飴と鞭

真鉄

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飴と鞭

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  淡い照明を逆光にして笑う片山が、俺には心底恐ろしかった。それこそ漏らしてしまいそうに恐ろしい。丹田に力を込めて尿意を懸命に遮る。片山が俺の背中を取り、両腕を後ろ手に押さえつけた。そして床に強引にしゃがみこまされる。歪む目の前の壁にはシャワーヘッドと大きな鏡があった。鏡には俺の顎から下が余すことなく写っていた。

  片山の手が俺のネクタイを抜き取った。俺はただ唸るような荒い息をつき、膀胱を刺す痛みと恥辱に歯を食い縛ることしかできなかった。また、俺はこいつの目の前で小便を漏らすのか。片山が俺の腕を後ろ手にネクタイで縛り上げている。は、は、と俺の荒い息が風呂場に反響してうるさい。

  片山の手が垂れていたワイシャツをたくし上げ、下着一枚の局部が露わになる。俺は女のように脚をぴったりとくっつけ、我慢の限界にある尿意をこらえてもじもじと擦り合わせた。片山の手が俺の薄い腹を撫で、背後から耳元で優しく囁いた。

「会社で吉岡さんがおもらししちゃったところ、ものすごく興奮しました。泣き顔が想像してたよりもとてもかわいくって……。隠しカメラで動画もばっちり撮れてますから、後で一緒に見ましょうね」
「動、画……?」

  さっきの飯の時に一人ミネラルウォーターを飲んでいた片山をふと思い出し、カッと頭に血が上った。わざとだったんだ。最初から仕組まれていたんだ。俺は身じろぎし、片山の拘束を抜けようともがいた。

「利尿剤、か……!」
「おや、気づきましたか? でも遅いですよ」

  ワイシャツの中に潜り込んでいた片山の手がじんわりと腹を押す。全身に冷や汗を噴き出し、俺は身を強張らせた。一気に弱々しくなった抵抗に、クク、と片山が喉で笑う。擦り合わせていた脚の間に手を差し入れ、その腕が強引に俺の脚を割り開いた。尻を床につけ、M字に脚を固定され、俺はもう漏らさないことに意識がいっぱいで抵抗することもできない。鼻の奥がツンと痛くなる。

「もう、いやだ……。やめてくれ、こんなこと……」
「写真のこと、もう忘れちゃいました? 取引先を失い、あまつさえ会社の人におもらし写真を見られるとか――どうなるか分かりますよね」

  もう、この男の言うことを聞くしか、俺に選択肢はないのだ。しょろ……と熱い雫が漏れ出したのが分かり、俺は絶望に啜り泣いた。灰色のボクサーパンツに徐々に広がる黒い染み。こいつはこの為にわざわざ俺に下着を買い与えたのだ。

「うっ、うう……っ、……くっ……」

  しゅうしゅう、しょろしょろとささやかな音を立て、俺が漏らした小便が排水口へと流れていく。狭い風呂場にアンモニア臭が充満し、情けなさが頬を濡らす。止まらない粗相に俺はうわ言のように呻いた。

「いや……いやだっ……! 見るなっ……! ううっ……」

  耳元では片山が荒い息をつき、静かに鏡の中の映像に魅入ってた。片山の手が強く腹を押し、しょろん、と下着から染み出した最後の雫が淡い照明に光った。はぁっ、と熱い息が俺の耳元に吐かれ、恍惚とした片山の声が囁かれた。

「……いっぱい出ましたね。最高でしたよ、吉岡さん」

  俺はタイルに尻をつけたまま放心していた。冷たいタイルと濡れた下着がじわじわと俺の熱を奪っていく。背後から身体を支えていた片山の体温が消え、唐突に風呂場の扉が閉められた。恐る恐る鏡を見ると、情けなく下着と顔をぐしょぐしょに濡らした俺がいるだけだった。すぐに目を逸らし、垂れた鼻水を肩口で拭こうとしたが、後ろ手に縛られていたためどうやったって眼鏡の縁がかろうじて当たるだけで、その情けなさにまた泣いた。繰り返される辱めに心が弱っていた。

