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第二幕
10.秘密の求愛者-4(※三人称視点)
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「ついに、ベルミダの心を射止めてしまったか……流石俺だ……俺はやはり俺だったか……」
ナローシュは浮かれていた。
ベルミダが自分宛にわざわざ手の込んだ恋文を認めたのだと思って、浮かれていた。
浮かれ過ぎて、その丸々とした身体でも軽やかに舞えるほどだった。
「よしっ!よしっ!よぉし!」
通りかかった兵士は見て見ないふりをした。
彼の頭の中は、一面に花が咲き乱れる花畑で、新しい恋が成就したのだと盛大に思い込んでお祭り騒ぎだった。
「やっぱり、ああいう大人しくて可愛らしい子の方が、俺には合ってるんだよ」
などと語るナローシュが、アイリスを遠ざけたのは、自分が優秀だった時分から彼女が常日頃から側にいた所為で、未だ期待した目を向けてくるからだった。
彼には、その愛情のこもった目が、重荷でしかなかったのだ。
その彼女の目に応えようとすればするほど、空回りしていくが故に、彼は賢くあろうと、正しくあろうとするのをやめたのだった。
ただ、その反動は大きく、殆ど欲望と脊髄反射だけで生きているような男になってしまったのだが。
どこからか呆れたような目線を感じるような気がしたナローシュは、奇妙な舞をやめて、自室に戻った。
「……さて、解読するか」
◆◇◆◇◆◇◆◇
これまで本と暗号を受け取った二人の娘よりも早く、ナローシュは暗号を解き終えた。
それを紙に書き写し、眺めては丸い顔をニヤニヤとさせ、一人で浮かれていた。
「なるほどな、なるほどなぁ。こんな嬉しいことはないな」
ナローシュは、アイリスが過去の自分の幻想に恋していると思っている。
今の自分を愛する者など誰一人としていないとも思っていた。
だからこそ、今の自分へ宛てられた恋文を得て有頂天の気分になっていた。
「あのベルミダがついに素直になるなんてな、あの、めんどくさい騎士が言っていた事も強ち、間違いではなかったんだな……立哨は辞めさせて、もう少しマシな仕事でもさせるか、いや、ベルミダにつけてもいいな……そして様子を逐一報告させる……完璧だ……流石の俺だったか」
アイリスをベルミダ付きの兵にすれば、彼に待っているのは悲惨な結果でしか無い。
しかし、今の彼は、自分の考えや行動は、全て好転を齎すのだと、かつての才気溢れる神童と呼ばれた頃の万能感を、中途半端に取り戻していて、
自分がベルミダを誘った際、アイリスに妨害された事の意味など考えず、またすっかり忘却していた。
「よし、そうと決まれば、文言を考えなくてはな」
まさか、自分の意にそぐわない存在が現れているなどカケラも考えてはいなかったからだ。
彼がここまで無警戒かつ思慮に欠ける青年になってしまったのは、何も本人が何もかも諦めて、そうなろうとしてなった、というだけでは無い。
「ふっ、やはり俺は敵無しだな、この調子で次の戦争も勝利すればベルミダの心は完全に俺のものに……笑いが止まらないな」
しかし、当の本人はそんなことを何も知る事なく、無能な王として今日も今日とて、仕事もせず恋に浮かれる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
彼の敵がこの国にいないのは、アイリスが未然に防いだり、暗殺者を排除していたからだった。
ナローシュが落ちぶれ始めた頃から、アイリスは、彼がこのままでいれば、野心のある臣下に王座を簒奪されかねないと常に心配していた。
アイリスは知っていたからだ。
彼の父親である先王は、正当な血筋を継承しているとはされているが、その真相のほどは殆ど定かでは無いどころか、全くの誤りである可能性が高い事を。
幼い頃のアイリスが、彼の家のことを知るために、帝国の古い歴代君主の情報を自国で発見し、その家系の中に彼の父親の名前が無いことに気が付いてしてしまったのが、事の始まりだった。
このことからアイリスは、実は2代目で直系の帝国が滅びていたことを悟り、帝国の喧伝する正当性と真相、というものに恐れおののいた。
また、先王の王座の継承も、その前の王座の継承も、簒奪によって行われていたのだ。
もし、誰かが野心を持ったとしたら、ナローシュを守る事は出来ないかもしれない。
アイリスは恐怖した、愛する者を失う事を。
その日から彼女は、彼の敵になるような存在が、水面下で始末されるように手を回し始めた。
また、王弟であるアルサメナが、苛烈な性格にならないよう、そして兄を打倒して王座を得ようと考えないように、才気あふれる兄へコンプレックスを持つ彼を励ますようなフリをして、幼い頃から思考を誘導していた。
直接来る暗殺者の対策の為に、兵士よりも過酷な対人戦闘の訓練を受け、見かけでは判断できない程の剣技と、暗殺術を身につけていた。
その情報を知る者には、彼女が側にいる限り、暗殺を考えられなかったのだ。
そうして歳月が流れ、ナローシュと別居するまでには、殆ど全ての敵を駆逐してしまっていた。
だからこそ、ナローシュには敵という敵がいなかった。
そういう存在は、あらかじめアイリスによって滅ぼされていたのだ。
その献身が彼の成長の機会を奪ってしまい、ぬくぬくと、環境に甘やかされて育ったナローシュは、結局このような残念な青年になってしまったのだった。
