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つがい
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とは言え、見た目はもう完全に大人の男なのだ。どう見ても十代後半ぐらいだろうか。だというのに、だ。
「今日も頑張って働いたので、ごほうびをいただきます」
雇い主に戦果を報告し、報酬の肉と革をしかるべきところに売り払って懐が潤った俺たちは、拠点にしていた宿でくつろいでいた。ベッドに寝転び、暇だったのでこの付近の観光案内を読んでいたところ、俺の上にソウがよいしょと跨り、極上の笑顔でああ言ったのだった。
「あー……。毎回訊いてるけどよぉ、金じゃ駄目なのか?」
「毎回言ってるけど、だめでーす」
美しい目を細めてにんまりと笑う。俺は上に跨ったソウの身体が上下するほど大きな溜め息をついた。俺のいかにも嫌がっている表情など歯牙にもかけず、ソウの手が俺の胸元に伸びた。
「やっぱこれでしょ」
何が、これでしょ、だ。シャツをくつろげられた胸元からは、頭髪よりも少し濃い金色の胸毛が生えそろった、おっさんの筋肉質な胸板がただ露わになるだけだ。だというのに、それをじっくりと観察しているソウは、まるでとろけるような笑みを浮かべていた。もう一度あえて言う。何が、これでしょ、なのだ。
真っ白な手が胸板に伸び、発達して盛り上がった大胸筋をもにりと掴んだ。肉の感触を楽しむように指が俺の胸を捏ね回し、その肉のたわみをソウはうっとりと見つめている。寄せたり、指を食い込ませたり、揺らしたりと好き放題だ。
手触りをひとしきり堪能し終わると、俺にとってはさらに地獄の時間が待っている。ソウが俺の上に突っ伏し、胸の谷間に顔を埋めた。あまつさえ、むにむにと盛り上がった肉に鼻先をうずめ、すうはあと匂いを嗅ぐ。その皮膚がざわつく感触にはいつまで経っても慣れやしない。
「はぁ……レオのにおいする……」
顔を寄せたままうっとりと吐かれた熱い息の湿度が、ぞわりと背筋を震わせた。俺は慌てて上に跨った身体を両腕で抱えると、ソウごと横を向いて二人して寝転がった。きょとんとこちらを見上げるソウの後頭部を手で抱え、決まり悪げに俺は言う。
「ちょろちょろすんな。……さっさと済ませろ」
「ちぇー」
さも残念そうに唇を尖らせたソウだったが、気を取り直したのか、にこりと綺麗な笑顔を浮かべた。そして大きく口を開くと――俺の乳首に吸いついた。
「っ……」
ちゅっ、ちゅっ、とリップ音を立てながら、ソウは懸命に俺の胸元にかじりつく。盛り上がった胸の筋肉を揉みながら、ときおり乳首を甘噛みしては吸う。だが、これはあくまでも幼児返り――猫が毛布を揉むようなものだ。そう、見た目は立派な青年であっても、中身は子供でしかない……はずなのだ。
あれは依頼を受け、当時所属していたギルド連中と山中の害獣の狩猟をしていたときのことだった。ひとり担当区画を探索している途中、草陰に赤く燃える何かが目の端できらめいたのだ。
すわ宝石か? と思った俺は、確認するべくその輝きに急いで近づいていった。当時、独立を夢見て蓄財していたので、事と次第によっては上に報告することを故意に忘れる覚悟で草を掻き分ける。そして、目の前に現れた思わぬものに息を呑んだ。
そこにいたのは、中型犬ほどの大きさの――小さな竜だった。全身を覆う赤くきらめく鱗。額の両端から後ろへと伸びたねじくれた角。背中に折りたたまれた小さくも立派な羽。それは目を閉じ、生い茂る草叢の中で丸くうずくまっていた。
宝石なんて目じゃないものを発見してしまった――。竜の存在は数えるほどしか報告されておらず、俺自身、ただのおとぎ話にでてくる幻想生物か、もしくはもう絶滅した種なのだとばかり思っていた。だが、目の間で丸まっているのは、俺が知識として知っている竜以外の何物でもない。もしや幻なのではないかと、そっと手を伸ばし、角と角の間の狭い額を指先で恐る恐る撫でてみた。燃え立つように赤い鱗は見た目に反してひんやりと冷たかった。
さらに観察を続ける。どこか艶かしくも白く湿り気のある腹は、くうくうと緩やかに上下していた。とりあえずは生きていることに安堵しながらあちこちと状態を探る。短い手足、長い尾、畳んだ羽――よく見ると、片羽の翼膜が一部痛々しく裂けていた。原因は分からないが、おそらくこの怪我によって地上に落ちたのだろう。他に怪我は、とさらに覗きこんだその時。
「――……」
その美しい生き物がふるりと身体を震わせた。
