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シンデレラ
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「あ」
思わず間抜けな声が出た。二度目の中出しを終えて、身体は鎮まっても未だに気持ちは飽き足らず、彼の身体中にせっせと口づけを落としていた俺だったが、ふと顔を上げた瞬間、この部屋の数少ない調度品である壁掛け時計が目に入ったのだ。
「……どうした?」
覆いかぶさったまま、微動だにせず壁を注視する俺に、訝しげに彼が声をかけてくる。
「十二時、過ぎちゃいました。――今から『ご主人様』に戻りますか?」
どうしても声に残念さが滲み出てしまう。一日だけの恋人ごっこ。そういう約束だった。今日一日のことを、まるで走馬灯のように色々と思い返してしまう。
僕のこと好きになればいいだろ、は反則だ。そんな男前なことを言われたら、もうストッパーもくそもなく本気で惚れざるをえない。かと言って、恋人になってほしい、なんておこがましくて本人には言えないが、今後もたまにはこういうことができれば嬉しいなとはどうしても考えてしまう。
そもそも、『ご主人様』というキャラクターを演じながら、自分の本意でないプレイを行うというのは実は結構負担でもある。興奮しないわけではないが、気を使ったり観察したりと、気が散って遅漏気味になってしまいがちだ。初めて俺の好きなように抱かせてもらって、それがよく分かった。
何より、彼の素の喘ぎ声がたまらなく俺を煽り立てた。何とか引き出そうとして時々羞恥に泣かせてしまうあの声。しかも今日は名前まで呼ばれてしまったのだからたまらない。うわごとのように何度も俺の名前を口にしながら連続絶頂する彼は本当にいやらしくて、かわいらしくて――。
「ああ、いや、今日はもういい。だが、ひとつ言っておくことがある」
あっさりとした彼の返答に俺は我に返った。少しほっとしつつ、覆いかぶさったまま、俺は神妙な顔で続きを傾聴する。じっと俺の目を見ながら、彼が口にしたのは短いながらも衝撃的な通達だった。
「今後、こういうプレイをした際には現金報酬は支払わない。それでいいか」
――ああ、これは終わった。
鳩尾がぐんと重くなり、俺は思わず深くうなだれた。所詮は雇われの身。クライアントである彼にとって、契約にない恋人同士のような甘いセックスには金を払う価値もないのだ。そりゃそうか。そうだよな。彼はただ、律儀に俺のごっこ遊びに付き合ってくれただけなのだ。
「――すみません、やっぱりおこがましかったですよね……」
でも、だったら、好きになればいい、なんて言わないでほしかった。いや、恋人ごっこなんて言い出したのは俺だ。俺がただ、舞い上がり、のぼせ上がって恋に落ちてしまっただけ――。
その時、彼が俺の腕を掴み、小さく揺すった。俺は小さく鼻をすすり、目を上げる。何言ってんだコイツという顔をした彼が、じっと僕を訝しげに見上げていた。
「もしかして、君はプレゼントよりも、現金報酬のほうがいいのか? ――恋人というのは、そういうものだと思っていたんだが」
すぐに理解が追いつかず、俺はただ目を瞬かせる。互いに顔に大きな疑問符を貼りつけて、互いの顔を凝視することしかできなかった。
恋人というのは、そういうものだと――。
恋人、というのは――。
「……あ、ははっ」
気がつくと笑い声が漏れていた。過度の緊張からの脱力に、俺はもう笑うしかなかった。顔をくしゃくしゃにして、目の端に涙を浮かべて、彼の横に身を投げ出して、しまいにはひいひいと苦しいほどに笑い続けた。
「何すかもう、びっくりさせないでくださいよ!」
「違うのか? それならちゃんと訂正してくれ。恋愛のことはよく分からない」
笑い転げる俺を、呆れた顔で見ていた彼だったが、不意に何かに気づいたかのように眉間に深いしわを刻ませた。
「もしや、僕らはまだ恋人になっていなかった……?」
「いやもうそこは恋人でお願いします」
深刻な声色でつぶやく彼の疑問を食い気味に断定し、彼の小さな身体を腕にかき抱いた。彼の鼻先を胸元へと埋めるように抱き締め、額や頭頂に喜びのキスを降らせる。
今日一日ジェットコースターのような精神的な乱高下ぶりだったが、終わり良ければ全て良し、だ。延長戦を迎えたシンデレラは特大さよならホームランをぶちかまし、ガラスの靴でダイヤモンドを駆け抜ける。これを喜ばずにいられようか。
俺の胸に顔をうずめたまま、居心地の悪そうな照れ顔で、もごもごと恋人が話しだす。
「――君がしたい時にはこういうプレイをしてもいいが、今後も僕の『ご主人様』にはなってもらうから」
「了解です」
「それと提案なんだが――、部下に犯されるシチュエーションはどうだろう。君にはあのスーツを着てもらって」
「うーん……、着たままってことでしょ、それ。汚れる可能性があるんでちょっと……」
「クリーニング代なら僕が出す」
「んー。あー、じゃあ、甲本さんの下の名前を呼ばせてくれるならいいっすよ」
「えっ、やだ」
「何で」
「……親ぐらいしか呼ばないから慣れてない」
「じゃあ、なおさら呼びたいっすねー」
「……なら、ここの隣か下の部屋に住むなら考えてもいい」
「えっ、ずるくね? てか釣り合いとれてなくね?」
結局、その夜はそのまま俺たちの今後について討論し、翌日、彼が車でアパートまで送ってくれた。