彼の破滅への道は、アイリスが復讐を決意するまでもなく、彼女の善意によって舗装されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ナローシュは浮かれていた。
ベルミダが自分宛にわざわざ手の込んだ恋文を認めたのだと思って、浮かれていた。
浮かれ過ぎて、その丸々とした身体でも軽やかに舞えるほどだった。
「よしっ!よしっ!よぉし!」
通りかかった兵士は見て見ないふりをした。
彼の頭の中は、一面に花が咲き乱れる花畑で、新しい恋が成就したのだと盛大に思い込んでお祭り騒ぎだった。
「やっぱり、ああいう大人しくて可愛らしい子の方が、俺には合ってるんだよ」
などと語るナローシュが、アイリスを遠ざけたのは、自分が優秀だった時分から彼女が常日頃から側にいた所為で、未だ期待した目を向けてくるからだった。
彼には、その愛情のこもった目が、重荷でしかなかったのだ。
その彼女の目に応えようとすればするほど、空回りしていくが故に、彼は賢くあろうと、正しくあろうとするのをやめたのだった。
ただ、その反動は大きく、殆ど欲望と脊髄反射だけで生きているような男になってしまったのだが。
どこからか呆れたような目線を感じるような気がしたナローシュは、奇妙な舞をやめて、自室に戻った。
「……さて、解読するか」
◆◇◆◇◆◇◆◇
これまで本と暗号を受け取った二人の娘よりも早く、ナローシュは暗号を解き終えた。
それを紙に書き写し、眺めては丸い顔をニヤニヤとさせ、一人で浮かれていた。
「なるほどな、なるほどなぁ。こんな嬉しいことはないな」
ナローシュは、アイリスが過去の自分の幻想に恋していると思っている。
今の自分を愛する者など誰一人としていないとも思っていた。
だからこそ、今の自分へ宛てられた恋文を得て有頂天の気分になっていた。
「あのベルミダがついに素直になるなんてな、あの、めんどくさい騎士が言っていた事も強ち、間違いではなかったんだな……立哨は辞めさせて、もう少しマシな仕事でもさせるか、いや、ベルミダにつけてもいいな……そして様子を逐一報告させる……完璧だ……流石の俺だったか」
アイリスをベルミダ付きの兵にすれば、彼に待っているのは悲惨な結果でしか無い。
しかし、今の彼は、自分の考えや行動は、全て好転を齎すのだと、かつての才気溢れる神童と呼ばれた頃の万能感を、中途半端に取り戻していて、
自分がベルミダを誘った際、アイリスに妨害された事の意味など考えず、またすっかり忘却していた。
「よし、そうと決まれば、文言を考えなくてはな」
まさか、自分の意にそぐわない存在が現れているなどカケラも考えてはいなかったからだ。
彼がここまで無警戒かつ思慮に欠ける青年になってしまったのは、何も本人が何もかも諦めて、そうなろうとしてなった、というだけでは無い。
「ふっ、やはり俺は敵無しだな、この調子で次の戦争も勝利すればベルミダの心は完全に俺のものに……笑いが止まらないな」
しかし、当の本人はそんなことを何も知る事なく、無能な王として今日も今日とて、仕事もせず恋に浮かれる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
彼の敵がこの国にいないのは、アイリスが未然に防いだり、暗殺者を排除していたからだった。
ナローシュが落ちぶれ始めた頃から、アイリスは、彼がこのままでいれば、野心のある臣下に王座を簒奪されかねないと常に心配していた。
アイリスは知っていたからだ。
彼の父親である先王は、正当な血筋を継承しているとはされているが、その真相のほどは殆ど定かでは無いどころか、全くの誤りである可能性が高い事を。
幼い頃のアイリスが、彼の家のことを知るために、帝国の古い歴代君主の情報を自国で発見し、その家系の中に彼の父親の名前が無いことに気が付いてしてしまったのが、事の始まりだった。
このことからアイリスは、実は2代目で直系の帝国が滅びていたことを悟り、帝国の喧伝する正当性と真相、というものに恐れおののいた。
また、先王の王座の継承も、その前の王座の継承も、簒奪によって行われていたのだ。
もし、誰かが野心を持ったとしたら、ナローシュを守る事は出来ないかもしれない。
アイリスは恐怖した、愛する者を失う事を。
その日から彼女は、彼の敵になるような存在が、水面下で始末されるように手を回し始めた。
また、王弟であるアルサメナが、苛烈な性格にならないよう、そして兄を打倒して王座を得ようと考えないように、才気あふれる兄へコンプレックスを持つ彼を励ますようなフリをして、幼い頃から思考を誘導していた。
直接来る暗殺者の対策の為に、兵士よりも過酷な対人戦闘の訓練を受け、見かけでは判断できない程の剣技と、暗殺術を身につけていた。
その情報を知る者には、彼女が側にいる限り、暗殺を考えられなかったのだ。
そうして歳月が流れ、ナローシュと別居するまでには、殆ど全ての敵を駆逐してしまっていた。
だからこそ、ナローシュには敵という敵がいなかった。
そういう存在は、あらかじめアイリスによって滅ぼされていたのだ。
その献身が彼の成長の機会を奪ってしまい、ぬくぬくと、環境に甘やかされて育ったナローシュは、結局このような残念な青年になってしまったのだった。
彼の破滅への道は、アイリスが復讐を決意するまでもなく、彼女の善意によって舗装されていた。
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