美しいのは鱗だけではなかった。ゆっくりと開いたまぶたから覗く、明るい青と緑の入り混じる瞳のその清冽さは、まるで大自然を閉じ込めたかのようだった。丸く大きな瞳の中央に穿たれた縦長の瞳孔は底が見えないほどの闇で、細く太く伸縮を繰り返しながらじっと俺を見上げていた。
「だ、大丈夫か?」
言葉など通じるはずもない。分かってはいたが、つい口に出てしまった。犬猫に話しかけて無視されたときの気まずさと恥ずかしさをじんわりと噛み締めていると、掌に何か濡れたものが当たった。竜が舐めたのだ。そのまま頬から狭い額にかけてを掌に擦りつけ、あの美しく大きな瞳で俺を見上げた。
いや、あの時は自分でも驚いた。その時まで、心の片隅で「こいつをマニアに売ったら幾らになるだろう」と値踏みしていたのだ。羽に傷があることに関しても、痛々しいと思うと同時に買い叩かれるなと冷静に考えていた。だというのに、あの目で見られて甘えた仕草をされただけで、まるでガキの頃に戻ったみたいに、胸が興奮に甘くときめいていた。守護らねばならぬ――そんな気持ちになってしまったのだ。
とりあえずは怪我を何とかしてやらねばなるまい。本来なら専門家に見せてやるべきなんだろうが、俺が持っている動物関係の伝手といえば、肉屋に皮革加工屋、それに違法動物斡旋業者ぐらいなもので、仮にそこから専門家に話が伝わったとしても蛇の道は蛇、それ以上に地下組織や何やら怪しげなところにも情報が行き届いてしまうことだろう。そして襲撃され、お宝は奪われる――そういう流れは今までに何度も見てきた。残念ながら、うちのギルドも間違いなく藪から出てくる蛇の方なので絶対に頼ることはできない。
周囲をぐるりと見回し、どこか安全そうな場所はないかと目をこらす。医者に診せるのも無理、うちに連れて帰るのも無理となると、俺がここに通うしかあるまい。岩壁の暗がりに、どうやら小さいながらも洞窟があるようだった。赤い竜をそっと抱え上げ、意外な軽さに驚きつつも、そこに向かって歩き出した。腕の中の竜は俺の胸に顔を擦りつけながら、抱く腕に尻尾を巻きつけてくる。竜というのは随分と人懐っこい生き物なのだなぁ、と感慨深く考えていたその時、背後で木々が揺れる音がした。悪寒を感じてとっさに背後を振り返る。
樹上から降りてきたのは、本来の狩猟ターゲットであるフイゴヒヒの成体だった。しかも二匹だ。二本足で立ち上がり、その名の通り胸郭を大きく膨らませて自分の身体をさらに大きく見せるのは、この猿の威嚇動作だ。醜悪な顔を激しく歪め、剥き出した牙を噛み合わせてキチキチと甲高い警告音を発しているのは雄、その隣でこちらを睨んでいる小さい方が雌だ。
これは非常にまずい。腕の中のお宝を片手で抱え直し、腰にぶら下げていた小型クロスボウに手を伸ばした。本来なら発見次第仲間を呼ぶところだが、お宝片手にそういうわけにもいかない。足を踏ん張り、冷や汗をかきながらもクロスボウを巨猿に向かって構える。逃げるとしても、向こうの方が俄然素早い。多少手負いにしておかねば無理だ。だが、手負いにできても相手は二匹だ。命には変えられない。お宝チャンスは諦めるべきか……?
「……ちょっ、おい、じっとしてろ!」
その時、突然腕の中の小竜がもぞもぞと動き出し、俺は思わず叱りつけた。俺の胸に顔を埋めていた子竜は今や大きな瞳でフイゴヒヒをまっすぐに見据えている。巨猿がさらに胸を膨らませる。
小竜の口が大きく開いた。
まるで突風でも食らったかのように突き出していたクロスボウが弾かれ、手から落ちていった。大気がびりびりと震え、俺の周囲から全ての音が消えた中、影になった鳥たちが一斉に飛び立っていく。天変地異の前触れを思わせる本能に訴えかける恐怖――いや、畏怖に、全身が総毛立った。
思考停止した俺の視界では、それまで威嚇していたフイゴヒヒが一瞬にして空気が抜けたように縮こまり、俺と同じように立ち尽くしていた。そして、大きい方がこちらに背を向けて稲妻のごとく逃げ出し、小さい方がゆっくりとその場に倒れていった。
ようやく正気を取り戻した俺は地面に落ちたクロスボウを震える手に握り、倒れた個体の急所に素早く矢を打ち込んだ。それでようやく、安堵にかへなへなと腰が抜け、俺はその場にへたりこんでしまった。
「……今の、お前だよなぁ? 何したんだ?」
座り込んだ俺の胸の上を這い寄ってきた小竜に話しかける。思うに、人間には聞こえない声を発して威嚇したのではないだろうか。フイゴヒヒも動物の中では凶暴な類だが、それが尻尾を巻いて逃げ、恐怖のあまり気絶するということは、竜種はやはり並みの動物よりも上位種なのだ。こうして俺の頬といわず唇といわずべろべろと舐めている、生臭いがかわいらしい小竜であってもだ。
