上 下
5 / 123
第1章 ゲームと現実

04幼馴染とヤンキー

しおりを挟む
 俺が鮫島達とダンジョンに入ろうとしている時。後ろから氷華の声が聞こえてきたんだ。
 ここは立ち入り禁止になった山奥なのに。


 ■□■□■□


 俺はひどく混乱していた。
 ダンジョンの近くで、氷華の声が聞こえるからだ。 こんな事態は全く予想してないぞ。
 全ての高校で、ダンジョンへの警告はされてるんじゃないのか?


 もしこんな所で氷華と会ったら……虐められている事が、バレてしまうじゃないか!


〈ポタッ……ポタッ……〉


 焦りから来る冷や汗で、俺の額(ひたい)はビショビショになっていく。
 もちろん、氷華達の声に気づいたのは俺だけじゃない。
 鮫島も腰掛けていた大きな石から立ち上がって、辺りを見回していた。


「おい。なんか人の声がしねぇか? もしかしたら俺等以外にもダンジョンを狙ってる奴らがいるかもな」
「そうね。私達のライバルになるかもしれないわ」


 確かに2人のいう通りだ。
 興味を持ってダンジョンに近く輩(やから)はいるかもしれない。
 だが、氷華は真面目で意外と慎重な性格だ。鮫島みたいなヤンキーとは全然違う。


 だから、きっと聞き違いのはず。いや、きっとじゃ困るんだ頼む。
 この状況を氷華に見られたくない!頼む頼む。違う人物であってくれ……お願いだ神様。


 俺は手を握りしめた。
 これほど神様にお願いした事はこれまで一度もない。しかし、そんな俺の願いは聞き入れられないようだ。
 コツコツコツ、とダンジョンの入り口付近に足音が近づいてくるにつれて現実が分かった。


 ――コツ……。



 近づいてくる足音の主も、ダンジョンの入り口付近にいる俺達に気付いたようである。足音が止まった。
 足音が止まった事を確認すると、俺は恐る恐る足音の方向に振り向いた。


(心臓がバクバクと鼓動する……吐きそうだ)


 極限の緊張のまま、俺が向けた視線の先には。氷華がいた。


(おい嘘だろ、そんな……)


 緊張した表情から苦虫を潰したような表情に変わる俺。
 じっくり彼女の方を見つめると、他に複数の人影を見つけた。
 氷華だけではない,友人らしき人物が他にも3名程いるのが発見できる。


「あっ蓮じゃん! お~い!!」


 鋭い俺の視線に氷華が気づいたらしい。元気にこちらに向かって手を振るのが見えた。
 楽しそうに手を振っている。氷華は俺の気持ちなんか知らないんだろう。
 この場から消えて無くなりたい程の気持ちだって事を。


 終わった。ここで、俺が虐められている事がバレれば氷華から嫌われてしまうだろう。
 いや、虐められている事だけじゃないか。これまで嘘をついていた事がバレてしまうんだ。
 それだけは絶対に避けなければならない。
 氷華と二度と会話ができなくなるなんて嫌だ。クソッ!こうなったら。


 俺は覚悟を決めた。
 体を震わせたまま、鮫島と松尾に向かってゆっくりと向いたんだ。
 確固たる覚悟を持ち、鮫島達に迫る勢いで。


「鮫島君、お願いがあるんだけど」
「ん? 何だ」
「……あの子がいる間だけは、虐めないで……もら……えませんか?」
「……………」


 覚悟とは裏腹に俺の言葉は震えていた。鮫島が怖い。
 けど、これでダメならもう終わりだ。
 もし生きて帰れたとしても、明日から1人で学校へ行く事になるんだろうな。
 そう考えていると、段々と目の輝きも失われていく。
 俺は分かっていたんだ。
 いつもならこんな願いを鮫島が聞き入れてくれない事を。