「さ、立って下さい」

  何やら色々と持ってきた片山が俺の二の腕を掴んで強引に立ち上がらせた。下着から雫がぽたぽたと床に落ちた。スラックスの裾を巻き上げ、ネクタイの先をポケットに入れて準備万端な片山がシャワーヘッドを手に水を出し始めた。俺のワイシャツを鳩尾まで捲り上げ、ひどくぬるい湯を足先からかけていく。

  つま先、脛、膝、腿と上がり、下着の上からシャワーがかけられた。濡れた下着がより張り付き、俺の縮こまったペニスの形を露わにする。後ろからも水を流され、俺の下半身は濡れ鼠になった。

  水を止めたシャワーヘッドをフックにかけ、片山が俺のワイシャツのボタンに手をかけた。ボタンを全て外し、前身頃を後ろ手に縛られた腕の隙間に突っ込むと、肌着代わりの白いTシャツの中に手を差し入れてきた。

「ひっ……」
「吉岡さんって細いだけじゃないんですね。結構腹筋ついてるんだ……」

  片山の手が脇腹から腹筋を撫で回し、くすぐったさと嫌悪感が背筋を走る。潜り込んだ手がそのまま這い上がり、俺の硬い胸板をまさぐった。Tシャツが片山の手に形に盛り上がり、もこもことうねるさまは悪夢にしか見えなかった。指がしきりに胸の端を撫でる。

「オナニーの時に自分で乳首をいじったりしません?」
「……するわけない、でしょう」

  俺は悄然として答えた。女じゃないんだ。今だって、しきりに触られているが、乳首か普通の肌かすら分からない。片山はTシャツから手を引き出すと、スラックスのポケットに手を突っ込んで笑った。

「そうですか。ならまずは、感じられるようになりましょう」

  そう言うと、片山は俺のTシャツを胸元まで捲り上げた。片山の言葉を俺の脳が理解する前に、胸の先を痛みが襲う。

「痛……っ!?」

  乳輪ごと薄い皮膚を引っ張るように、木製の洗濯バサミが俺の乳首を強く挟んでいた。もう片方も同様に挟まれ、痛みに身をよじる。

「ぐあっ……!」

  身を動かせば挟んだ洗濯バサミがゆらゆらとそれに合わせて動き、となればもちろん同時に乳首にちぎれそうな痛みが走る。俺は息を詰め、冷たい汗をかきながら身を強張らせた。片山が俺の無様なダンスを見て笑う。

「こうするとね、乳首の感度が目覚めるんですよ。しばらくこうしてましょうね」

  そう言うと、片山は捲りあげていたTシャツの裾から手を離した。

「つ、ああっ……!」

  裾は乳首を挟んだ洗濯バサミに引っかかり、止まった。その分挟まれたところに重さがかかり、俺は走る痛みに呻いた。じんじんとした痛みが洗濯バサミが揺れるたびに乳首に走る。俺は冷たい壁に背を凭せかけ、荒い息をついた。

「さ、次に移りましょう」

  片山の手が濡れて張り付いた下着の上から性器の形を確かめるように撫で回した。ぴくりとも反応しない俺自身に苛立ったのか、乱暴に濡れた下着を引き下ろした。水分でくっつきあい、丸まった布が強く太腿の肌をこすって痛い。

  背後の拘束を解かれた腕を片山に引っ張られ、風呂場の扉に背を預けるように緩く座りこまされた。また鏡が目の前の壁に来る位置だ。しかも今回は背中の半分まで床に預けるような姿勢を取らされているから、鏡の中には乳首を洗濯バサミで挟まれて下着を片足に絡ませた情けない男だけでなく、眼鏡の下で目を腫らした情けない顔の俺も容赦なく写り込んでいた。

「いい格好ですね」

  パシャ、と乾いた音がした。座り込んだ俺の前で仁王立ちした片山がスマホを掲げて笑っている。恥辱に頬に血を昇らせ、俺は唇を噛んだ。いっそもうどうでもいいと思うことができれば楽になれるのに。まだまだこれからですよ、と言わんばかりの顔で片山は唇を歪ませて笑うのだ。
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