獲物は一旦置いておいて、とにかく身を隠すために洞窟へと移動した。携帯用ランプをともし、じっくりと羽の傷を診る。どうやら何かが貫通して破れたといった具合のようだ。せめて、ただ裂けているだけなら縫合すれば何とかなったかもしれないが、これだけ鉤裂きの穴となると……まるでいい考えが浮かばない。せめて化膿しないように消毒し、薬を塗ってやるぐらいのことしか俺にはできなかった。
「ごめんな。お前が竜じゃなきゃ医者に診せてやれるんだが」
そう呟いて小竜の額を撫でた。とはいえ、そもそも竜でなければ拾っていたかどうかといえば怪しいものだ。小竜は俺の腕の中からじっとこちらを見上げていた。バックパックの中から水筒を取り出し、皿に水を入れてやる。地面に下ろすと、小竜は何の迷いもなく水を口にした。少しぐらいは警戒してほしい。そんなことでこの先、野生に戻れるのだろうか。
「お前も腹が減ってるだろう。つっても何食うのかな……。人間の食い物でいけるか? どうだ?」
どうだ、と訊いたところで言葉が分かるわけでもあるまいが、小竜は顔を上げると目を細め、潰れた猫のような声でかすかに鳴いた。かわいい。まあ、木の実やら何やらを用意して、逐一試していくしかないだろう。狭い洞窟の中、中腰で立ち上がった。小竜が不安そうに俺を見上げ、小さく鳴いた。
「お前の餌を取ってきてやるからちょっと待っててくれな」
美しい目と目の間を親指で撫で、制止するよう掌を突き出した。洞窟を出てもついて来ようとする小竜に向かってもう一度掌を突き出すと、その手をぺろぺろと舐めた後、何度もこちらを振り返りながらもおとなしく奥へと戻っていった。その小さく悄然とした後ろ姿が俺の胸を掻き毟る。きっとあの子は色々と不安なのだろう。竜の生態はよく分からないが、あの小ささならまだ親離れしていない可能性も高い。
俺は仕留めた獲物を何とか抱え、急いでギルドの合流地点へと向かった。半出来高制なので申告しなければただの骨折り損になってしまう。カウント処理をしてもらいながら、大物を仕留めたと声高になされる隣の自慢話を聞くともなしに聞いていた。そのターゲットは異様に怯えていたのだという。おこぼれに預かったとは運のいいやつだ。
合流地点に集まっていたギルド連中から余っている食料を売ってくれるよう持ちかけた。山菜を採ってから帰りたいからと言えば皆納得してくれた。金になりさえするなら、理由などどうでもよかったのだろう。俺が属していたギルドはそういうところだった。
道すがら食べられる木の実などを採りつつ足早に洞窟へと急いだ。きっと淋しがっていることだろう。丈高い草を掻き分け、洞窟の中の子竜の元へと歩み寄り――俺は手にしていた木の実をぼたぼたと取り落としてしまった。
そこに子竜の姿はなかった。
それだけならまだしも、そこにいたのは人間の子供だったのだ。
くしゃくしゃの赤い髪。どこか爬虫類の腹を思わせる湿り気のある白い肌。かわいらしい顔立ちの中で際立って輝く青と緑の入り混じった宝石のような瞳。全裸の、男児。
「お前――」
言葉が続かなかった。子供は俺を見て太陽のように顔を輝かせると、ぺたぺたと走り寄り、ぶつかるように俺の足に抱きついた。縦長の瞳孔が伸縮を繰り返しながら、俺の顔を見上げる。
「おなかすいた!」
その背中には小さな羽が生えていた。もちろん、穴あきの――。
小さな羽は今でもソウの背中に生えている。残念ながら穴もあいたままだ。あれから子竜はずっと人間の形のまま、俺とともに街で暮らしている。
小さいながら二つの角があるので髪は俺が切らされるし、外を歩くときは美しいが特徴的すぎる瞳は黒眼鏡で隠さなきゃならないし、燃費が悪いのか俺の倍は食うので不便も多い。だがその分、膂力や俊敏さ、何よりもあの「声」が大いに仕事の役に立ってくれた。ギルドを抜けてフリーランスとなって食えていけるのも、ひとえにソウのおかげと言ってもいい。
ただ――どうにも我慢ならない欠点がひとつ。それがこの……これだ。今も俺の胸にかじりつき、熱心にちゅうちゅうと吸っている、これ。最初、寝ている時にシャツの中に潜り込まれて乳を吸われていたときは本気で驚いた。引き剥がしても必死に抱きつき、いやいやと胸に顔をうずめてくる。男だから乳など出ないと何度言おうが聞きやしない。
だが、親とはぐれたであろう子供が未知の環境で生きていかねばならず、頼れるのは異種の俺だけというこんな状況では、幼児返り――いやそもそも子供なのか――してしまうのも仕方がないことだろうと思う。こぼれ落ちそうに潤んだ美しい瞳で見上げられ、俺は結局ほだされてしまったのだった。だって、むくつけきおっさんの乳を吸わずにはいられないほどに寂しい孤児なんてあまりにも哀れすぎるじゃないか。それに、順応すればそのうちこんな奇癖も終わるだろうと思っていたのだ。
