72 / 95
第3部
14 日課
しおりを挟む
晴天の空に剣が鳴る。
「はぁぁぁぁっ!!」
「力み過ぎだ」
振り下ろす私の剣は、獣さんが持った木刀に軽くいなされる。
「これならっ!」
逸らされた剣をすぐに切り返す。
「読めている」
しかし、どれだけ速く剣を振ろうと、容易に躱され返される。
「くぅぅ!!どうして当たらないんですかっ!」
「当たったら流石に痛いぞ」
獣さんは涼しい顔をしていた。
「その余裕な顔を焦らせてみせま──」
「──まだそう言う言葉には早いな」
私が振りかぶった瞬間、喉のほんの少し前に電気が迸る木刀の切っ先。
「えっ」
何が起きたのかさえ、分からなかった。
「クララが一足で斬りかかるのと、同じ事をしただけだ」
「……同じ……?え……?」
「魔力による筋肉の増強、そして加速。これだけだ。俺の魔力は雷に変わるが、似たようなものだ」
私のは、ただ勢いよく距離を詰めてその力をぶつけるだけなのに、獣さんはピタリと木刀を止めている。
それだけで技量の違いは明白だった。
「まだやるか?」
「もう一回、いえ、私が勝つまで何度でも……!」
「……気がすむまで付き合おう」
◆◆◆◆◆◆◆◆
見上げた空に雲はない。
「ぜぇ……はぁ……」
「……大丈夫か?」
「くぅぅ!全然勝てない……!師匠にも殆ど負けなかったのに……!」
一度勝った相手に手も足も出ない。
「何故そこまで拘る?」
「一騎打ちで……倒さなければならない相手がいるんです」
「相手は剣士か?」
「いいえ……ですが、可能な限り鍛えたいのです」
「そうか……確かに、クララの剣は速く、重い。物凄い力だ。それほどまでの肉体強化はそうそうできるものではない」
なのに、獣さんには毛ほども叶わない。
「少なくとも殆どの人間には勝てないだろう。だが、その剣がどのように振られるのかわかっていれば対応は出来なくもない。……"整った"獣──俺のように他の生物の知覚を有していればな」
鼻や耳を指差す獣さん。
「以前はそれを封じたから勝てたと言うことですか……」
「後はそうだな、力に頼り過ぎて、技術がな」
「わかってはいましたが……実際に指摘されると耳が痛いですね……」
「教えても意味がなかったのだろうな、人間の剣士相手なら全く必要がない」
「なら!今から教えてください!」
「体に染み付いた剛剣を今から改めるのは無理があるぞ。握った事すらないならまだしも。……下手すると、破城槌でも振り回した方がその力を活かせる気がしてくるが……」
「そんな長物持ち歩けませんよ!何処にいてもわかるじゃないですか!」
「ははっ、魔術を使えば山一つ分吹き飛ばせるのに、態々剣を振ろうとする方が不思議だろう」
毛玉の本体が言った事と、似たような事を言われてしまった。
私の力は剣術には向いていないんだろう、まあ、全力で魔力を込めたら手足が砕け散るだろうし、魔力を使うなら自分以外にするしか……
「……ああ、そうか。魔術で剣を使えば良いんですね、《土よ──》」
「クララ?」
剣を地に突き刺し、詠唱と共に剣の呪印が輝く。
湧き出る金属や石が剣に纏わりつき、その姿を岩塊のような長大な斧剣に変えていく。
「よいしょっと」
尋常じゃないくらい重いけど、魔力を集中させれば普通に振り回せ──
「お、おい、やめ」
振り下ろした剣圧で突風が吹き、地は抉れ、視界の全てを吹き飛ばす。
反動で私の体はかなりの高さまで浮き上がる。
「え、あれ?」
ちょっと落ちたら怪我じゃ済まないくらいまで飛び上がってしまった。
頭の後ろが冷たくなる、いくら殆ど不死身だと言っても四散したくはない。
「け、獣さん!助け──!」
「仕方のない娘だ」
巨大な銀狼になった獣さんは、私の襟を咥えていた。
弾け飛んだ瓦礫を足場にして、ここまできたらしく、その表面は雷で焼け焦げている。
「……ありがとうございます」
「頼むから無茶な真似はしないでくれ……」
「獣さんが守ってくれるのでしょう?」
「ああ……俺を呼ぶなら何処であろうとな。……だが、出来るならそうならないようにしてくれ」
「善処しますわ」
「クララでも使えるような技をいくつか教えるから勘弁してくれ」
「やった!」
「……はは、本当に仕方のない娘だ……」
獣さんは苦笑いした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「こうですか?」
