飴と鞭

真鉄

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横恋慕

4(了)

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「――おい、起きろ、高田」

  揺り起こされ、俺は全てを思い出してガバリと身を起こした。結局あのまま疲れ切り、どろどろのまま狭く湿ったベッドに二人並んで寝入ってしまったのだった。時計を見ると朝の六時。普段の起床時間よりも俄然早かった。Tシャツにスエットのさっぱりした顔の吉岡が、気まずい顔で全裸の俺をベッドサイドから見下ろしていた。

「その……、とりあえずシャワー浴びろよ。置いてるタオル適当に使ってくれていいから」
「お……、おう」

  俺は落ちてた自分のトランクスと肌着代わりのTシャツを拾い上げ、逃げるようにそそくさと風呂場に逃げ込んだ。素面に戻った吉岡とどう接するべきか、まだ決めかねていた。熱い湯がベタついた肌の汚れを落としていき、俺は深い溜め息をついた。

  昨日のことを思い出すと、胸に色々と複雑な思いが交錯した。あのいやらしい吉岡のことはばっちり記憶に灼きついていた。それにあの時俺が口にした思いも、そして、ごめん、と呟いた吉岡の声も覚えていた。俺はバカだが記憶力と洞察力は高いと定評があるのだ。ここは酒に飲まれた一夜の過ち、ということで落とし込んだ方が無難だろうな、と湯に打たれながら首を振る。俺は置いてあったシャンプーを泡立て、あ、吉岡の匂い、と気づいてしまい、自己嫌悪に陥った。

  表面上はさっぱりし、Tシャツとトランクス一丁でリビングに戻ると、吉岡が俺のスラックスにアイロンを当ててくれていた。慣れた手つきだ。カーテンの隙間から、ベランダに干された敷布団が見えた。ああいうのって、そのまま干したら染みになるんじゃないだろうか。しかし、かと言って、それを回避する術は俺は知らない。吉岡が俺を一瞥した。

「どうする。一度家に戻って着替えた方がいいんじゃないのか」
「お前、いちいち昨日同僚がどんなスーツやネクタイだったかなんて覚えてるか?」
「――いや」

  俺は笑い、そうだろう、と頷いた。試しにまだアイロンの当たっていないワイシャツを嗅いでみたが、それほど臭いはしない。大丈夫だ。髭が剃れないのが難点だが、たまに寝坊してやらかすし、まあそれもいいだろう。パートのおばちゃんは目聡いから気づくかもしれないが、その時はその時だ。

「それよか、俺、腹減ったわ。何か食わせてもらっていい?」

  俺の分も適当に作ってくれ、と吉岡がスラックスに向き直る。俺は部屋の隅にある小さなコンロと冷蔵庫を漁り、フライパンを出して目玉焼きを作ることにした。食パン二枚をトースターにセットする。インスタントコーヒーが目についたので、その辺にあった雪平鍋で二人分の湯を沸かす。

  ちりちりと目玉焼きの焼ける音だけが部屋に響く。俺はその間暇なので吉岡を見ていた。朝日の中、次いでワイシャツにアイロンをかけ始めた吉岡の姿には、色気のかけらもなく、至って健全、全くもって普通の男だった。それでも、朝の空間を共有しているという事実が、何だか胸をあたたかくさせていた。俺は、本当に吉岡に惚れてしまったのだろうか。ただの肉欲だけでなく、吉岡の存在自体を俺にものにしたいと、そう考えているのだろうか。

「――高田」

  アイロンを脇に置き、吉岡が顔を上げて俺の目をまっすぐに見つめた。苦しげな顔をしていた。昨日のことは気の迷いだった、深酒による失敗だった、お互い忘れようぜ、そういう言葉を望んでいる顔だ。だが、俺は敢えて吉岡に問う。こいつの口から答えを聞きたかった。

「……おう、何だ」
「昨日のことなんだが――」

  その時、見計らったかのように吉岡のスマホが鳴った。吉岡は着信画面を確認し、固い表情で俺を見た。取り敢えず頷くと、少し逡巡した後、諦めたような顔で電話に出た。狭い部屋だ、俺に声の届かない場所などない。

  せめてもと背中を向けた吉岡が小声で話している。時折俺を見つつ、相槌ばかりの無難な言葉ばかりをこぼす。だが、雰囲気が明らかにどこか異なっていた。緊張しつつも少し嬉しげ――俺はピンときた。そして、嫉妬に似た気持ちがむらむらと湧き上がった。

「おい、吉岡ァ、お前目玉焼き半熟の方がいいかぁ?」

  俺の胴間声に吉岡は身を引きつらせ、咄嗟にスマホを押さえたが、きっと向こうには俺の声が聞こえただろう。吉岡はぶんぶんと頷き、また小声で通話を始めた。空いた手がぎゅっと握り込まれるのが見えた。男を連れ込んだことを責められているのだろうか。――俺が参戦する余地がまだあるだろうか。

  だが、俺の希望は容易く打ち砕かれた。背中から見えた吉岡の横顔は、電話相手に恍惚と笑っていたのだ。その表情は俺が見た中でも最高にいやらしかった。なかったことに、なんて無理だ。せめて、相手が日本に帰ってくるまでの間ぐらいは、身体だけでも独占させて欲しかった。後は俺の残したキスマークをおしおきのダシにでも何でもすればいい。俺だって、少しは対戦相手から嫉妬されたかった。

  俺はそんな後ろ向きとも前向きともつかぬ気持ちとともに、朝飯を皿に盛り付けた。


(了)
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感想 4

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みんなの感想(4件)

れい
2022.03.15 れい

最高です

解除
キノウ
2020.04.26 キノウ

片山怖い、高田頑張って、吉岡 片山でいいの?
って、片山はなんで吉岡ねらったの?

解除
セン🐈
2019.10.14 セン🐈

横恋慕のその後とか…みたい!
どんなお仕置きされるのか……


すっごく楽しく読ませて頂きました!

解除

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