少年の姿をした子竜はぐんぐん成長し、今や立派な青年になった。たった一年間でだ。だが、外見がいくら成長しようが中身はほとんど変わりはしない。無理にやめさせると拗ねてハンストするので、仕事の報酬として許すようにしたのだが――回数は減ったものの、結局未だに奇癖は治らないでいる。
「……っ」
まんべんなく左右の乳首を吸いつけつつ、空いている方をソウの指が抓んでよじり、弾いた。最初はただ一生懸命吸うだけだったのに、いつの間にやらこんなふうにいたずらまでしてくるようになっていた。俺は歯噛みする。
「……おい、そういうのはやめろって言ってンだろ」
「なんで?」
きらきらと輝く宝石のような瞳が俺を見上げ、言葉が詰まった。……感じちまうからだよ! といっそ怒鳴りつけたい気持ちを殺し、俺は苦虫を噛み潰した鬼ような形相で、凶悪なほどに無邪気な白皙の美貌を睨みつけた。
「お前がいつまでもしつっこいからいい加減ひりひりすんだよバカ!」
「じゃあ舐めてあげるね」
ソウは無邪気に笑うと、人間よりも長い舌をぞろりと垂らし、上から下までをくまなく使って赤く充血した乳首を舐め上げた。ぞわぞわと甘い快感が背筋を伝い、喉の奥から変な声が出てしまわないように俺は歯を食いしばった。
この一年、ソウの奇癖のせいで俺の乳首は小さめの豆粒のほどに膨れ上がってしまった。それだけならまだしも、恐ろしいことに最近は感度まで上がってきているようなのだ。特にこうやって舐められると、本当にまずい。唾液に濡れた薄い皮膚が熱を持ったようにじんじんと痺れて――。
「バカ、やめろって……っ」
「じゃあ、なでなでしたほうがいい?」
「……っ!」
いいこいいこ、と指の腹で固く尖った乳首を撫でられ、思わずあがりそうになる変な声を必死で飲み込んだ。いつの間にかまた仰向けに押し倒されていた俺は、ソウにばれないように上半身はそのままに、そっと腰だけをひねって隠した。……勃起し始めていたのだ。
再び乳首に吸いついたソウの伏せられた長い睫毛を眺めながら、本来感じてはならない甘い快感と、胸のうちに湧き出す罪悪感を噛みしめる。寂しい子供が母性を求めているだけの、純粋で無邪気な行為に対して勃起してしまうなんて俺はまあ何とさもしい人間なのだろうか、と。
単なる俺の欲求不満なのかもしれない。ソウを拾う前までは普通に商売女を買っていたのだが、女と寝た後は子竜が何故か必ず猛烈に不機嫌になって言うことを聞かなくなってしまうので、ここ半年以上ずっとご無沙汰なのだ。いくら身体を洗っても必ずばれる恐ろしい嗅覚。そういうのは仕事の時だけに役立ててほしい。
「……ソウ、もう今回は終わりだ」
「えぇー……、まだもうちょっと」
「痛えつってんだろ」
「……もう触んないから、このままいさせて」
そう言うと、ソウは俺の胸に片頬をぴったりと寄せ、目を閉じた。心音でも聞いているのだろうか。そのつむじはどこか淋しげで、俺はくしゃくしゃの赤い髪を撫でてやった。ボリュームのある髪で隠れている小さな角に触れ、ねじれて半回転した形を指で確かめると、ソウは押し出されるようにやわらかな溜め息をついた。
「――レオ」
かそけき声でソウが言う。
「ん」
「……捨てないでね」
俺は胸に湧く苦い思いに眉根を寄せた。一緒に過ごすようになってから、こいつは時折こういうことを言う。本人が頑なに答えようとしないので未だに聞けずじまいだが、もしかしたら――親に捨てられたのかもしれない。怪我をしたせいで見限られるなんてのは、野生動物にはよくあることだ。もしくは――捨てるために親が怪我をさせたのかもしれない。果たして竜にそんな生態があるのかは知らないが、人間並みの知能を持つのならそういうこともないとは限らない。
どちらにしても嫌な想像だった。
「お前がいなきゃ仕事ができねえだろうが。捨てねえよ」
「……うん」
「ソウ」
名前を呼ばれ、こちらの方を向いたソウの頭を抱え込み、前髪の上から額に軽く口づけた。まあ何というか、親が子によくやるようなアレだ。照れ隠しに赤い髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、俺は身を起こす。幸いなことに股間の方はもう鎮まっていた。青と緑の入り混じった不思議な色の瞳を見開き、ポカンとした顔でソウが俺を凝視している。よほどらしくないことをしてしまったのだろう。俺自身、気恥ずかしくて仕方がない。
「……風呂入ってくる。お前はもう寝ろ」