鞘から剣を振り抜く。
「そうじゃない、引き抜くまでは力を抜け」
「脱力してたら何も持てませんよ」
「……本当に剣を教わっていたのか?」
「ええ!相手は皆吹き飛んで終わりでしたけど!」
「……だろうな……」
「さて、次です!次!」
「……クララ、取り敢えず一つは出来るようになろう」
「沢山、技が使えた方がカッコよくないですか?」
「……一芸に秀でるものは万芸に秀でる。先ずはその抜刀を練習してくれ」
「抜刀が何の役に立つのですか?鞘なんて最初から使わなければいいじゃないですか」
「そう言う風に突き詰めると、最初から剣を振る必要もなくなるだろう。あくまで剣術は人間のものだからな」
「ちょっと獣さん、そういう風に言われると私が人間じゃないみたいですよ?」
「……すまん、全然気にしていないのかと思っていた」
毛玉の本体は私の事当たり前のように獣の王として扱ってたけれど、実感はない。
自分の権能が使えるわけじゃないし……いやアトラもそういうのは使えないけど……
「うーん、どっちなんでしょうか?正直私にもよく分からないんです。変異もないですし」
「無ければ無いでいいだろう。俺のようになってしまったら目も当てられない」
「そうですか?私は好きですよ?」
「……そうか」
「そうです」
「まあ、損ばかりでも無いか。耳や鼻も役に立つ事だしな」
「そうです。あ、私にもそういう耳とかあったらどうですか?」
「ん……?まあどう変わろうとクララはクララじゃないか?」
そういう事じゃ無いんだけど……まあ。
「そうですか?」
「そうだな」
一騎打ちの為に鍛錬してる筈なのだけれど……まあ、こう言う日があってもいいかな。
「獣さん」
「なんだ?」
「……やっぱり何でもないです」
焦っても全てが終わる日は変わらないし。
「はぁぁぁぁっ!!」
「力み過ぎだ」
振り下ろす私の剣は、獣さんが持った木刀に軽くいなされる。
「これならっ!」
逸らされた剣をすぐに切り返す。
「読めている」
しかし、どれだけ速く剣を振ろうと、容易に躱され返される。
「くぅぅ!!どうして当たらないんですかっ!」
「当たったら流石に痛いぞ」
獣さんは涼しい顔をしていた。
「その余裕な顔を焦らせてみせま──」
「──まだそう言う言葉には早いな」
私が振りかぶった瞬間、喉のほんの少し前に電気が迸る木刀の切っ先。
「えっ」
何が起きたのかさえ、分からなかった。
「クララが一足で斬りかかるのと、同じ事をしただけだ」
「……同じ……?え……?」
「魔力による筋肉の増強、そして加速。これだけだ。俺の魔力は雷に変わるが、似たようなものだ」
私のは、ただ勢いよく距離を詰めてその力をぶつけるだけなのに、獣さんはピタリと木刀を止めている。
それだけで技量の違いは明白だった。
「まだやるか?」
「もう一回、いえ、私が勝つまで何度でも……!」
「……気がすむまで付き合おう」
◆◆◆◆◆◆◆◆
見上げた空に雲はない。
「ぜぇ……はぁ……」
「……大丈夫か?」
「くぅぅ!全然勝てない……!師匠にも殆ど負けなかったのに……!」
一度勝った相手に手も足も出ない。
「何故そこまで拘る?」
「一騎打ちで……倒さなければならない相手がいるんです」
「相手は剣士か?」
「いいえ……ですが、可能な限り鍛えたいのです」
「そうか……確かに、クララの剣は速く、重い。物凄い力だ。それほどまでの肉体強化はそうそうできるものではない」
なのに、獣さんには毛ほども叶わない。
「少なくとも殆どの人間には勝てないだろう。だが、その剣がどのように振られるのかわかっていれば対応は出来なくもない。……"整った"獣──俺のように他の生物の知覚を有していればな」
鼻や耳を指差す獣さん。
「以前はそれを封じたから勝てたと言うことですか……」
「後はそうだな、力に頼り過ぎて、技術がな」
「わかってはいましたが……実際に指摘されると耳が痛いですね……」
「教えても意味がなかったのだろうな、人間の剣士相手なら全く必要がない」
「なら!今から教えてください!」
「体に染み付いた剛剣を今から改めるのは無理があるぞ。握った事すらないならまだしも。……下手すると、破城槌でも振り回した方がその力を活かせる気がしてくるが……」
「そんな長物持ち歩けませんよ!何処にいてもわかるじゃないですか!」
「ははっ、魔術を使えば山一つ分吹き飛ばせるのに、態々剣を振ろうとする方が不思議だろう」
