つがい

真鉄

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つがい

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「相席よろしいですか」
「どーぞ」

 半分濡れ髪のまま酒場でひとり杯を重ねていると、一人の男が向かいの席に手をかけて言った。反射的に返事をしたものの、その男を見て俺は思わず片眉を上げた。薄暗い酒場でも眩しいほどの白い肌に緩くウェーブした薄いピンク色の髪、夜だというのに黒眼鏡を掛けているという風変わりな卜者風の青年だったのだ。あまりにも胡散臭すぎる。断るべきだったかもしれない。

「……占いなら他を当たんなよ」
「おや、信じてらっしゃらない?」

 向かいに腰かけた青年は、顎の下で両手を組むと、赤い唇を三日月型に吊り上げてにんまりと笑った。その仕草が板につきすぎていて、さらに胡散臭さがいや増した。

「じゃあ、何か言い当てたら僕に一杯奢ってくださいよ」
「何で俺が――」
 思わず荒らげた言葉を遮り、男が言った。

「あなた、竜を連れてるでしょう?」

 青年はますます笑みを深め、にこにこと笑いながら黒眼鏡の奥から俺をじっと見据えていた。絶句したまま、じわりと嫌な汗が掌を濡らしていく。

 仮にこの男が宿で俺とソウが一緒にいるところを見ていたとして、何故常に人型のソウを竜だと分かるのか。ぱっと見でばれそうな羽は、荷物を背負っているように見せかけてごまかしているから抜かりはない。それとも仕事中に見られたのだろうか。人払いはしていたのだが。それ以外と言っても、一つの街に長くはいないから変な噂が立つこともないはずだ。

「理由が知りたいなら――」
 男は注文を聞いて回っている娘を軽く指さし、唇を釣り上げた。

「……分かった、分かったよ」
 諦めて娘を呼ぶ。男は嬉しげに笑うと、娘にぺらぺらと料理と酒を注文していく。……こいつはどこまで俺にたかるつもりなんだろうか。娘が去った後、腕を組んで不機嫌に睨めつけている俺の方へ男がおもむろに顔を近づけた。思わず身を引こうとする俺の目の前で、男が黒眼鏡を鼻先まで押し下げる。

「お前――」
 男の榛色とも金色ともつかない虹彩の中でわだかまる底抜けに暗い瞳孔は、ソウと同じ縦長をしていた。

「――占い師じゃねえんじゃん」
 悔しまぎれに悪態をつくと、青年は楽しげに笑った。じゃらじゃらとぶら下げた謎めいたアクセサリーを抓み上げながら言う。

「こういう格好なら、逆に黒眼鏡が目立たないでしょう? 僕はね、半分竜の血が流れているんです。竜人とでも称するんですかね」
「半分って……竜と、人の間に子が?」
「ええ……そうですけど?」

 男は頷きつつも、まるで何が不思議なのか分からない様子で少し首をひねった。次いで反対側に傾げ直し、黒眼鏡の奥からじっと俺を見ている。だが、首を傾げたいのは俺の方だ。竜と、人間が? そんな話はおとぎ話でしか聞いたことがない。だが、実際俺は人型の竜と暮らし、目の前には竜種の瞳を持つ男がいるのだ。

 男が言った。

「あなたは竜のつがいじゃないんですか?」

 娘が卓に置いたエールでひとり乾杯し、男が美味そうに飲み干した頃、ようやく俺の唇が、つがい? と動いた。声は出なかったが、ちゃんと観察していたらしく男が頷いた。

「ええ、だってそんな身体中から竜の匂いをさせておいて、つがいじゃないってことはないでしょう?」
「……そんなに?」
「すごいですよ」

 思わず服を持ち上げ匂ってみたが、俺にはさっぱり分からない。風呂に入っても女の匂いを嗅ぎ取る鋭い嗅覚を持つ竜種ならではなのだろう。いずれにしても、つがいとは聞き捨てならない。

「つがいじゃねえ。俺は――親代わりみたいなもんだ」
「親……ですか?」

 それでも納得いかない様子の男に、仕方がないのでソウと出会ったときの話をしてやった。だが、話が進むにつれてますます男は眉根に皺を寄せていく。そうして子供の姿になったソウと暮らすことになりましたとさ、と話を締めた頃には男は唇を歪ませ、背もたれに片腕を乗せて心底呆れたと身体中で体現していた。目元は見えないが、なかなかに人を小馬鹿にした苛つく表情だった。

「……何なんだよ、はっきり言えよ」
 不愉快さを隠さずに訊くと、男はやれやれと首を振った。

「竜っていうのはね、愛するつがいと似た形態を取るんですよ」

「――は?」
「生まれた時は皆、いわゆる竜型ですけどね。犬を愛したなら犬に、猫を愛したなら猫に、人間を愛したなら人間に――というわけです。おとぎ話にもあるでしょう?」
 男はさも当然のように言った。
「いや、そりゃそうだが……」