はだけたままのシャツを掻い込みながら指をさし、まだ呆けているソウを残して部屋を出た。寝ろとは言ったが、まだ夜半を少し過ぎた程度だ。ゆっくり風呂に入って、酒でも飲んで寝るとしよう。
「今日も頑張って働いたので、ごほうびをいただきます」
雇い主に戦果を報告し、報酬の肉と革をしかるべきところに売り払って懐が潤った俺たちは、拠点にしていた宿でくつろいでいた。ベッドに寝転び、暇だったのでこの付近の観光案内を読んでいたところ、俺の上にソウがよいしょと跨り、極上の笑顔でああ言ったのだった。
「あー……。毎回訊いてるけどよぉ、金じゃ駄目なのか?」
「毎回言ってるけど、だめでーす」
美しい目を細めてにんまりと笑う。俺は上に跨ったソウの身体が上下するほど大きな溜め息をついた。俺のいかにも嫌がっている表情など歯牙にもかけず、ソウの手が俺の胸元に伸びた。
「やっぱこれでしょ」
何が、これでしょ、だ。シャツをくつろげられた胸元からは、頭髪よりも少し濃い金色の胸毛が生えそろった、おっさんの筋肉質な胸板がただ露わになるだけだ。だというのに、それをじっくりと観察しているソウは、まるでとろけるような笑みを浮かべていた。もう一度あえて言う。何が、これでしょ、なのだ。
真っ白な手が胸板に伸び、発達して盛り上がった大胸筋をもにりと掴んだ。肉の感触を楽しむように指が俺の胸を捏ね回し、その肉のたわみをソウはうっとりと見つめている。寄せたり、指を食い込ませたり、揺らしたりと好き放題だ。
手触りをひとしきり堪能し終わると、俺にとってはさらに地獄の時間が待っている。ソウが俺の上に突っ伏し、胸の谷間に顔を埋めた。あまつさえ、むにむにと盛り上がった肉に鼻先をうずめ、すうはあと匂いを嗅ぐ。その皮膚がざわつく感触にはいつまで経っても慣れやしない。
「はぁ……レオのにおいする……」
顔を寄せたままうっとりと吐かれた熱い息の湿度が、ぞわりと背筋を震わせた。俺は慌てて上に跨った身体を両腕で抱えると、ソウごと横を向いて二人して寝転がった。きょとんとこちらを見上げるソウの後頭部を手で抱え、決まり悪げに俺は言う。
「ちょろちょろすんな。……さっさと済ませろ」
「ちぇー」
さも残念そうに唇を尖らせたソウだったが、気を取り直したのか、にこりと綺麗な笑顔を浮かべた。そして大きく口を開くと――俺の乳首に吸いついた。
「っ……」
ちゅっ、ちゅっ、とリップ音を立てながら、ソウは懸命に俺の胸元にかじりつく。盛り上がった胸の筋肉を揉みながら、ときおり乳首を甘噛みしては吸う。だが、これはあくまでも幼児返り――猫が毛布を揉むようなものだ。そう、見た目は立派な青年であっても、中身は子供でしかない……はずなのだ。
あれは依頼を受け、当時所属していたギルド連中と山中の害獣の狩猟をしていたときのことだった。ひとり担当区画を探索している途中、草陰に赤く燃える何かが目の端できらめいたのだ。
すわ宝石か? と思った俺は、確認するべくその輝きに急いで近づいていった。当時、独立を夢見て蓄財していたので、事と次第によっては上に報告することを故意に忘れる覚悟で草を掻き分ける。そして、目の前に現れた思わぬものに息を呑んだ。
そこにいたのは、中型犬ほどの大きさの――小さな竜だった。全身を覆う赤くきらめく鱗。額の両端から後ろへと伸びたねじくれた角。背中に折りたたまれた小さくも立派な羽。それは目を閉じ、生い茂る草叢の中で丸くうずくまっていた。
宝石なんて目じゃないものを発見してしまった――。竜の存在は数えるほどしか報告されておらず、俺自身、ただのおとぎ話にでてくる幻想生物か、もしくはもう絶滅した種なのだとばかり思っていた。だが、目の間で丸まっているのは、俺が知識として知っている竜以外の何物でもない。もしや幻なのではないかと、そっと手を伸ばし、角と角の間の狭い額を指先で恐る恐る撫でてみた。燃え立つように赤い鱗は見た目に反してひんやりと冷たかった。
さらに観察を続ける。どこか艶かしくも白く湿り気のある腹は、くうくうと緩やかに上下していた。とりあえずは生きていることに安堵しながらあちこちと状態を探る。短い手足、長い尾、畳んだ羽――よく見ると、片羽の翼膜が一部痛々しく裂けていた。原因は分からないが、おそらくこの怪我によって地上に落ちたのだろう。他に怪我は、とさらに覗きこんだその時。
「――……」
その美しい生き物がふるりと身体を震わせた。
美しいのは鱗だけではなかった。ゆっくりと開いたまぶたから覗く、明るい青と緑の入り混じる瞳のその清冽さは、まるで大自然を閉じ込めたかのようだった。丸く大きな瞳の中央に穿たれた縦長の瞳孔は底が見えないほどの闇で、細く太く伸縮を繰り返しながらじっと俺を見上げていた。
「だ、大丈夫か?」
言葉など通じるはずもない。分かってはいたが、つい口に出てしまった。犬猫に話しかけて無視されたときの気まずさと恥ずかしさをじんわりと噛み締めていると、掌に何か濡れたものが当たった。竜が舐めたのだ。そのまま頬から狭い額にかけてを掌に擦りつけ、あの美しく大きな瞳で俺を見上げた。
いや、あの時は自分でも驚いた。その時まで、心の片隅で「こいつをマニアに売ったら幾らになるだろう」と値踏みしていたのだ。羽に傷があることに関しても、痛々しいと思うと同時に買い叩かれるなと冷静に考えていた。だというのに、あの目で見られて甘えた仕草をされただけで、まるでガキの頃に戻ったみたいに、胸が興奮に甘くときめいていた。守護らねばならぬ――そんな気持ちになってしまったのだ。
とりあえずは怪我を何とかしてやらねばなるまい。本来なら専門家に見せてやるべきなんだろうが、俺が持っている動物関係の伝手といえば、肉屋に皮革加工屋、それに違法動物斡旋業者ぐらいなもので、仮にそこから専門家に話が伝わったとしても蛇の道は蛇、それ以上に地下組織や何やら怪しげなところにも情報が行き届いてしまうことだろう。そして襲撃され、お宝は奪われる――そういう流れは今までに何度も見てきた。残念ながら、うちのギルドも間違いなく藪から出てくる蛇の方なので絶対に頼ることはできない。
周囲をぐるりと見回し、どこか安全そうな場所はないかと目をこらす。医者に診せるのも無理、うちに連れて帰るのも無理となると、俺がここに通うしかあるまい。岩壁の暗がりに、どうやら小さいながらも洞窟があるようだった。赤い竜をそっと抱え上げ、意外な軽さに驚きつつも、そこに向かって歩き出した。腕の中の竜は俺の胸に顔を擦りつけながら、抱く腕に尻尾を巻きつけてくる。竜というのは随分と人懐っこい生き物なのだなぁ、と感慨深く考えていたその時、背後で木々が揺れる音がした。悪寒を感じてとっさに背後を振り返る。
樹上から降りてきたのは、本来の狩猟ターゲットであるフイゴヒヒの成体だった。しかも二匹だ。二本足で立ち上がり、その名の通り胸郭を大きく膨らませて自分の身体をさらに大きく見せるのは、この猿の威嚇動作だ。醜悪な顔を激しく歪め、剥き出した牙を噛み合わせてキチキチと甲高い警告音を発しているのは雄、その隣でこちらを睨んでいる小さい方が雌だ。
これは非常にまずい。腕の中のお宝を片手で抱え直し、腰にぶら下げていた小型クロスボウに手を伸ばした。本来なら発見次第仲間を呼ぶところだが、お宝片手にそういうわけにもいかない。足を踏ん張り、冷や汗をかきながらもクロスボウを巨猿に向かって構える。逃げるとしても、向こうの方が俄然素早い。多少手負いにしておかねば無理だ。だが、手負いにできても相手は二匹だ。命には変えられない。お宝チャンスは諦めるべきか……?
「……ちょっ、おい、じっとしてろ!」
その時、突然腕の中の小竜がもぞもぞと動き出し、俺は思わず叱りつけた。俺の胸に顔を埋めていた子竜は今や大きな瞳でフイゴヒヒをまっすぐに見据えている。巨猿がさらに胸を膨らませる。
小竜の口が大きく開いた。
まるで突風でも食らったかのように突き出していたクロスボウが弾かれ、手から落ちていった。大気がびりびりと震え、俺の周囲から全ての音が消えた中、影になった鳥たちが一斉に飛び立っていく。天変地異の前触れを思わせる本能に訴えかける恐怖――いや、畏怖に、全身が総毛立った。
思考停止した俺の視界では、それまで威嚇していたフイゴヒヒが一瞬にして空気が抜けたように縮こまり、俺と同じように立ち尽くしていた。そして、大きい方がこちらに背を向けて稲妻のごとく逃げ出し、小さい方がゆっくりとその場に倒れていった。
ようやく正気を取り戻した俺は地面に落ちたクロスボウを震える手に握り、倒れた個体の急所に素早く矢を打ち込んだ。それでようやく、安堵にかへなへなと腰が抜け、俺はその場にへたりこんでしまった。
「……今の、お前だよなぁ? 何したんだ?」
座り込んだ俺の胸の上を這い寄ってきた小竜に話しかける。思うに、人間には聞こえない声を発して威嚇したのではないだろうか。フイゴヒヒも動物の中では凶暴な類だが、それが尻尾を巻いて逃げ、恐怖のあまり気絶するということは、竜種はやはり並みの動物よりも上位種なのだ。こうして俺の頬といわず唇といわずべろべろと舐めている、生臭いがかわいらしい小竜であってもだ。
獲物は一旦置いておいて、とにかく身を隠すために洞窟へと移動した。携帯用ランプをともし、じっくりと羽の傷を診る。どうやら何かが貫通して破れたといった具合のようだ。せめて、ただ裂けているだけなら縫合すれば何とかなったかもしれないが、これだけ鉤裂きの穴となると……まるでいい考えが浮かばない。せめて化膿しないように消毒し、薬を塗ってやるぐらいのことしか俺にはできなかった。
