異日常

ナメクジ

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 目の前に知らない人いる。私はこの人の顔や髪型、容貌に大変既視感を感じている。記憶の中に確かに存在するその人、しかし知らない人である。まず、その人の名前を私は知らない。なんと呼称すれば良いのか、あなた?君?お前?そんな他人行儀な呼び方が果たして正確なのだろうか。知らない人ではあるが、記憶の中に存在している以上、もっと最適な呼称があるはずなのだ。多分それがその人の名前だろう。だが、私は知らない。よって私がその人を呼ぶことは不可能なのだ。会話の中で名前を知ることができれば良いのだが、呼ばなければ、声を掛けなければその人と話すことも出来ない。私がその人の名前を知ることはない。

 次に、その人の顔を見た時に私に感情の変化が無かった。人間誰しも、見知った顔を見たら嬉しい気持ちになったり、嫌な気持ちになったりと記憶の中に存在するその顔に対する印象に即して、無意識下で感情が湧き上がってくるのだ。私にはそれが無かった。つまり、私の記憶の中にその人が存在していようと、私が無感情のままでその人を視界に入れることができるのだから、やはりその人は知らない人なのである。

 ここで、ある疑念が湧いてきた。私はその人のことは知らないが、その人は私のことを知っているのだろうか。もし、その人が私の名前を知っていて、私の顔を見た瞬間なんらかの感情が湧き上がっていたとするとその人にとって私は知人なのである。しかし、私がその人の知人であろうと、その人は私の知人ではないのだ。このような一方通行な人間関係は実に奇妙である。恋愛関係や友人関係においては、片思い、という哀しい一方的な相関が実現されることはままある。だが、相手側から知人であると認識されている状態で、こちら側も相手側のことを知人と認識していないという状態の知人関係などあり得ないのだ。双方の認識が合致して初めて実現されるのが知人関係なのだ。

 ということは、その人も私のことを知らないと考えるのが最適だろう。結局、私の記憶の中に存在するその人は、影すら存在しない骸であったのだろうか。既視感だけが私の五感を支配し、形骸の記憶に手を突っ込み陽炎を掴むだけのもどかしさの連鎖に疲労を感じた私はその場に寝転がり、精神を静養することにした。
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