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つがい
6(了)
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お前とは二度とセックスしないと宣言したら泣かれた。
だがしかし、泣きたいのは俺の方だと声を大にすると腰に響くので小声にしておくが、とにかく主張したい。あんな体力無尽蔵な化け物とまぐわうなど三十代も後半にさしかかろうかというおっさんには荷が重い。しかも、いつもの男のイキ方とは違って――いや、このことはあまり思い出したくない。
布団にくるまって拗ねているソウに飯を食いに行くぞと声をかけたが、ふるふると震えただけで動こうとはしなかった。いつものハンストコースだ。これ見よがしにでかい溜め息をつき、俺は部屋を出た。腰が痛いので、宿屋に併設された食堂で昼食を――ちなみに朝は寝過ごした――取ることにした。
「ゆうべはお楽しみでしたね」
突然背後からかけられた声に食べていた物が気管に入り込み盛大にむせている間に、向かいの席にちゃっかりと昨日の胡散臭い黒眼鏡の男が座っていた。
「何であんた、ここに――」
「この街でまともな宿ってここぐらいですからね。快適性を買うぐらいの甲斐性は持ってますので」
睨んだところでどこ吹く風で、男はすまし顔で均整のとれた横顔を俺に見せた。少し尖った鼻が小生意気だった。
「――何の用だよ」
「だからぁ、つがいの匂いがぷんぷんしてますよ。これ以上ないくらいにね」
ピンク色の髪をいじりながら男がにっこりと笑った。確かに今回は湯浴みした程度にしか身体を洗っていないが――多分そういう問題ではないのだろう。
「他の竜の匂いがするって嫉妬しちゃったかな」
「お前……!」
俺は目を見開いた。この男、こうなると分かっていて昨夜俺に接近してきたのだ――。
胸ぐらを掴んで怒鳴ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、多分それをやると腰が死ぬ。精一杯の鬼の形相で睨んでやったが、やはり男は歯牙にもかけず、にこにこと笑った。
「ま、雨降って地固まるってやつですね」
「……うっせえ」
「恋の仲人に奢ってくれてもいいんですよ?」
「お前ふざけんなよ」
腰がイカれてもいい、このニヤついた顔を一発殴らねばならぬ、と悲壮な覚悟で拳を固めた時、遠くから誰かの名を呼ぶ男の声がした。途端、椅子を蹴立てて目の前の竜人が立ち上がる。反射の速度。黒眼鏡の下の瞳がぐるりと周囲を見渡し、ある所でピンと背筋が伸びた。入り口の扉付近に人影があった。
「じゃあ、またどこかで。つがいを大事にしてくださいね」
派手なピンク色の髪を翻し、黒眼鏡の男はひらひらと俺に手を振りながら、入り口の方へと小走りに歩いて行く。そこには軽鎧姿の真面目そうな黒髪の男が一人立っていた。二言三言交わした後、その長身の男は俺の方へと生真面目そうに小さく頭を下げた。竜人が何と言ったのかは分からないが、俺は構うなというように、ひらりと手を振る。
あの男がきっと、あの竜人のつがいなのだろう。もしかしたらまだつがい候補なのかもしれないが。いずれにせよ、嬉しそうなオーラがダダ漏れだ。あれが犬なら今頃尻尾をちぎれんばかりに振っていることだろう。
戸口から漏れる光の中に掻き消えて行った二人の後ろ姿を見送り、俺は小さく溜め息をついた。側を通った店の娘に声をかけ、食べかけのホットサンドを指さす。
「悪ぃんだけど、これ、部屋で食える?」
大丈夫ですよ、と笑う娘に肉入りサンドを山ほど追加で頼み込んだ。目の前に突き出してやれば、いくらハンスト中だろうが育ち盛りの子供は陥落することだろう。何なら俺が食べさせてやったっていい。
――何だか自分のつがいの顔が見たくなってしまったのだ。
(了)