「ごめんな。お前が竜じゃなきゃ医者に診せてやれるんだが」
そう呟いて小竜の額を撫でた。とはいえ、そもそも竜でなければ拾っていたかどうかといえば怪しいものだ。小竜は俺の腕の中からじっとこちらを見上げていた。バックパックの中から水筒を取り出し、皿に水を入れてやる。地面に下ろすと、小竜は何の迷いもなく水を口にした。少しぐらいは警戒してほしい。そんなことでこの先、野生に戻れるのだろうか。
「お前も腹が減ってるだろう。つっても何食うのかな……。人間の食い物でいけるか? どうだ?」
どうだ、と訊いたところで言葉が分かるわけでもあるまいが、小竜は顔を上げると目を細め、潰れた猫のような声でかすかに鳴いた。かわいい。まあ、木の実やら何やらを用意して、逐一試していくしかないだろう。狭い洞窟の中、中腰で立ち上がった。小竜が不安そうに俺を見上げ、小さく鳴いた。
「お前の餌を取ってきてやるからちょっと待っててくれな」
美しい目と目の間を親指で撫で、制止するよう掌を突き出した。洞窟を出てもついて来ようとする小竜に向かってもう一度掌を突き出すと、その手をぺろぺろと舐めた後、何度もこちらを振り返りながらもおとなしく奥へと戻っていった。その小さく悄然とした後ろ姿が俺の胸を掻き毟る。きっとあの子は色々と不安なのだろう。竜の生態はよく分からないが、あの小ささならまだ親離れしていない可能性も高い。
俺は仕留めた獲物を何とか抱え、急いでギルドの合流地点へと向かった。半出来高制なので申告しなければただの骨折り損になってしまう。カウント処理をしてもらいながら、大物を仕留めたと声高になされる隣の自慢話を聞くともなしに聞いていた。そのターゲットは異様に怯えていたのだという。おこぼれに預かったとは運のいいやつだ。
合流地点に集まっていたギルド連中から余っている食料を売ってくれるよう持ちかけた。山菜を採ってから帰りたいからと言えば皆納得してくれた。金になりさえするなら、理由などどうでもよかったのだろう。俺が属していたギルドはそういうところだった。
道すがら食べられる木の実などを採りつつ足早に洞窟へと急いだ。きっと淋しがっていることだろう。丈高い草を掻き分け、洞窟の中の子竜の元へと歩み寄り――俺は手にしていた木の実をぼたぼたと取り落としてしまった。
そこに子竜の姿はなかった。
それだけならまだしも、そこにいたのは人間の子供だったのだ。
くしゃくしゃの赤い髪。どこか爬虫類の腹を思わせる湿り気のある白い肌。かわいらしい顔立ちの中で際立って輝く青と緑の入り混じった宝石のような瞳。全裸の、男児。
「お前――」
言葉が続かなかった。子供は俺を見て太陽のように顔を輝かせると、ぺたぺたと走り寄り、ぶつかるように俺の足に抱きついた。縦長の瞳孔が伸縮を繰り返しながら、俺の顔を見上げる。
「おなかすいた!」
その背中には小さな羽が生えていた。もちろん、穴あきの――。
小さな羽は今でもソウの背中に生えている。残念ながら穴もあいたままだ。あれから子竜はずっと人間の形のまま、俺とともに街で暮らしている。
小さいながら二つの角があるので髪は俺が切らされるし、外を歩くときは美しいが特徴的すぎる瞳は黒眼鏡で隠さなきゃならないし、燃費が悪いのか俺の倍は食うので不便も多い。だがその分、膂力や俊敏さ、何よりもあの「声」が大いに仕事の役に立ってくれた。ギルドを抜けてフリーランスとなって食えていけるのも、ひとえにソウのおかげと言ってもいい。
ただ――どうにも我慢ならない欠点がひとつ。それがこの……これだ。今も俺の胸にかじりつき、熱心にちゅうちゅうと吸っている、これ。最初、寝ている時にシャツの中に潜り込まれて乳を吸われていたときは本気で驚いた。引き剥がしても必死に抱きつき、いやいやと胸に顔をうずめてくる。男だから乳など出ないと何度言おうが聞きやしない。
だが、親とはぐれたであろう子供が未知の環境で生きていかねばならず、頼れるのは異種の俺だけというこんな状況では、幼児返り――いやそもそも子供なのか――してしまうのも仕方がないことだろうと思う。こぼれ落ちそうに潤んだ美しい瞳で見上げられ、俺は結局ほだされてしまったのだった。だって、むくつけきおっさんの乳を吸わずにはいられないほどに寂しい孤児なんてあまりにも哀れすぎるじゃないか。それに、順応すればそのうちこんな奇癖も終わるだろうと思っていたのだ。
