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第3部

07 アリアと人間

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「台無しです!私の城も!私の財産も!時間をかけて誘導した連中も!」

 アリアはヒステリックな声を上げ、崩れた城の瓦礫を、スカートから伸びる触手で破壊していた。

「……負けたわけじゃない。計画はまだ順調に進んでいるだろう?」

 レオンハルトは暴れるアリアの背に、そう言う。

「あいつを絶望させてくださいよ。私の《制約》を知ってますよねぇ?」

 触手で瓦礫を掴んだまま、振り返ってレオンハルトの横に投げつけるアリア。

「……すまない」

 巨大な石がレオンハルトの顔を掠め、その顔に一筋の切り傷と滲む血、しかしその傷は流れた血の発火と共に、次の瞬間には消える。

「あの土砂崩れで、どいつもこいつも死にやがって。勝手に死なないで下さいよ。……私に殺されて下さいよっ!」

 アリアは触手を振り回し、瓦礫に挟まれ、潰れていた肉の塊を一つ一つ運ぶ。

「……クソがクソが!!クソがぁぁ!!"あっち"にくれてやるほど無駄な……」

 力任せに瓦礫を弾き飛ばすと、吹き飛んだ瓦礫の下敷きになって、並べられた亡骸が四散し血が撒き散らされ、アリアの白い服が赤い血を浴びる。

「貴方達、なんで、大人しく並んでいられないんですか?言うことを聞けないなら殺しますよ?」

 飛び散った死体へ悪態を吐きながら、一つ一つ拾い集めて並べ直すアリアの服は、死体から流れる血や、零れ落ちた肉片で、悍ましい赤のドレスへと変わる。

「私の服を汚さないで下さいよ」

 懐から人皮で装丁された本を取り出す。

「《かんだ、あまんとす、いあ、のすふぇらとす》──来なさい、ギディオン」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 黒々とした芋虫のような巨大な柱が、地面から生え暗闇の空へ伸びる。

「……随分と久々に呼び出したな。不真面目な信徒め、権能を与える条件を忘れたか?」

 ブヨブヨした柱の表面に、数え切れないほど開いた孔から、黄色く光る目がアリアを見る。

「生贄です。大人しく受け取りなさい。あとは、権能をさらに強化しなさい。女神の力が強まってます、もっと殺さないと負けます」

「これ以上、屍鬼に近づいてしまえば……人の亡骸以外に何も口に出来なくなるが──」

「なら誓いましょう!《私は人間の亡骸以外を口にしてはいけない》これでいいですよねぇ!」

「……いいだろう、敬虔な信徒である者には等しく手を貸そう。手を出せ」

「最初から頷いてればいいんですよ!」

 アリアは袖をまくって手を差し出す。

 刺青のように様々な色の呪印が刻まれた肌に、新しくギディオンの黒い呪印が登っていく。

「……終わった。より多くの亡者を同時に、そしてより優れた知能を持たせる事ができるだろう。生者には及ばないだろうが……さて、私はこれで……」

 黒い肉の柱が死人達の肉片を取り込んで去ろうとした時。

「え、帰る?私の許可も得ずに?」

 微笑みながら首をかしげるアリア。

「あまり私を見くびるなよ、小娘──」

「《だるぷし、あどら、うる、ばあくる》」

「てぃけ、り、り?」

「何──」

「玩具修理者ァ!!《こいつと、くたばった剣術指南役を混ぜて蘇生しろ!余った部品は近衛兵士に組み込め!》」

「ひひ、わかった」

 触手が間欠泉のように地から吹き出し、ギディオンを拘束し、分解していく。

「やめろ!何を」

 巨大な芋虫のような身をよじるギディオン。

「ある程度の権能さえ手に入れば、本体は用済み!さあ、レオンハルト!切り刻め!」

「《……裏切りにみてる枝、害をなす星の杖、大魚の口より出でし、生ける炎よ!》」

 レオンハルトの手に剣の形をした炎が握られる。

「その力、まさか、既に──」

「悪く思うな──獣の王よ」

 レオンハルトの一振りで、根元から寸断され、轟音と共に倒れ臥していく。

「……何故、こうしなくてはいけないんだ?生贄ならいくらでも用意できるじゃないか」

 炎を消し、アリアに問いかけるレオンハルト。

「獣の死体を拒むからですよ……強力で使役しづらい"獣の王"より、劣化しても忠実な"人間"の方が断然お得で"使い勝手"がいいです。……偽物のように、"あんなこと"ができるほど……魔力の量が多い訳じゃありませんから……ねぇ」

 アリアはヒビの走った腕を回復魔術で再生させながら、瓦礫の山を睨む。

「──さて、権能の試運転です《かんだ、えすとらた、あまんとす、いあ、ぐれつ!》我が騎士たちよ、何度でも戦列へ立て!私の兵達よ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 集められた死体、そして泥のように波打つ地面から、這い出る亡者達はアリアの魔術で立ち、起き上がっていく。

「な……なんだ?俺は……」

「……私達は……一体……」

 しかし、変わり果てた自分達の姿に、戸惑った顔を合わせる亡者達。

「……へぇ、こうなりましたか。性能が良すぎるのも問題ですね……」

 アリアはボソリと呟くと、触手で跳ね、一瞬にして瓦礫の頂上へ降り立つ。

「──恐れるな!」

 崩れた街と城の瓦礫の上に立つアリアがそう一喝する。

「再誕を恐れるな!来ては去る形なき者達よ!すべての人は私の手の中で安息を得る!すべては私の手足が発する閃光に過ぎない!万物の中の私を認識せよ!諸君らは私の手によって永遠になったのだ!立て!私の騎士達よ!」

 亡者の騎士達は、激しい身振り手振りをするアリアを呆然と見つめる。

「せ、聖女さま!これは……奇跡なのでしょうか……ならばなぜ、我々はこのような姿に……!」

「貴方は私に創造された!正しき星辰が働きかける偉大なる改心を経験した事に他ならない!貴方が見るに堪えない姿に見えるのは、神が、そして私があまりに清純な目をしているからだ!その姿は堕落だ、しかしそれは救いだ!自らの死と罪に向き合う姿を得ることで、正しく真の楽園へ至る為の段階にたどり着いたのだ!」

「な、なんと……!」

「そう……だったのか」

 アリアを疑う者は彼らの中には一人もいない。それだけの時間をかけ、それだけの言葉と恩恵を得てしまっていた。

 たとえ、アリアの言った言葉が如何に論理性に欠けた言葉であっても、鵜呑みにして自分達が救われるのだろうと盲信的に信用する段階へと至っていた。

「ならば言え!約束の地を!獣どもに死を!」

「約束の地を!獣どもに死を!」

「約束の地を!獣どもに死を!」

 歓声と掛け声の合唱が、瓦礫の街と闇夜の空に響き渡る。

「そうだ!私を信じよ!──どんなに長くとも夜は必ず明けるのだから!《火を走らせよ!》」

 アリアの放った魔術が、上空の瘴気に風穴を開け、そこから垣間見える青空が、スポットライトのように照らし、歓声と掛け声が鳴り止む事はなかった。
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