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第二幕

09.秘密の求愛者-3(※三人称視点)

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◆◇◆◇◆◇◆◇


「ベルミダ?入るぞ」

 ベルミダは、部屋に誰かが入ってくる足音にも気付かないほど、恋文を読み返すのに夢中になっている。

「……無常だな、つれない相手に惚れ込んでしまうと」

 ナローシュの声に振り向かず、栞を見つめるベルミダは、頬をほんのり染めて呆然としていた。

「なあ。何をしているんだ?」

「ひゃっ!」

 近づいたナローシュが、彼女の薄桃の金髪を撫で上げて、跳ねるように驚いた彼女は、ようやく現実に引き戻された。

「いえ、あの……読書を」

 ナローシュに逆らうと何をされるかわからないという恐れが、ベルミダから力を奪う。

 今のところまだ、乱暴な扱いは受けていないが、そうなりそうな気配は何度もあった為だった。

 実際ところ、訳あってナローシュにはそこまで大胆なことは、できないのだが。

「本を読むのに、何故栞を眺め……ん?」

 彼の視線の中、栞には三つの数字で構成された羅列が描かれていた。

 ナローシュには、これに見覚えがあったが、それが、いつの事なのか、何のために見たものなのかは、全く覚えていなかったし、思い出すこともできなかった。

 しかし、それを全く覚えていなくとも、それが暗号とわかるだけで、彼には十分だった。

「いや、見れば分かる。……それは暗号だな?」

「……どうして……」

 ベルミダは、このナローシュの稀に見る慧眼のような発言には驚いた。

 普段は威厳のありそうな演技が限界で、聡明な言葉を吐くことは殆どないからだ。

 ただ知っていただけに過ぎないが。

「よく考えたものだ。単純ながら、本と一緒になっていなければ、解読することが出来ず、どの本の栞なのかは、贈り主と受取手しか分からない、考えた者は優れた知恵を持っていると見える」

 自分が考えついて、アイリスに教えたことを忘れているナローシュは、それが自画自賛になっていることには、まるで気がつかなかった。

「あ、あの……これは……」

 ベルミダはその言葉を聞いて、件の騎士の発想力に素直に驚き、宦官だと思っているアイリスのことを頭の中で賞賛しつつも、逡巡していた。

 このままでは贈り主があの騎士であろう事は、そう遠くなく、分かってしまうだろうと。

 そして、その時に相手へ身の危険が及ぶ事を。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ベルミダは、騎士が乱暴を差し止めただけで、一日中、日照りのような外へ立たせたことを知っていた。

 これはただの警備で、衛兵やナローシュの暗殺対策のために、過剰な程訓練しているアイリスからすれば、それほど疲れる事でもなければ酷い事でもない。

 だが……その様子を同じく外で、ずっと見ていたベルミダからすれば、花売りを追って途中で一度姿を消した事を、あまりの暑さに休んでいるのだと思い、

 そして、その後に酷く疲れた顔をして戻り、始終ソワソワしていたのを、苦しみから早く逃れたい仕草をしていたのだと、思い込んでいた。

 実際はただの気疲れで、アイリスを監視していた王弟の従者の視線と、ベルミダ本人の視線を浴びていた為に、落ちつかなかっただけなのだが、視線を送っている本人が気づくはずもなく。

 また、その姿を見るためにこっそりと外に出ていたベルミダは、暑さに自分が参ってしまったので、何という酷な事をされていのだと思い込んでいた。

 一応は隣国からの客将である為に、アルサメナのように追放するには理由がいるので容易には行われない。

 そして、兵士たちの反応から見るに、これ以上立場を悪くすれば、自身と同じ苦境に立たされることは想像に難くなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「俺と君の間に秘密なんてないだろう、いや、必要ない、見せろ」

 ナローシュが強引さを見せ始めた時、ベルミダは苦渋の決断をした。

「これは……その……ナローシュ様へ」

 ベルミダは、これをナローシュへ渡したとしても、これを自分が、あの騎士から受け取ったという事実は、何一つとして濁らないと考えた。

 彼女にとって、この嬉しい贈り物を失ってしまうのは心苦しい事だった、しかしそれよりも、自分の唯一の味方を守る事を選んだのだ。

 幸い、宛名も署名もなかったのだから、自分のものと言ってしまえば、別段これといって困る事は無い、そう考えた上での選択だった。

「……これを君が?そうか、それは嬉しいな。やはり君は才知に溢れているようだ。じゃあ、借りていくぞ。解読したらまた来る」

「え、ええ」

 何とかその場を凌ぎ切ったと思ったベルミダは、溜息を吐いた。
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