少年の姿をした子竜はぐんぐん成長し、今や立派な青年になった。たった一年間でだ。だが、外見がいくら成長しようが中身はほとんど変わりはしない。無理にやめさせると拗ねてハンストするので、仕事の報酬として許すようにしたのだが――回数は減ったものの、結局未だに奇癖は治らないでいる。
「……っ」
まんべんなく左右の乳首を吸いつけつつ、空いている方をソウの指が抓んでよじり、弾いた。最初はただ一生懸命吸うだけだったのに、いつの間にやらこんなふうにいたずらまでしてくるようになっていた。俺は歯噛みする。
「……おい、そういうのはやめろって言ってンだろ」
「なんで?」
きらきらと輝く宝石のような瞳が俺を見上げ、言葉が詰まった。……感じちまうからだよ! といっそ怒鳴りつけたい気持ちを殺し、俺は苦虫を噛み潰した鬼ような形相で、凶悪なほどに無邪気な白皙の美貌を睨みつけた。
「お前がいつまでもしつっこいからいい加減ひりひりすんだよバカ!」
「じゃあ舐めてあげるね」
ソウは無邪気に笑うと、人間よりも長い舌をぞろりと垂らし、上から下までをくまなく使って赤く充血した乳首を舐め上げた。ぞわぞわと甘い快感が背筋を伝い、喉の奥から変な声が出てしまわないように俺は歯を食いしばった。
この一年、ソウの奇癖のせいで俺の乳首は小さめの豆粒のほどに膨れ上がってしまった。それだけならまだしも、恐ろしいことに最近は感度まで上がってきているようなのだ。特にこうやって舐められると、本当にまずい。唾液に濡れた薄い皮膚が熱を持ったようにじんじんと痺れて――。
「バカ、やめろって……っ」
「じゃあ、なでなでしたほうがいい?」
「……っ!」
いいこいいこ、と指の腹で固く尖った乳首を撫でられ、思わずあがりそうになる変な声を必死で飲み込んだ。いつの間にかまた仰向けに押し倒されていた俺は、ソウにばれないように上半身はそのままに、そっと腰だけをひねって隠した。……勃起し始めていたのだ。
再び乳首に吸いついたソウの伏せられた長い睫毛を眺めながら、本来感じてはならない甘い快感と、胸のうちに湧き出す罪悪感を噛みしめる。寂しい子供が母性を求めているだけの、純粋で無邪気な行為に対して勃起してしまうなんて俺はまあ何とさもしい人間なのだろうか、と。
単なる俺の欲求不満なのかもしれない。ソウを拾う前までは普通に商売女を買っていたのだが、女と寝た後は子竜が何故か必ず猛烈に不機嫌になって言うことを聞かなくなってしまうので、ここ半年以上ずっとご無沙汰なのだ。いくら身体を洗っても必ずばれる恐ろしい嗅覚。そういうのは仕事の時だけに役立ててほしい。
「……ソウ、もう今回は終わりだ」
「えぇー……、まだもうちょっと」
「痛えつってんだろ」
「……もう触んないから、このままいさせて」
そう言うと、ソウは俺の胸に片頬をぴったりと寄せ、目を閉じた。心音でも聞いているのだろうか。そのつむじはどこか淋しげで、俺はくしゃくしゃの赤い髪を撫でてやった。ボリュームのある髪で隠れている小さな角に触れ、ねじれて半回転した形を指で確かめると、ソウは押し出されるようにやわらかな溜め息をついた。
「――レオ」
かそけき声でソウが言う。
「ん」
「……捨てないでね」
俺は胸に湧く苦い思いに眉根を寄せた。一緒に過ごすようになってから、こいつは時折こういうことを言う。本人が頑なに答えようとしないので未だに聞けずじまいだが、もしかしたら――親に捨てられたのかもしれない。怪我をしたせいで見限られるなんてのは、野生動物にはよくあることだ。もしくは――捨てるために親が怪我をさせたのかもしれない。果たして竜にそんな生態があるのかは知らないが、人間並みの知能を持つのならそういうこともないとは限らない。
どちらにしても嫌な想像だった。
「お前がいなきゃ仕事ができねえだろうが。捨てねえよ」
「……うん」
「ソウ」
名前を呼ばれ、こちらの方を向いたソウの頭を抱え込み、前髪の上から額に軽く口づけた。まあ何というか、親が子によくやるようなアレだ。照れ隠しに赤い髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、俺は身を起こす。幸いなことに股間の方はもう鎮まっていた。青と緑の入り混じった不思議な色の瞳を見開き、ポカンとした顔でソウが俺を凝視している。よほどらしくないことをしてしまったのだろう。俺自身、気恥ずかしくて仕方がない。
「……風呂入ってくる。お前はもう寝ろ」
はだけたままのシャツを掻い込みながら指をさし、まだ呆けているソウを残して部屋を出た。寝ろとは言ったが、まだ夜半を少し過ぎた程度だ。ゆっくり風呂に入って、酒でも飲んで寝るとしよう。
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