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第1部 

07 辺境-2

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 森の中が暗くなり始めた頃。

「……なんとか見つかりましたね姉様」

 運良くアルラウネを見つけた私達は、紐を使って首尾よく引き抜き、それを手に入れた。

「これでお祖母様も元気になりますよね、姉様?」

 大変な思いをして探しに行った理由は、祖母の体調が優れないからだった。

 アルラウネはすり潰して、薬にすれば万病に効くという。

 彼女が治せない病などあるわけがないのに、私達はその事に気がついていなかった。

「だといいんだけど……それにしても」

「ぼ、僕を薬にしようっていうのかい!?それはやめてほしいなぁ!こんな可愛らしいアルラウネは中々いないんだよ!?」

 手の中で騒いでいる小人の少女。思ったよりも人に近い姿で流暢に喋るので、私はすり潰すのが、なんだか可哀想になってしまった。

「なんかすり潰したくないなぁ……」

「でも姉様、こんなにうるさいのを修道院に連れてったら、小鬼と間違えられて退治されちゃいますよ?」

「な、何でも言うことを聞くからさ!命だけは助けてよ!」

「じゃあ、お祖母様の病気を治してよ」

「…………それは出来ない……かも……」

「なんでもじゃないじゃん!」

「神様が決めた事を勝手に変えることはできないんだ、定まった命の期限に手を加える事は重罪だ」

 祖母は単に年老いていただけなのだと、この時、暗に言われていたが、気が付けなかった。

「……なんか魔法とかないの?」

「なら、僕のとっておきの呪文を教えてあげよう、《だるぷし、あどぅら、うる、ばあくる》壊れた玩具がある時は、こう唱えて、出てきた者にお願いするんだ、材料さえあれば、どんな玩具も立ち所に直してくれるだろう!」

「じゃあ、この笛直せる?」

「簡単さ、唱えてごらん」

「ちょっとアル?そう言うのは……」

「《だるぷし、あどぅら、うる、ばあくる》」

 止める私の声も無視してアルサメナは呪文を唱えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 真っ黒な服にステンドグラスみたいな極彩色の髪の毛を垂らした得体の知れない人物が何もないところから現れた。

「……てぃけり、り。これどうする」

「こ、この笛を吹けるように直して欲しい!」

「てぃけり、り……わかった、ひ、ひひ」

 得体の知れないそれは、割れた笛を受け取ると、バラバラに分解し、落ちていた枝をゆっくり少しずつ組み合わせ、しばらくするとすっかり割れる前のように、笛を直してしまった。

「すごい!すごい!姉様!元の通りですよ!」

「元通り……かなぁ?」

 別の木を使ったからか、まだら模様になった笛を見せ、そして吹くアルサメナ。

 森に高い音が響いた。

「ほら、元通りです!」

「てぃけり、り……かえる……」

 "それ"は、笛を直すだけ直すと、すぐに姿を消してしまった。

「どうかな?役に立っただろう?だから命だけは勘弁してくれないかな?」

「……仕方ない、今のところはそれで勘弁してあげる」

 雲に隠れた日が暮れそうになっていた。夜は獣が増えて危険だと言われていたのに、まるで気がつかなかった。

「早く帰らないと──っ!」

 帰ろうと立ち上がった時、視界の端に黒い尻尾が映る。

「どうしたのですか?姉様?」

「シッ!──獣がいる……!」

 獣達にしてみれば、こんな時期に森の中にいるのは捨てられた子供で、楽な獲物に他ならない。

「おやおやおや、森の中でのんびりし過ぎたようだねぇ!子供だけでこんなところに入れば無事で済むわけがないだろう!ふふふふ!」

「静かにして!じゃないと──」

「えーなんで?"君達が死んでくれないと僕達は増えない"んだからさ!」

 アルラウネが騒いでいたのは、それが目的だった。自分達が増える為の肥やしにする為だったのだろう。

 アルラウネを取ってくる人間が少ないもう一つの理由を、この時私は始めて知ったのだ。

「さぁ!獣共よ──食事の時間だ!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎──!!」

 獣達の雄叫びが森の中に響く。


◆◆◆◆◆◆◆◆
 

「ね、姉様っ!」

「走って……!」

 アルサメナの手を引いて駆ける。
 私達の背後から唸り声、獣の息遣い。

 辺りはもう、殆ど闇に包まれ始めていた。

「な、なんで僕を置いて逃げないんだっ!さっさと置いていけよ!襲われてるんだぞ!?普通置いて逃げるだろっ!」

 握りしめた小人が抗議する。

「助かったらすり潰して薬にするのっ!あなたが私達を始末しようとしたんだから、おあいこでしょっ!」

「はなせぇ!君らといたら僕まで獣の餌になるだろうがぁ!」

「ね、姉様どこに逃げるの!?」

「森の外っ……!」

 雪を掻き分ける足音はもう、真後ろに迫っていた。

「あぁっ……!」

「姉様っ!」

 雪に足を取られて転ぶ。

 こんな事ならもう少し運動しておくんだった。

「く!もう少し頑張って走れよ人間!こうなったら僕の魔術で──」

「──それには及びませんよ《立ち去りなさい!》」

 獣達の唸りは、怯えたような鳴き声に変わって去っていった。

「た、助かった……?」

 ランタンで私達を照らす声の主。

「大丈夫ですか?クララ、アルサメナ」

「無事か!?お前ら!」

 声は聖女である祖母、私達を立たせたのは、兄のダリウスだった。

「お祖母様!」

 すぐに祖母に抱きつくアルサメナ。背は高くとも、やはり私よりは幼いのだ。

「……全く。困ったものだなクララ?」

「お兄様、これは……その」

「雪掻きも手伝わずに出て行ったと聞きましたが、こういう事だったのですね、全く仕方の無い子達ね」

「あの、その……ね、姉様」

 祖母の言葉を聞いて、私の後ろへ隠れるアルサメナ。

「……これは……そのアルラウネを薬にしようと……」

 口を塞いだアルラウネを見せる。

「これは……良く見つけたな……だが」

「……勝手に外へ出たのは反省すべき事ですよ、森には獣がいます、特に冬は飢えて危険です。何か言うべき事は?」

「ご、ごめんなさい、勝手に外に出て……」

「ごめんなさい……」

「よろしい……まあ、私の為だったのでしょうし、そこまで怒る気にもなりませんね、ありがとう、クララ、アルサメナ」

 そう言って私達の頭を撫でる祖母。

「そろそろ夕食の時間です、その子を部屋に置いたら食堂へ行きましょう、中は暖かいですよ」

 安心すると、酷く寒く、手がかじかんでいた事に気がついた。

 その日の夕食はいつも通り質素なものだったけども、私にはとても有り難く思えた。
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