毛玉の本体が言った事と、似たような事を言われてしまった。
私の力は剣術には向いていないんだろう、まあ、全力で魔力を込めたら手足が砕け散るだろうし、魔力を使うなら自分以外にするしか……
「……ああ、そうか。魔術で剣を使えば良いんですね、《土よ──》」
「クララ?」
剣を地に突き刺し、詠唱と共に剣の呪印が輝く。
湧き出る金属や石が剣に纏わりつき、その姿を岩塊のような長大な斧剣に変えていく。
「よいしょっと」
尋常じゃないくらい重いけど、魔力を集中させれば普通に振り回せ──
「お、おい、やめ」
振り下ろした剣圧で突風が吹き、地は抉れ、視界の全てを吹き飛ばす。
反動で私の体はかなりの高さまで浮き上がる。
「え、あれ?」
ちょっと落ちたら怪我じゃ済まないくらいまで飛び上がってしまった。
頭の後ろが冷たくなる、いくら殆ど不死身だと言っても四散したくはない。
「け、獣さん!助け──!」
「仕方のない娘だ」
巨大な銀狼になった獣さんは、私の襟を咥えていた。
弾け飛んだ瓦礫を足場にして、ここまできたらしく、その表面は雷で焼け焦げている。
「……ありがとうございます」
「頼むから無茶な真似はしないでくれ……」
「獣さんが守ってくれるのでしょう?」
「ああ……俺を呼ぶなら何処であろうとな。……だが、出来るならそうならないようにしてくれ」
「善処しますわ」
「クララでも使えるような技をいくつか教えるから勘弁してくれ」
「やった!」
「……はは、本当に仕方のない娘だ……」
獣さんは苦笑いした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「こうですか?」
鞘から剣を振り抜く。
「そうじゃない、引き抜くまでは力を抜け」
「脱力してたら何も持てませんよ」
「……本当に剣を教わっていたのか?」
「ええ!相手は皆吹き飛んで終わりでしたけど!」
「……だろうな……」
「さて、次です!次!」
「……クララ、取り敢えず一つは出来るようになろう」
「沢山、技が使えた方がカッコよくないですか?」
「……一芸に秀でるものは万芸に秀でる。先ずはその抜刀を練習してくれ」
「抜刀が何の役に立つのですか?鞘なんて最初から使わなければいいじゃないですか」
「そう言う風に突き詰めると、最初から剣を振る必要もなくなるだろう。あくまで剣術は人間のものだからな」
「ちょっと獣さん、そういう風に言われると私が人間じゃないみたいですよ?」
「……すまん、全然気にしていないのかと思っていた」
毛玉の本体は私の事当たり前のように獣の王として扱ってたけれど、実感はない。
自分の権能が使えるわけじゃないし……いやアトラもそういうのは使えないけど……
「うーん、どっちなんでしょうか?正直私にもよく分からないんです。変異もないですし」
「無ければ無いでいいだろう。俺のようになってしまったら目も当てられない」
「そうですか?私は好きですよ?」
「……そうか」
「そうです」
「まあ、損ばかりでも無いか。耳や鼻も役に立つ事だしな」
「そうです。あ、私にもそういう耳とかあったらどうですか?」
「ん……?まあどう変わろうとクララはクララじゃないか?」
そういう事じゃ無いんだけど……まあ。
「そうですか?」
「そうだな」
一騎打ちの為に鍛錬してる筈なのだけれど……まあ、こう言う日があってもいいかな。
「獣さん」
「なんだ?」
「……やっぱり何でもないです」
焦っても全てが終わる日は変わらないし。
0
お気に入りに追加
630
あなたにおすすめの小説
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~
サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――
聖人の番である聖女はすでに壊れている~姉を破壊した妹を同じように破壊する~
サイコちゃん
恋愛
聖人ヴィンスの運命の番である聖女ウルティアは発見した時すでに壊れていた。発狂へ導いた犯人は彼女の妹システィアである。天才宮廷魔術師クレイグの手を借り、ヴィンスは復讐を誓う。姉ウルティアが奪われた全てを奪い返し、与えられた苦痛全てを返してやるのだ――
幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる