快楽の牢獄

真鉄

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闘争か逃走か

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  同じ宿の最上階、ギルドマスターの部屋の扉を開けると、初老の主と、依頼主の恰幅のいい男がソファに向かい合い、談笑に興じていた。スヴェンが挨拶をすると、依頼主は値踏みするような目でスヴェンをじろじろと眺め回し、野卑な笑みを浮かべた。好きになれそうにない人間だ、一目見てそう断じ、スヴェンはギルドマスターの隣に腰かける。

「さて先生。メイテイカズラに関することなんですがね」

  早速、依頼主が話を切り出した。垂れた目蓋の下の瞳を貪欲に輝かせ、舌舐めずりをしかねない勢いで、互いの間に置かれたテーブルに身を乗り出した。太い指が顎の下で組まれる。

「まずはその生態から詳しく聞かせていただきましょうか。が、俺は門外漢なんでね、子供でも分かるように易しくお願いしますよ」
「そうですか」

  おどけたような言い草にスヴェンは冷たく返し、鞄から出した手書きの書類の束を依頼主の前に突き出した。依頼主は片眉を上げ、書類を一瞥すると手に取るでもなくスヴェンを促す。自ら理解する気もないのか、と苛立ちながらもスヴェンは口を開いた。

「メイテイカズラは食虫植物の一種で、主にアカカエデに寄生します。アカカエデの幹に風で飛ばされた種子を埋め込み、袋状の捕虫器が形成されるまでは幹に根を張り、そこから必要な養分を吸い出します」
「確かにあの一帯はアカカエデの群生地だったな……。袋ができた後なら知ってますよ。木に絡めておいた蔓に触れた小動物を巻き取って袋に入れて、養分を吸うんでしょう」

「ええ。捕虫器の中には神経に作用する分泌液が湛えられています。それは香子蘭の実に似た匂いを発し、気化するのが非常に早いという特徴を持っています。気化することによって捕虫器内に成分を充満させたり、匂いで直接餌をおびき寄せたりするのです。その分泌液は絶えず精製され、経口摂取や粘膜摂取によって体内に入ると、神経が過敏になり――」
「媚薬になる、と」

  にやにやといやらしい笑みを浮かべた依頼主を一瞥し、スヴェンは眉をひそめた。目の前の男はやはりそのような利用価値しか考えていないのだ。軽蔑の目を向け、冷たい声で話を続ける。

「下世話に言えばそういうことになります。そうして獲物の抵抗を奪うと捕虫器の底部に生えた蔓で餌に絡みつき、養分を奪います」
「それは餌を溶かすということか?」

  横から質問を投げかけたギルドマスターを一瞥し、かすかに微笑みを浮かべてスヴェンは首を振った。この元冒険者のギルドマスターには十代の頃からスヴェンは世話になっている。拾ってくれただけでなく、学問ばかりで頭でっかちだったスヴェンに、身を守る術として弓を教えてくれたのは彼だ。父親代りと言ってもいい男にスヴェンは恩義を感じていた。

「いえ、メイテイカズラは動物の体液を好みます。ですから、できる限り長く体液を出させるべく、捕虫器の中で生かしておくのです。餌が死ぬと、分泌液は強いアルカリ性に変わり、残骸を溶かして――」
「ハ! 体液を出させるために媚薬を出すわけか。抵抗も奪えて一石二鳥ってわけだな」

  下卑た太い声に説明を遮られ、スヴェンは苛立たしげに目の前の男を睨め付ける。どこまでも下衆で自分本位な気に障る男だ。だが、依頼主はそんな眼差しなどどこ吹く風で、にやにやと下卑た笑みを浮かべ、太い指を機嫌よく擦り合わせた。

「で? どうやって体液を出させるんです? やっぱあれでしょ、触手で穴という穴をずこずこ――」

  依頼主のあまりに下品な物言いに、スヴェンの頭にカッと血が上った。この野卑な依頼主にとっては酒場での艶話のような軽い気持ちで発された言葉かもしれない。だが、その仕打ちを実際に身に受けた者としては、聞くに耐えない汚らしい言葉でしかなかった。スヴェンはピシャリと机を平手で叩き、依頼主の心ない発言を強制的に遮った。

「――メイテイカズラの分泌液は一定以上を摂取すると依存性が一気に高まります。あの巨大な突然変異種は従来の物よりも高濃度であり、人間にとって危険性が高すぎると思われたので、状況判断で破砕処理しました。私からは以上です」

  いつも冷静なスヴェンの口から飛び出た木で鼻を括ったような切口上に、横に座っていたギルドマスターは驚いたように目を見開いていた。スヴェンは頬に血を上らせたまま、苛立ちも隠さずに依頼主を睨みつける。一刻も早く、この下品な男の前から消えたかった。

  しかし、依頼主はスヴェンの切口上に何度も頷き、下卑た笑みをますます深めていた。ねっとりとした眼差しがスヴェンに絡みつく。

「……先生、そういやメイテイカズラの蔓に締められたって聞いたんですが、身体の具合はどうです」

  舐めるような眼差しに、スヴェンは思わず目を伏せた。奥まで探られるような視線にぞわぞわと背筋が粟立つ。悪い予感にスヴェンは鞄を抱えて立ち上がると、目も合わせず吐き捨てた。

「ええ、未だに具合も良くなりませんので、この辺で失礼させていただきます」

  早く。早くこの男から逃げなければならない。返事も待たず、焦燥感にせき立てられるように足早に歩を進め、ドアノブに手をかけたその時、背後から太い腕が伸びた。

「……っ!?」
「先生、あんたメイテイカズラにヤラれたんじゃないですか?」

  両腕を強い力で背後にまとめられ、下卑た本性も露わに太い声が耳元に囁きかけられた。耳に吹き込まれた囁きにぞくぞくと皮膚がさざめき、反射的に身を離そうともがいたが、意外にも素早い身のこなしでスヴェンを拘束した依頼主の恰幅のいい身体はびくともしなかった。今は肉厚な脂肪に埋もれさせているが、その奥には頑強な筋肉の芯が通っている。この男もかつては冒険者だったのだろう。

  スヴェンの抵抗など物ともせず、振り回されるように元いたソファの方へと身を向けさせられた。ぽかんとした表情でこちらを見つめるギルドマスターと目が合い、弾かれたようにスヴェンは赤らんだ顔を背けた。

「……何を仰っているのか、分かりかねます」
「隠さないでくださいよ、先生。あんたの考えはヤラれる側に立った視点だ。普通の男なら搾取されるほうのことなんて考えやしません」
「……っ、あなたと一緒にしないでください!」

  図星を突かれて激昂したスヴェンの抵抗など気にも留めず、太い指がスヴェンの顎を捉えて固定した。首筋に顔を埋められ、生暖かな吐息が皮膚を撫でていく。

「甘い匂いがしますよ、先生。香子蘭か、確かにそんな匂いだ……」
「よせっ! 触るなっ!」

  悪寒に身を震わせながらスヴェンは叫ぶ。情けない姿を見せたくはなかったが、やむをえない。助けを求めてギルドマスターの方を見遣ると、彼は困惑もあらわに眉をひそめていた。

「……おいおい、男相手に何やってんだ」
「言わなかったか? 俺は女も男もイケるクチなんだ」
「……ここは男娼窟じゃねえぜ。そういうのは他所でやってくれよ。……スヴェン、彼が言うようなことはなかったんだろう?」
「あ、ありませんっ!」

  嘘は極力つきたくなかったが、だからと言ってハイそうですと素直に肯定することなどできるわけがない。しかしその強い否定に対して依頼主は、ますます楽しげに喉を鳴らした。

「なら、証拠を見せて欲しいですねぇ。……マスター」
「……っ!」

  後ろ手に拘束されたままソファへと引きずられ、強い力で突き飛ばされた。呼ばれたギルドマスターは座面に転がったスヴェンの身体を反射的に押さえ込んだが、困惑の表情のまま視線をスヴェンと依頼主の間を往復させている。抵抗する隙もない素早い身のこなしで、依頼主がスヴェンの脚の上にどっかりと腰を下ろし、屈辱に血を上らせた神経質そうな顔を面白げにとっくりと眺めた。ギルドマスターが宥めるようにスヴェンの肩を叩く。

「何、治りかけの痣の一つも見せれば、この人も満足するさ。なあ?」
「わ、私は……っ」
「ああ、全くもってマスターの言う通りさ。さて、まずは上半身から見せてもらいましょうか」

  太い指がスヴェンのベストのボタンにかかった。唯一自由な頭や肩を振って抵抗するも、元冒険者の二人がかりで押さえつけられてしまったこの状況では蟷螂の斧にも等しい。シャツのボタンも全て外され、日に焼けない白い肌が二人の目に晒される頃には、恥辱に冷たい汗が滲み、肌をしっとりと輝かせていた。背後から押さえ込んでいたギルドマスターが鼻を鳴らす。

「……確かに、甘い匂いがするな」
「そうだろ? むらむらするエロい匂いだ。さて先生、痣はどこにあるんです?」
「……っ」

  依頼主の浅黒い大きな掌が、スヴェンの細い脇腹をゆっくりと撫でていく。ぞわぞわと悪寒が皮膚を這い、掻き立てられる嫌悪感に唇を噛んだ。二人の視線が皮膚を舐め回しているのが分かる。特に、いやらしく肥大し、赤く充血してふっくらと盛り上がった胸の端に食い入るように見入っているのが。スヴェンは震える浅い息を吐いた。

「ハハ、めちゃくちゃやらしい乳首してますねえ、先生」
「あ、あなたには関係ないだろう!」
「これは植物に犯されてこうなったのかな? それとも、自分でいじってここまで大きくした?」
「……っ、ん!」

  指先で強く弾かれ、スヴェンの細い身体が跳ねた。太い指が器用に動き、固く尖った小豆大の乳首をくにくにと転がす度、切ない刺激が薄い腹筋をひくひくと痙攣させた。嫌悪感しか感じない相手にも構わず性感を拾い上げてしまうこの浅ましい身体が恨めしい。唇を噛み締め、逃げようと身体をくねらせるも、それは背後のギルドマスターに背中を擦り付けるだけのこと――。

「マスター、マスター、助けてください! いやです、……っ、こんな……!」

  背後から拘束するギルドマスターをふり仰ぎ、スヴェンは身体を震わせながら涙目で懇願した。しかし、逆光でほとんど影に覆われた彫りの深い眼窩に灯るのは、ぎらぎらとした欲望の光だった。

「マスター……!?」
「お前がこんなにいやらしい顔をするとはなあ」

  はだけたシャツでスヴェンの腕を後ろ手に縛って拘束すると、ギルドマスターはそう囁いた。背後から回された節ばった指がスヴェンの薄い胸板を揉み、充血した乳輪ごと摘まみ上げ、爪の先で何度も先端を弾く。

「あっ、あ、いやだ、マスター、ん、んっ……!」

  親代わりだと思っていた人に、オスがメスをただ値踏みする目で見られているという現実は、スヴェンをひどく傷つけた。だが、身体は指が熟れた乳首をくじる度にぞくぞくと甘い電流に酔う。スヴェンは身をよじり、快楽に流されまいと悶えたが、喉奥から漏れる鼻にかかった甘い声を止めることができなかった。腑甲斐なさに目を閉じた時、スヴェンの耳にガラスがぶつかり合う硬い音が響いた。

「……お、い! やめろ! 勝手に触るな!」
「ああ先生、何か潤滑油になるようなもん、持ってないかい? じゃないとこれからがつらいでしょうからね」

  依頼主は怒号に悪びれもせず、スヴェンの鞄の中を無遠慮に探り、粉末や液体の入った小瓶を灯に透かしていた。常に肌身離さず持ち歩く大事な試薬や希少価値の高い植物のサンプル類。その中には、あの変異種の分泌液も含まれているのだ。扱いには充分気を使い、何度かの実験と気化で半分ほどに減ってしまったが、もしもあれを再び使われてしまったら――。

「ん、これはとろみがあって使えそうだな」

  心臓を鷲掴まれたようにスヴェンの身体が跳ねた。男が取り出した小瓶の中で、白く濁った分泌液がとろりと揺れる。スヴェンは泣きそうな顔で恐れるように首を振った。太い指が瓶の蓋にかかる。

「だめ、いやだ……!」

  蓋を開けた途端、甘い、甘い匂いが周囲に漂い始めた。依頼主は鼻を蠢かせ、恐れに満ちた表情のスヴェンを見てすぐに何かを察したようだ。にたりと残酷な笑みをたるんだ頬に刻み込んで、スヴェンの細い顎を掴むと恐怖に色の薄れた瞳を覗き込んだ。

「先生……実物があるならあるって言ってくださいよ……。大事なことでしょう?」

  小瓶が唇に押し付けられ、甘い匂いが鼻腔を灼く。固く口をつぐむスヴェンに、依頼主は目を見開いた残忍な笑顔のまま囁いた。

「契約違反のお詫びに、先生の身体でこいつの効能を教えてもらいましょうか」
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