幼馴染み

ナメクジ

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幻馴染み

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「昨日、正しい心を探索しようと陽炎に浮かぶ疑心をずっと歩いていたんだけど」
夕陽の差し込む閑寂とした部屋。僕の幼馴染み、東郷静香は柔らかな笑顔に影を落としながら話し始めた。

「蛇が自分の尾先を鋭利な二又の槍で突き刺していたの。だから私は私の掌の上でずっと周回してて、平行する人達がいた筈なのにいつの間にか一人きりになっていたことに気付いたの。」
これがいつもの風景。静香は、相変わらず意味のわからない文章の羅列を伝えてくる。でも僕は、そんな静香の言葉に森の中で悠々と輝く虹色のきのこのような魅力を感じている。だから、毎日自分の部屋に招き入れて、二人きりで静穏な時間を過ごすのだ。

「私は辺りが純白の影に侵食されていくのが怖くて、波がこっちに到達する前に白雲を掴んで逃げようとしたの。でもね、何故か白雲は強く拒絶して私を放置して黒ずんだ風に吹かれながら枯れ葉が生茂る森の闇に消えていったの。」
静香の放つ言葉が息苦しい部屋の中を支配する。それが、どんなに洒落た飾り物や置き物でも表現できない、毒臭のする甘美な雰囲気を醸し出していた。僕は冷たい泥を全身に塗りたくられたような心地良さを感じる。

「長い時間待ったけど、月はいつまで経っても姿を表すことはなく、代わりに鈴蘭の太陽が二つ出現したの。私は沢山傷つけられたけど最後まで、照らしてくれることを信じてた。だけど期待は虚しく、太陽は光を放つことなく縄に絡まれながら深淵に昇っていったの。」
僕の心臓は、手足の爪先まで振動させるほど激しく踊っていた。静香の言葉はまるで水面の様な反射性と緩慢とした流れがあった。まるで、僕の脳がそのまま東郷静香という少女の容姿を形成して話している様な感覚だった。

「ねぇ、今日は何を見るの?この外光のない硝子の箱の中で。私はいつまでも流れていく時間に従属することしかできないけど。変化する世界を遠望することしかできないけど。あなたは私を受け入れる?応か否か、回答できるなら私をあなたの夢ではなく確たる現実にして。無回答なら私はあなたの夢の残痕として虚なままここに居続ける。どうする?」
急に、今まで一人で話していた静香が厳粛な声色で僕に問う。非常に抽象的ではあるが、何か僕自身の未来の核となる決断を迫られてる様な気がする。応じるべきか否か、提示された分岐。静香によって、いや、僕によってこの先の軸となる時間が決まる。静香は僕にどう答えて欲しいのだろうか?何を求めているのだろうか?わからない。

「今日も回答できない?仕方ないよね。水槽に向かって空気を閉じ込めるか否かを質問してる様なものだから。回答したからって何かが変化する訳ではない。ただ箱の中の無空間に、輪郭を持った無が還元するだけ。だから良いんだよ、答えなくても。元々この問い自体、無意味なんだから。」
先ほどとは打って変わって、静香は包容的な声色で語りかける。子守唄のようだった。そのせいか、睡眠欲が春の小波のように脳で揺らめく。

「眠い?いいよ、お休み。また明日」
既に微睡の中を浮遊していた僕は、静香の慈愛に満ちた表情をぼかされた視界に捉えながら、意識を夕闇の彼方へ落としていった。
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