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第3部

16 前兆

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 暗闇に灯が揺らめく。

「いやぁ、全く。戦うだけの連中は気楽でいいよなぁ、俺たちは毎日こんなもんは運ばないとならねぇのによ……」

「おい、聖女様の為の神聖な仕事だ、文句を言うな」

 兵士が運んでいるモノが身につけたランプに照らされる。

 それは、もはや人の形を留めていない亡骸、肉の塊でしかない代物。

「堅いねぇ、しかし気が滅入りますよ。兵になりゃ鱈腹食えると思ってたんだがなぁ、おっとここだ、よっと」

 兵士二人は、それを堀へ投げ捨てた。

 ドサリ、と重さを感じさせるような音を立て、それは、堀の中に堆積している物の上に転がった。

「……そうなりたいなら前線に出るんだな」

「謹んでお断りしまさぁ、騎士でもねぇ俺らじゃ、どうにもなりませんぜ……今日はこれで終わりですかね」

「……しかし酷いものだ。変異したからといって……」

 視線は積み上がったその亡骸の山に向いていた。

「珍しいな、お前が……」

「いや、忘れろ。ここで生きるにはそうするしかない」

「へいへい……」

「戻るぞ」

 二人は、無言で少しだけ祈るような仕草をすると、薄闇の中に消えていく。

 やがて彼らの足音も完全に聞こえなくなり、

「(……行ったな。同盟者よ、眷属を介して保助は継続する、上手くやれよ)」

 アトラの眷属──耳に張り付いた蜘蛛から声がした。

「……許してください」

 もう手遅れかも知れないけれど。

 貴方達の恨みもきっと、私が晴らしますから。

「だるぷし、あどぅら、うる、ばあくる──」


◆◇◆◇◆◇◆◇


「あ、アリア様!何故こちらに!?」

 気を抜いていた兵士は大慌てで敬礼した。

「……私が……ここにいて……問題が?」

 口元を隠して虚ろな目を向ける淡紅色の髪の娘。

「い、いえ、滅相も御座いません!ただ近衛も連れず──」

「近衛……ああ……そうですね、忘れていましたね。"必要"ですよね……"私"には」

「え──?」

 兵士は、少女の貫手に胸を穿たれた。

「偽装には……足りませんか……申し訳ないですが、全てが終わったら"元通りに"しますから」

 風に淡紅の髪が靡き、何も無い左の眼窩が露わになる。

「あ、ありあ……さま……では……ない?」

 吐血して、生き絶える兵士。

「材料は……幾らでも……私の近衛を用意してください、よろしくお願いします」

 極彩色の髪を揺らす何かが暗闇から現れる。

「……わかった……ひひ」

「……直ぐに終わらせないと行けませんからね……"気が付かれる前に"……ね……ん?」

 髪についていた小さな蜘蛛を手に乗せて眺める。

「黙って……見ていなさい、始末は私が──」

 腕を引き抜き、吹き出す返り血を浴びる少女は、極彩色の異形を連れ、血糊で壁を染めて行った。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 気がつくと私は何処かの回廊に立っていた。

 石の壁と装飾は以前見たような造りで──

「(同盟者──聞こえるか!返事をしろ!)」

「……え?」

「(随分と長い事、返事をしなかったが、大丈夫なのか?)」

「恐らくは……大丈夫な筈……です」

 手を見ると赤黒い何かがこべりついている。

 アリアの服に似せて作った修道服も、すっかり血に染められていた。

 私は……何をして……?

「てぃけり、り?どうした?次は何を直す?」

「わっ」

 黒々とした顔が、手を見る私を覗き込む。

「……今は大丈夫です、帰ってもいいですよ」

「わかった……」

 どこか寂しそうな様子のそれは、ゆっくりと虚空に消える。

「(……同盟者?)」

「最近、特に変わった症状は無かったから、油断していたのかも知れませんね」

 アリアの顔に似せた"被り物"を作って貰うだけで、意識すら保てなくなるか……身体の期限か……それとも。

「(……権能やアレを呼ぶのは控えた方が良いだろうな……もう、魔力が減るだけでは済まんのは自分でも理解しているだろう?)」

「……善処します。それでアトラさん、私は今まで何をしていましたか?」

「(作戦通り……いや、それ以上だ。まるで返事もしなかったが……恐ろしい程の手際だったの……まるで別人だったが)」

「それで、ここは……?」

 改めて周囲を見回すと、何処かの城内のように思えた、それこそ昔、見慣れていたような。

「(……再建された奴らの城だ。既にその周辺の警備は……同盟者を止めはしないだろうな)」

 アトラは直接的には言わないけれど、恐らく私が作り替えたんだろう……彼らを殺した後に。

「……わかりました……進みます、そちらも首尾よくお願いしますね」

「(任せろ、確実に釣り上げてみせよう)」

 最後まで保つ事を祈るしかない……か。
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