だがしかし、泣きたいのは俺の方だと声を大にすると腰に響くので小声にしておくが、とにかく主張したい。あんな体力無尽蔵な化け物とまぐわうなど三十代も後半にさしかかろうかというおっさんには荷が重い。しかも、いつもの男のイキ方とは違って――いや、このことはあまり思い出したくない。
布団にくるまって拗ねているソウに飯を食いに行くぞと声をかけたが、ふるふると震えただけで動こうとはしなかった。いつものハンストコースだ。これ見よがしにでかい溜め息をつき、俺は部屋を出た。腰が痛いので、宿屋に併設された食堂で昼食を――ちなみに朝は寝過ごした――取ることにした。
「ゆうべはお楽しみでしたね」
突然背後からかけられた声に食べていた物が気管に入り込み盛大にむせている間に、向かいの席にちゃっかりと昨日の胡散臭い黒眼鏡の男が座っていた。
「何であんた、ここに――」
「この街でまともな宿ってここぐらいですからね。快適性を買うぐらいの甲斐性は持ってますので」
睨んだところでどこ吹く風で、男はすまし顔で均整のとれた横顔を俺に見せた。少し尖った鼻が小生意気だった。
「――何の用だよ」
「だからぁ、つがいの匂いがぷんぷんしてますよ。これ以上ないくらいにね」
ピンク色の髪をいじりながら男がにっこりと笑った。確かに今回は湯浴みした程度にしか身体を洗っていないが――多分そういう問題ではないのだろう。
「他の竜の匂いがするって嫉妬しちゃったかな」
「お前……!」
俺は目を見開いた。この男、こうなると分かっていて昨夜俺に接近してきたのだ――。
胸ぐらを掴んで怒鳴ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、多分それをやると腰が死ぬ。精一杯の鬼の形相で睨んでやったが、やはり男は歯牙にもかけず、にこにこと笑った。
「ま、雨降って地固まるってやつですね」
「……うっせえ」
「恋の仲人に奢ってくれてもいいんですよ?」
「お前ふざけんなよ」
腰がイカれてもいい、このニヤついた顔を一発殴らねばならぬ、と悲壮な覚悟で拳を固めた時、遠くから誰かの名を呼ぶ男の声がした。途端、椅子を蹴立てて目の前の竜人が立ち上がる。反射の速度。黒眼鏡の下の瞳がぐるりと周囲を見渡し、ある所でピンと背筋が伸びた。入り口の扉付近に人影があった。
「じゃあ、またどこかで。つがいを大事にしてくださいね」
派手なピンク色の髪を翻し、黒眼鏡の男はひらひらと俺に手を振りながら、入り口の方へと小走りに歩いて行く。そこには軽鎧姿の真面目そうな黒髪の男が一人立っていた。二言三言交わした後、その長身の男は俺の方へと生真面目そうに小さく頭を下げた。竜人が何と言ったのかは分からないが、俺は構うなというように、ひらりと手を振る。
あの男がきっと、あの竜人のつがいなのだろう。もしかしたらまだつがい候補なのかもしれないが。いずれにせよ、嬉しそうなオーラがダダ漏れだ。あれが犬なら今頃尻尾をちぎれんばかりに振っていることだろう。
戸口から漏れる光の中に掻き消えて行った二人の後ろ姿を見送り、俺は小さく溜め息をついた。側を通った店の娘に声をかけ、食べかけのホットサンドを指さす。
「悪ぃんだけど、これ、部屋で食える?」
大丈夫ですよ、と笑う娘に肉入りサンドを山ほど追加で頼み込んだ。目の前に突き出してやれば、いくらハンスト中だろうが育ち盛りの子供は陥落することだろう。何なら俺が食べさせてやったっていい。
――何だか自分のつがいの顔が見たくなってしまったのだ。
(了)
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ガチムチ受けで擬似親子最高です!ありがとうございます…!
嫉妬してしまって、無理矢理ヤっちゃうシーンを何回も読み直してしまいました……!!
萌え萌えです。
つがいってイイですね(//∇//)