上 下
94 / 95
第3部

彼方

しおりを挟む
「かの再生の日と呼ばれる一件以来、獣や変異は増加の一途を辿り、いまや純粋な人間は殆ど姿を消したが、それ以前よりも変異による死者は格段に減った。これは帝国史において重要な──」

 黒板にずらずらと文字を書き続けながら、説明する教師。

「……僕らに何百年前の話されても実感わかないよな」

 授業を受ける生徒達は教師に聞こえないようにこそこそと、会話をしていた。

「変異が無い方が珍しいし、大人はみんな変異してるもんな」

 猫の耳と鼻の変異を持つ少年が言う。

「俺は出来るなら"整った"獣になりたい、中途半端に変異するくらいならな」

 蜥蜴のような鱗の肌の少年は自分の肌を掻きながら返事をした。

「整った獣になるには変異した物を食べまくれば良いんだってさー」

 鳥のような翼の生えた金髪の少女が呟く。

「……それは不味そうだな」

「おい、そこの。話を聞いているのか?数百年前といえど、歴史は重要だぞ?」

 残念ながら会話は筒抜けだったらしい。

「は、はい!」

「──では答えてもらおうかの?」

 均整の取れた美しい少女の身体に、蜘蛛の下半身をした教師はニヤリと笑う。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 放課後、居残りから抜け出して学園から逃げた少年達は、"追手"に捕まらないよう、裏路地を行く。

「酷い目にあった……なんだよ課題の量を倍にするって……」

 猫耳の少年は項垂れながら歩く。

「しかし、何故あの教師は歴史の話になると妙に厳しくなるんだ……?」

 キョロキョロと辺りを窺う鱗肌の少年。

「歴史を知らなければ同じことを繰り返す、からだってさ。言いたいことはわかるけど、まあ、居残りはまた今度でいいだろ」

「賛成ぇ~」

 少女は、羽ばたくこともなく、ほんの少しだけ地面から浮かんで二人の後ろについていく。

「しっかし、変異しないなんて考えられないよな。どんなんなんだろ?」

「さあ~?わかんないけど、まあ私から翼が無くなったら同じ感じじゃない?」

「……それはそれで、違和感あるな」

「確かに──」

 裏路地に六弦の音が響く。

「うわ、詩人の爺さんがまた酔っ払ってる」

「花と酒、君も浮かれる春の季節に、楽しめその一瞬を!それこそが、真の人生だ!」

「いや、残念だが俺達はまだ飲めない」

「この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、帰って来て謎をあかしてくれる人はない。気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない」

「ここを通るだけで大袈裟だねぇ、それとも先生に何か言われてるのー?」

「身の内に酒がなくては生きておれぬ、
 葡萄酒なくては身の重さにも堪えられぬ」

「ああそう来たか、全く」

「酒姫がもう一杯と差し出す瞬間の、われは奴隷だ、それが忘れられぬ」

「なんで子供に酒をせびってるんだよあんた……」

「ああ、空しくも齢をかさねたものよ!いまに大空の利鎌が首を搔くよ。いたましや!助けてくれ、この命を、のぞみ一つかなわずに消えてしまうよ!」

「ああもう分かった分かった!僕の小遣いやるから先生には黙っててくれよ!」

「わが心の偶像よ、さあ、朝だ、酒を持て、琴をつまびき、うたえ歌!」

「なんて調子が良いんだ全く……」

 小銭を取り出そうとすると、詩人は財布ごと取り上げて走り出した。

「さあ、一緒にあすの日の悲しみを忘れよう、七千年前の旅人と道伴れになろう!」

「僕の財布!」

「全部使われるぞ!早く捕まえろ!」

「ちょっと待ってよー」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「あっ」

 詩人を追いかけて路地から飛び出した少年の一人が、通行人にぶつかって転び、膝を擦り剥く。

「痛っ」

「あら、大丈夫ですか?飛び出すと危険ですよ?」

 ぶつかった通行人は修道服を来た若い女性だった。

「ご、ごめんなさい……」

「……どこをぶつけましたか?見せて下さい」

「あれ、お姉さん……変異が……ない?」

「あ……いえ、ありますよ?」

 少年の足元に屈み込む女性は修道服のフードの隙間から狼のような耳を取り出す。

「わ、大きい……」

 思わずそう口にする少年。

「そう言うこと言うのはやめた方がいいぞ」

 追いついた別の少年が諫める。

「何してるのー?」

 続いて現れた少女が少年の顔を覗き込む。

「な、なんでもない!ただ転んだだけ!」

「そーなの?あー、ごめんなさいお姉さん。こいつら馬鹿でさあー」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 女性は自分の耳を触り、「そんなに大きいかな?」と小さく独り言を言ったが、それを聞いた者はいなかった。

「ああそうだ、擦りむいたのですね、可哀想に。ちょっと目をつぶって下さい」

「え……はい」

 少年は素直に目を閉じた。

「神の御加護を──……」

 ボソリと呟く女性。

「……あれ?もう痛くない!すごいね!お姉さん!」

「良かったです。気をつけて下さいね」

「うん!ありがとう!──いくぞお前ら、僕らの財布を取り戻すんだ!」

「お前のだろ」

「なんで仕切ってんのさー」

 少年達は駆け出して行った。

「……なんだ?何かあったのか?」

 修道服の女性に近づいて来た大男──狼のような顔のような兜と無骨な鎧を纏った者──が聞く。

「……ふふ、何でもないです」

「そうか?」

「──ただの、お祈りですから」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。 朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。 そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。 「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」 「なっ……正気ですか?」 「正気ですよ」 最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。 こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...