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男だったら良かったなぁ
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8月の中旬。爛々と太陽照りつける酷暑だった。僕は幼馴染みの春希の部屋に訪れていた。夏休みも残りわずか、まだ終わらせていない宿題を片付けようということで春希が誘ってくれたのだ。
「はぁー、やっと終わったー!」
テーブルを挟んで向かい側に座っている春希が、難関だった数学のドリルを終わらせた喜びから、後ろに倒れ込み天井を見上げた。冷房から吐き出される気持ち良い冷風が春希の前髪を撫でている。今日の春希は白いワンピースを着用している。無防備にも、手足を広げ大の字に寝転がっているので、下を除けば乙女の秘密が丸見えだ。
「春希。そんな格好で寝転がらないでよ。」
「えー?なんでよー。」
「君には恥じらいってものがないの?その、見えちゃうよ?」
「え?何?もしかして昴、私のパンツに興味がおありで。」
僕が指摘しても、春希は姿勢を正そうとしない。それどころか、僕に対して挑発的な態度を取る。パンツなんて、年頃の女の子が発して良い単語ではない。この子は昔からそうだ。僕に裸を見られようが、全く気に留めず、恥じらう素振りすら見せない。そんな態度に、僕はいつも、もどかしさとある種の怒りを覚えている。
「春希は女の子でしょ。もうちょっとお淑やかになれないの?」
「お淑やかなんて、私には一番似合わない言葉だよ。私は、男だもん。」
また、春希の口癖。いつも、女の子らしさを求められるとこの言葉を口にする。確かに、春希は花も恥じらう繊細な少女とは程遠い、外見に無頓着で、肌が日に焼けようが外で遊び回ることを拒まない、男子に混ざって走り回っていても違和感のないような子だ。でも、女の子なのだ。どれだけ髪が短かろうが、その髪は指が滑るほど細く、艶がある。どれだけ下品な言葉を口にしようが、その声は小鳥の囀りのように柔和で、透明感がある。決して男なんかではない。春希には女の子の証が随所から溢れ出てしまっている。絶対、確実に、断固として女の子なのだ。
「春希は、女の子だよ。」
つい、思っていたことを口にしてしまった。
「違うよ、私は男、」
「女の子だってば!」
沸沸としていた怒りが噴き出してしまい、思わずテーブルを叩いてしまった。掌が痛い。突然の事に驚いた春希は飛び起き、僕を驚怖の篭った瞳で凝視する。
「あ、ご、ごめん。怒りすぎた。」
「う、うん。私もちょっと意固地になり過ぎてたかも。でも、ちょっとびっくりした。」
「…春希には否定して欲しくないんだ。春希が女の子であることを。」
そうじゃないと、僕は…僕は…
「今日はもう帰るよ。残りは家でやる。」
これ以上、ここに居ると自分が抑えられなくなってしまう。いけない感情がもう喉元を熱く焦がしているのだ。
「え?…うん、分かった。また誘うね。」
春希の言葉に、うん、とだけ答えて、僕は足早にその場から立ち去った。
外に出ると、鋭い日差しが僕を襲った。少し目眩を感じたが、気にせず進んだ。進んだ。進んだ。気にせず進んだ。筈なのに、なんで水滴が頬を伝うのだろうか。夏だから、汗が流れるのは仕方がない。でもこれは汗ではない。これは、生理現象で流れるような下らないものではないのだ。哀切に胸を締め付けられて、絞り出される、決して届かぬ哀願の結晶。茹だったアスファルトに零れ落ち、浮かぶ陽炎とともに消えていってしまった。どうして春希は、男ではないのか。春希が男だったら、僕はこんなに辛い思いをせずに済んだのに。春希に想いを告げて、成功したら喜んで、振られたら悲しんで、それで終わったのに。春希が男だったら良かったなぁ。でも、春希は女の子なんだ。悲しい程に、女の子なんだ。そして僕も、女の子なんだ。憎らしい程に、女の子なんだ。それだけが変えようのない事実なんだ。
「はぁー、やっと終わったー!」
テーブルを挟んで向かい側に座っている春希が、難関だった数学のドリルを終わらせた喜びから、後ろに倒れ込み天井を見上げた。冷房から吐き出される気持ち良い冷風が春希の前髪を撫でている。今日の春希は白いワンピースを着用している。無防備にも、手足を広げ大の字に寝転がっているので、下を除けば乙女の秘密が丸見えだ。
「春希。そんな格好で寝転がらないでよ。」
「えー?なんでよー。」
「君には恥じらいってものがないの?その、見えちゃうよ?」
「え?何?もしかして昴、私のパンツに興味がおありで。」
僕が指摘しても、春希は姿勢を正そうとしない。それどころか、僕に対して挑発的な態度を取る。パンツなんて、年頃の女の子が発して良い単語ではない。この子は昔からそうだ。僕に裸を見られようが、全く気に留めず、恥じらう素振りすら見せない。そんな態度に、僕はいつも、もどかしさとある種の怒りを覚えている。
「春希は女の子でしょ。もうちょっとお淑やかになれないの?」
「お淑やかなんて、私には一番似合わない言葉だよ。私は、男だもん。」
また、春希の口癖。いつも、女の子らしさを求められるとこの言葉を口にする。確かに、春希は花も恥じらう繊細な少女とは程遠い、外見に無頓着で、肌が日に焼けようが外で遊び回ることを拒まない、男子に混ざって走り回っていても違和感のないような子だ。でも、女の子なのだ。どれだけ髪が短かろうが、その髪は指が滑るほど細く、艶がある。どれだけ下品な言葉を口にしようが、その声は小鳥の囀りのように柔和で、透明感がある。決して男なんかではない。春希には女の子の証が随所から溢れ出てしまっている。絶対、確実に、断固として女の子なのだ。
「春希は、女の子だよ。」
つい、思っていたことを口にしてしまった。
「違うよ、私は男、」
「女の子だってば!」
沸沸としていた怒りが噴き出してしまい、思わずテーブルを叩いてしまった。掌が痛い。突然の事に驚いた春希は飛び起き、僕を驚怖の篭った瞳で凝視する。
「あ、ご、ごめん。怒りすぎた。」
「う、うん。私もちょっと意固地になり過ぎてたかも。でも、ちょっとびっくりした。」
「…春希には否定して欲しくないんだ。春希が女の子であることを。」
そうじゃないと、僕は…僕は…
「今日はもう帰るよ。残りは家でやる。」
これ以上、ここに居ると自分が抑えられなくなってしまう。いけない感情がもう喉元を熱く焦がしているのだ。
「え?…うん、分かった。また誘うね。」
春希の言葉に、うん、とだけ答えて、僕は足早にその場から立ち去った。
外に出ると、鋭い日差しが僕を襲った。少し目眩を感じたが、気にせず進んだ。進んだ。進んだ。気にせず進んだ。筈なのに、なんで水滴が頬を伝うのだろうか。夏だから、汗が流れるのは仕方がない。でもこれは汗ではない。これは、生理現象で流れるような下らないものではないのだ。哀切に胸を締め付けられて、絞り出される、決して届かぬ哀願の結晶。茹だったアスファルトに零れ落ち、浮かぶ陽炎とともに消えていってしまった。どうして春希は、男ではないのか。春希が男だったら、僕はこんなに辛い思いをせずに済んだのに。春希に想いを告げて、成功したら喜んで、振られたら悲しんで、それで終わったのに。春希が男だったら良かったなぁ。でも、春希は女の子なんだ。悲しい程に、女の子なんだ。そして僕も、女の子なんだ。憎らしい程に、女の子なんだ。それだけが変えようのない事実なんだ。
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