯定すれば良いわけ!?」

「うぉぉぉ!さあ来い何も出来ないマン!」

「じゃあいい!俺も参戦する!俺は何も出来ないマン3号!加勢するぞ!」

「ここで物語は終わりだけど、何も出来ないマンの戦いは続く!ありがとうみんな!」

「勝手に終わるな!打ち切りか!尺の都合でボツになったのか俺は!」

「……あの、これ肯定の練習ですよ?なんでツッコミやってるんですか?漫才の練習じゃないんですよ?全く、本当に何も出来ないマンなんですから」

「もういいわ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「仕方ありません、では、私が肯定の手本を見せるので、貴方は何もないマンと、ナッシング星人と、平凡な女子高生、MCのお姉さん、オワコンおじさん、何も出来ない2号を──」

「多い多い、役が多すぎる、なんで肯定するだけなのにそんなに必要なんだよ」

「あの、ご存知ですか?人って実は支え合って生きてるん……ですよね?」

「そこで聞くなよ。そして驚きの新事実じゃないからなそれ」

「あ!何も出来ないマンさん!貴方はもの知りなんですね!」

「え、また始まった?」

「ええ!貴方は始まったばかり!終わってなんていません!日本の夜明けですよ!今!満を辞して始まりました!」

「どこの坂本龍馬だよ」

「ご存知ですか?実は有名な『日本の夜明けぜよ』というセリフ、坂本さんは言ってないんです」

「え、そうなんだ。じゃあ俺を何に喩えたんだ?」

「前も言いましたよね?天照の大神です」

「喜ばない褒め方の一例だったじゃねぇか!」

「さすがです!記憶力がいいんですね!」

「なんなんだよ、ちゃんと褒めろよ!もっと普通に褒めろよ!俺を見ろよ!」

「褒めるのと、肯定するのは違いますよ?」

「え」

「それに私、貴方のことあまり知らないので褒められません、なので受動的に反応するしかないのです、ああ、それと」

「まだなんかあるの」

「お名前、なんですか?」

「知らなかったのかよ……佐藤タダオだよ」

「では、これからよろしくお願いしますね」

「……よろしくするのかぁ」

「貴方のことを、教えて下さい。そうすればきっと、上手に褒めてあげることができると思います──タダオさん」

「あ、ああ」

 不思議な気分だった。久しぶりに聞いた自分の名前だった。

 一体いつからだろうか、名前を呼ばれなくなったのは。

 学校では一人だった、職場では苗字か役職でしか呼ばれない。

 俺のことを名前で呼ぶ人は、もうずっと前にいなくなっている。

 少しだけ、ほんの少しだけ、家族と暮らしていた頃が懐かしく思えた。

 不特定多数の誰かではなく、一人の人間として、認識されていた頃を。

「どうしたんですか、タダオさん?」
 
 俺は泣かなかった。

「……何でもないんだ」

 俺は墓参りをすることにした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冷蔵庫の印南さん

奈古七映
キャラ文芸
地元の電気屋さんが発明した新型冷蔵庫にはAIが搭載されていて、カスタマイズ機能がすごい。母が面白がって「印南さん」と命名したせいで……しゃべる冷蔵庫と田舎育ちヒロインのハートフルでちょっぴり泣けるコメディ短編。

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

吉祥寺あやかし甘露絵巻 白蛇さまと恋するショコラ

灰ノ木朱風
キャラ文芸
 平安の大陰陽師・芦屋道満の子孫、玲奈(れな)は新進気鋭のパティシエール。東京・吉祥寺の一角にある古民家で“カフェ9-Letters(ナインレターズ)”のオーナーとして日々奮闘中だが、やってくるのは一癖も二癖もあるあやかしばかり。  ある雨の日の夜、玲奈が保護した迷子の白蛇が、翌朝目覚めると黒髪の美青年(全裸)になっていた!?  態度だけはやたらと偉そうな白蛇のあやかしは、玲奈のスイーツの味に惚れ込んで屋敷に居着いてしまう。その上玲奈に「魂を寄越せ」とあの手この手で迫ってくるように。  しかし玲奈の幼なじみであり、安倍晴明の子孫である陰陽師・七弦(なつる)がそれを許さない。  愚直にスイーツを作り続ける玲奈の周囲で、謎の白蛇 VS 現代の陰陽師の恋のバトルが(勝手に)幕を開ける――!

つくもむすめは公務員-法律違反は見逃して♡-

halsan
キャラ文芸
超限界集落の村役場に一人務める木野虚(キノコ)玄墨(ゲンボク)は、ある夏の日に、宇宙から飛来した地球外生命体を股間に受けてしまった。 その結果、彼は地球外生命体が惑星を支配するための「胞子力エネルギー」を三つ目の「きんたま」として宿してしまう。 その能力は「無から有」 最初に現れたのは、ゲンボク愛用のお人形さんから生まれた「アリス」 さあ限界集落から発信だ!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 ある朝、クルーザーの中で目覚めた一宮深月(いちみや みつき)は、隣にイケメンだが、ちょっと苦手な支社長、飛鳥馬陽太(あすま ようた)が寝ていることに驚愕する。  大事な神事を控えていた巫女さん兼業OL 深月は思わず叫んでいた。 「神の怒りを買ってしまいます~っ」  みんなに深月の相手と認めてもらうため、神事で舞を舞うことになる陽太だったが――。  お神楽×オフィスラブ。

処理中です...