 でも、今日は違った。
 鮫島の返答に驚いたよ。こんな事あるんだって……。


「知り合いか? まぁいいぞ! あいつらがダンジョンに入っていくまでは俺は黙ってるわ。……その代わり……分かってるな?」
「うん! ダンジョン内では、先頭を歩かせてもらいます!」
「ちょっと鮫島! あんた何、奴隷君の言う事聞いてあげてるのよ」
「……………」



 俺が鮫島と会話をしている最中、松尾が割り込んできた。
 俺の言葉通りに話が進むのが気に食わないようで、腕を組んで俺を睨みつけている。 
 しかし、なぜか鮫島が松尾をなだめてくれた。ここまで気を使われると気持ち悪くなる。
     

「まぁまぁ落ち着けよ松尾。俺は虐めないって言ったんだ」
「どういう事なのよ?」
「ふはは。知るかよ! ほら奴隷、さっさと知り合いとやらに挨拶済ませてこい」
「ありがとう鮫島君!」

     
 多少の違和感はあったが、俺は初めて鮫島の事を良い奴だと感じた。
 鮫島の不自然な程に優しい笑顔を見ると、俺は氷華の元へと走る。


「ごめんよ。氷華!」
「ちょっと蓮。なんでさっき無視したの!」
「いや、ちょっとね……ダンジョンに入る前だから緊張しちゃって」


「ダンジョンに入るの?」
「うん! そうだよ。やっぱり気になっちゃってさ」
「気をつけなさいよね」
「分かってるって」


 やっぱり氷華と話してると落ち着くな~。って違う違う。俺はこんな会話をするために来たんじゃない。
 楽しく会話をしていて忘れていたが1つ気になる事がある。
 それは、なぜ氷華がこの場所にいるのかという疑問だ。
 それを聞かなければ、気になってダンジョンに集中できない。
 俺はさりげなく氷華に聞いてみた。


「あ……そういえば。氷華もダンジョンに入るの?」
「私自身は反対したんだけどね~」


 氷華はそういうと、隣にいた友人達をチラリと見た。
 何かの合図なのだろうか、彼女の友人が口を開く。


「氷華は『王(キング)』じゃん! なんかあっても大丈夫だって、私達がお願いしたのよ」
「そう!こんな感じで、ダンジョンに来ちゃったの」
「へ……へぇ~」


 なるほどそういう事か。確かにお人好しの氷華らしい行動だ。
 俺は腕を組んで感心してしまった。


「ごめんね蓮! 私達もう行かなきゃ」
「え?……」    


 突然、氷華と仲間がダンジョンに向かって動きだした。
 何か急ぐ用事でもあるのだろうか、そう思わせるような慌ただしい動きである。
 氷華も申し訳なさそうに手を振ってきた。


「ごめん。私達もうダンジョン入ってるから! 塾に間に合わなくなるの」
「うん。俺達も、もう少ししたらダンジョンに入るから」


 氷華達はそのままま、鮫島が近くにいるダンジョンの入り口に差し掛かったんだ。
 でも、なぜか鮫島はそれを見つめている。何かのタイミングを図っているかのように。
 その明らかな視線に氷華達も感づいているようだ。
 仲間内で固まりながら、ボソボソと話していた。


「氷華~あの人達雰囲気悪いね。ずっとこっち見てるよ」
「ね。早くダンジョンに入っちゃお!」
「そうだね」


ザッザッザッ……


 彼女達は歩くスピードを速め、あともう少しでダンジョンに入る……その時だった。
 悪魔のような笑みを浮かべながら、鮫島が大きな声で氷華に向かって言葉を放ったのだ。


「蓮の職業は『奴隷(スレイヴ)』だぞ!」


 ただでさえ大きな声だが、山に茂っている木々に反射しているせいで森中に響く。
 その言葉は、俺にも聞こえてたよ。
 『奴隷(スレイヴ)』だと暴露された俺の顔は、くしゃくしゃに歪んでいったんだ。


 俺の人生の希望が……氷華との関係が消える。ってさ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。  そんな努力もついに報われる日が。  ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。  日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。  仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。 ※HOTランキング1位ありがとうございます! ※ファンタジー7位ありがとうございます!

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

処理中です...