そして、俺の引っ越しは来週に決まった。
(了)
思わず間抜けな声が出た。二度目の中出しを終えて、身体は鎮まっても未だに気持ちは飽き足らず、彼の身体中にせっせと口づけを落としていた俺だったが、ふと顔を上げた瞬間、この部屋の数少ない調度品である壁掛け時計が目に入ったのだ。
「……どうした?」
覆いかぶさったまま、微動だにせず壁を注視する俺に、訝しげに彼が声をかけてくる。
「十二時、過ぎちゃいました。――今から『ご主人様』に戻りますか?」
どうしても声に残念さが滲み出てしまう。一日だけの恋人ごっこ。そういう約束だった。今日一日のことを、まるで走馬灯のように色々と思い返してしまう。
僕のこと好きになればいいだろ、は反則だ。そんな男前なことを言われたら、もうストッパーもくそもなく本気で惚れざるをえない。かと言って、恋人になってほしい、なんておこがましくて本人には言えないが、今後もたまにはこういうことができれば嬉しいなとはどうしても考えてしまう。
そもそも、『ご主人様』というキャラクターを演じながら、自分の本意でないプレイを行うというのは実は結構負担でもある。興奮しないわけではないが、気を使ったり観察したりと、気が散って遅漏気味になってしまいがちだ。初めて俺の好きなように抱かせてもらって、それがよく分かった。
何より、彼の素の喘ぎ声がたまらなく俺を煽り立てた。何とか引き出そうとして時々羞恥に泣かせてしまうあの声。しかも今日は名前まで呼ばれてしまったのだからたまらない。うわごとのように何度も俺の名前を口にしながら連続絶頂する彼は本当にいやらしくて、かわいらしくて――。
「ああ、いや、今日はもういい。だが、ひとつ言っておくことがある」
あっさりとした彼の返答に俺は我に返った。少しほっとしつつ、覆いかぶさったまま、俺は神妙な顔で続きを傾聴する。じっと俺の目を見ながら、彼が口にしたのは短いながらも衝撃的な通達だった。
「今後、こういうプレイをした際には現金報酬は支払わない。それでいいか」
――ああ、これは終わった。
鳩尾がぐんと重くなり、俺は思わず深くうなだれた。所詮は雇われの身。クライアントである彼にとって、契約にない恋人同士のような甘いセックスには金を払う価値もないのだ。そりゃそうか。そうだよな。彼はただ、律儀に俺のごっこ遊びに付き合ってくれただけなのだ。
「――すみません、やっぱりおこがましかったですよね……」
でも、だったら、好きになればいい、なんて言わないでほしかった。いや、恋人ごっこなんて言い出したのは俺だ。俺がただ、舞い上がり、のぼせ上がって恋に落ちてしまっただけ――。
その時、彼が俺の腕を掴み、小さく揺すった。俺は小さく鼻をすすり、目を上げる。何言ってんだコイツという顔をした彼が、じっと僕を訝しげに見上げていた。
「もしかして、君はプレゼントよりも、現金報酬のほうがいいのか? ――恋人というのは、そういうものだと思っていたんだが」
すぐに理解が追いつかず、俺はただ目を瞬かせる。互いに顔に大きな疑問符を貼りつけて、互いの顔を凝視することしかできなかった。
恋人というのは、そういうものだと――。
恋人、というのは――。
「……あ、ははっ」
気がつくと笑い声が漏れていた。過度の緊張からの脱力に、俺はもう笑うしかなかった。顔をくしゃくしゃにして、目の端に涙を浮かべて、彼の横に身を投げ出して、しまいにはひいひいと苦しいほどに笑い続けた。
「何すかもう、びっくりさせないでくださいよ!」
「違うのか? それならちゃんと訂正してくれ。恋愛のことはよく分からない」
笑い転げる俺を、呆れた顔で見ていた彼だったが、不意に何かに気づいたかのように眉間に深いしわを刻ませた。
「もしや、僕らはまだ恋人になっていなかった……?」
「いやもうそこは恋人でお願いします」
深刻な声色でつぶやく彼の疑問を食い気味に断定し、彼の小さな身体を腕にかき抱いた。彼の鼻先を胸元へと埋めるように抱き締め、額や頭頂に喜びのキスを降らせる。
今日一日ジェットコースターのような精神的な乱高下ぶりだったが、終わり良ければ全て良し、だ。延長戦を迎えたシンデレラは特大さよならホームランをぶちかまし、ガラスの靴でダイヤモンドを駆け抜ける。これを喜ばずにいられようか。
俺の胸に顔をうずめたまま、居心地の悪そうな照れ顔で、もごもごと恋人が話しだす。
「――君がしたい時にはこういうプレイをしてもいいが、今後も僕の『ご主人様』にはなってもらうから」
「了解です」
「それと提案なんだが――、部下に犯されるシチュエーションはどうだろう。君にはあのスーツを着てもらって」
「うーん……、着たままってことでしょ、それ。汚れる可能性があるんでちょっと……」
「クリーニング代なら僕が出す」
「んー。あー、じゃあ、甲本さんの下の名前を呼ばせてくれるならいいっすよ」
「えっ、やだ」
「何で」
「……親ぐらいしか呼ばないから慣れてない」
「じゃあ、なおさら呼びたいっすねー」
「……なら、ここの隣か下の部屋に住むなら考えてもいい」
「えっ、ずるくね? てか釣り合いとれてなくね?」
結局、その夜はそのまま俺たちの今後について討論し、翌日、彼が車でアパートまで送ってくれた。
そして、俺の引っ越しは来週に決まった。
(了)
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