 おとぎ話じゃあるまいし――そう確かに思いはしたが。古くから伝わる童話に、怪我した竜を助けた姫の元に、ある日見知らぬ王子が求婚にやってきたというものがある。もちろん、王子の正体は助けてもらった竜だ。だからといって、それが事実に基づいた話だと誰が考えるだろう。

「なぜ知らないんです? あなたの竜から聞いてないのですか?」
「さっきも言ったとおり、外見はでけえが中身は乳離れもできてねえガキのままなんだよ」
「はぁ、乳離れ……」
 男は何か言いたげに顎をさすったが、そのまま俺の言葉を促した。

「……あいつ自身そんなこと知らねえんじゃねえのか? 俺たち人間だって年長者から教えてもらわねえと自分の生態なんて説明できねえだろ」
「人間はね。ううん、自分の考えをうまく言語化できないのかな……。まあ、確かに人間以外にはそんな説明しなくてもいいもんな……」

 男は顎に手を当て、ぶつぶつと呟いた。
「でもね、鳥が求愛ダンスをするように、誰に教わらずとも僕らは本能で愛し方を知っています。おそらく、あなたの竜もそうでしょう」

 黒眼鏡の奥から強い視線を投げかけ、男は身を乗り出した。

「あなた、竜の第三の目を舐めませんでしたか?」

「――はぁ?」
 思わず頭のてっぺんから飛び出たような素っ頓狂な声が出た。真顔で何を言ってるんだこいつは。ていうか何だ、第三の目って。二つしかないに決まってるだろそんなもん。胡乱な目で睨む俺に男は髪を掻き上げ、白い額を見せた。

「ここです」

 指さしたのはちょうど額の生え際あたりだった。――さっき別れ際に口づけたのはその辺りではなかったかと思い出し、変な汗がどっと湧いた。

「……舐めては、いねえ。つうか、目なんかねえじゃねえか。お前、俺を騙そうとしてねえか?」

 口ではそう言うものの、あの時のソウの反応を思い返してみると、何か俺は重大な誤ちを犯してしまったのでは、という警告がさかんに皮膚を粟立てる。

「竜型の時の話なんですがね、両角と眉間を繋いだ中間辺りにあるんですよ。鱗の隙間に小さな穴のようなものがね。正確に言えば目ではないのですが……感覚器官としか言いようがないですね」
 前髪を下ろし、指で整えながら男が言う。
「そこを見初めた相手にこすりつけることでマーキングするんですよ」

 初めてソウを見つけた時、あいつは俺の手に額をこすりつけていた――。ああ、まずい。これってつまり、俺は知らず識らずの内にソウのプロポーズを受け入れたってことじゃないのか?

「け、けどよ――。うちのは雄なんだ。俺じゃあつがいにはなれねえだろうがよ」

 子孫繁栄の観点からすれば、雄と雌以外でつがいになる意味などないだろう。あいつは間違えたのだ。本来、あの美しい瞳は俺ではなく、違う何かを見つめるべきだったのだ。

 ――馬鹿だなぁ。

 あいつは本当に、馬鹿だ。

 その真実は思っていたよりも俺に深刻なダメージを与えた。お前は間違っているのだと教えてやらねばならない。親代わりとして。保護者として。俺が。
 だが、悄然としていた俺を尻目に、男はあっけらかんとこんなことを言った。

「ああ、性別はあんまり関係ないんですよ」
「……は?」
「竜はあくまでもパートナー第一なので、子供は結果であって目的じゃないんです。……中ではパートナーの目が子供に行くことに嫉妬して子を殺そうとする竜もいますよ」

 男はそう言って少し寂しげに笑った。俺はソウの羽に空いたままの穴のことを思う。もしかすると目の前のこの胡散臭い男も、親からそういう目にあわされたのかもしれない。そう思うと何だか憐れに思えた。俺の視線に気づいたのか、男はごまかすように微笑む。俺は目をそらして少し悪態をついた。気まずかったのだ。

「……そんな生態でよく絶滅しないな」
「生まれた子供は竜の形質を持ちますし、何と言っても長命ですからね。長い一生のうちに何度かは恋もしましょう。僕だって、見た目どおりの年齢ではない――かもしれませんよ?」

 男はさっきまでと同じ胡散臭い笑みを貼りつけた。

「……まっ、そんな感じなので、淋しい竜の子を受け入れてあげてくださいよ」
「うーん……」

 腕を組み、唸った。まあ、プロポーズだのつがいだのと言っても、側にいるという意味では今までのパートナーの役割とそう変わりはしないだろう。俺はあいつを抱く気などない。何しろ、俺にとってソウはいつまでも子供だ。

 かわいらしく、美しい竜の子なのだ。

「……まあ、考えとくよ。貴重な話をありがとよ」
 立ち上がり、財布からエール一杯分程度の札びらを一枚置いた。男はにっこりと笑い、しっかりと札を受け取ってから小さく手を振った。

「じゃ、頑張ってくださいね」
 何をだよ。最後まで胡散臭い男だ。裏表のなさすぎるソウと本当に同じ種類なのかどうにも疑わしい。俺は仏頂面のまま酒場を後にした。
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