魂の捕食者

真鉄

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魂の捕食者

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  アーベルは恐怖にぶるぶると首を振り、必死の思いで手を振り払うと部屋の隅に逃げ込んだ。扉の枠で四角く切り取られた闇を凝視する。情けなく膝が笑うのを壁にすがりついて堪えた。

  ぬう、と暗闇から巨大な異形が滑り出た。それは形は人間に似ていたが、鮮血のように真っ赤で、爬虫類を思わせる蝋のような皮膚で全身が覆われていた。顔には鼻も髪もなく、のっぺりとした楕円の中には爛々と輝く金の瞳とひび割れのような大きな口があるだけだった。隆々たる筋肉に覆われた腹部は周囲よりも少し薄い色をしていたが、臍も性器も見当たらない。脚の間からはゆったりと揺れる細く長い尻尾が垣間見える。

  ぺたり、と異形の足が板張りの床を踏む。アーベルは恐怖におののきながらも左右に目をやった。棚の上にはさっき飾った花瓶と香油の入ったガラス瓶。咄嗟に瓶を掴み、異形へと投げつけようとしたが、その手はいつの間にか目の前にまで詰められていた異形の真っ赤な手によって掴みとられていた。

「これは……香油かな。これを使って欲しいのかい」

  のっぺりとした顔を青褪めたアーベルに寄せ、異形は笑った。ひび割れのような口が大きく吊りあがり、甘ったるい香りがもわりと鼻腔に籠る。洗礼に使う香油に異形が恐れもしないことに対する恐怖、腕を掴みとる膂力の強さ、畳み掛けるような混乱と甘い香りが混ざり合い、くらくらと目眩がした。

「……お前は、一体、何なんだ……」

  やっとの思いで開いたアーベルの口からは弱々しい声が絞り出されただけだった。異形は金の瞳を細め、さも可笑しげに笑った。

「つれないな。もう夢の中で何度もまぐわったじゃないか」
「な……っ」

  異形の言葉に目を見開き、アーベルは瞬時に頬を紅潮させた。嘘だ。何を言っているのだ。こんな化け物の言うことを真に受けるんじゃない。だが――アーベルの脳裏には汚れた下着と、嗅いだことのある甘い香りがよぎる。

「俺にしがみついて、何度も絶頂しただろう?」

  神父の耳元に顔を寄せ、異形が低い声で囁いた。

「なあ? ……アーベル」
「っ……!? う、ああああっ!?」

  その低い声はアーベルの鼓膜を震わせ、甘い香りが充満した脳髄に谺した。その瞬間、アーベルには自分の身に何が起こったのか分からなかった。気がついた時には甲高い悲鳴が漏れ、身体の奥から湧き起こった甘い電流に全てを灼き尽くされて立っていることすらままならず、異形が手首を掴んでいたおかげで辛うじて立っていただけだった。

「あ……あ……?」

  震えが止まらない。身体が熱い。じわりと自分の股間が何かで濡れ始めているのが分かる。荒い息をつき、潤んだ目で目の前の異形を恐る恐る見上げた。異形は嬉しげに唇を吊り上げる。

「ほら、お前の無意識は俺のことを覚えててくれたのさ。お前が絶頂する度に名前を囁いていたから、しっかりと条件付けられたみたいだね。嬉しいよ」

  異形の顔が迫り、細く長い紫色の舌がアーベルの唇を舐め、強く噛み締めた歯列をなぞった。大きな手が強い力で顎関節を掴み上げ、無理やり神父の顔を上げさせる。苦痛に顔を歪め、かすかに開いた口内に、待っていたと言わんばかりに異形の舌がするりと入り込んだ。恐ろしいほどに長い舌がアーベルの舌に巻きつき、ざりざりとしごき立てる。その濡れた感触と甘い吐息にぞくぞくと背筋を震わせ、彼は抵抗すらできないままに口内を好きなように蹂躙された。

  性交は勿論、口づけすらも初めてだった。上顎の窪みや舌の裏をちろちろと舐められて、そこが性感帯だと生まれて初めてアーベルは知った。いや、意識には刷り込まれているのか、彼の濡れた男根は熱く勃ち上がり、コートの裾をはしたなく持ち上げていた。

  異形は掴んでいた手首を離し、深く口づけたままアーベルを抱き締め、大きな両手で肉付きのいい尻を服の上から揉みしだいた。それだけでも身体の奥から甘い刺激が沸き起こり、アーベルは瘧にかかったように震えた。

  しゅるしゅると舌が巻き取られ、神父の身体が寝台に投げ出された。我に返って身を起こそうとしたが、既に異形は彼の背中の上に乗り上げてびくともしない。異形は暴れるアーベルの両腕を軽く捻り上げると落ちていた帯で強く縛り上げ、その身体を持ち上げて背後から抱き込んだ。耳元でくつくつと喉を震わせて笑う声がする。

「まだ抵抗する気かい。お前の身体にもたっぷりと思い出させてあげないといけないね」
「やめろっ……!」

  異形の大きな手がアーベルの逞しい胸板を撫で回し、そのままコートに手をかけた。身持ちの固さを表す大量のボタンが弾けとび、板張りの床に硬い音を立てて飛び散り、アーベルは絶望した。手は白いシャツの上から胸をまさぐり、つんと薄い布の下から自己主張する尖りを繊細な手つきでつまみ、優しく撫で回した。

「っ……!?」

  甘く切ない痺れが思わぬところから湧き起こり、アーベルは身を震わせた。今までに意識したこともない器官から確実な快感を覚え、否定するように強く目を閉じて首を振るが、理性とは裏腹に屹立はひくひくと悦び震えていた。

  指先が尖りを弾き、摘み上げ、撫で上げる度に、アーベルは息を詰めて身をよじる。少しでも油断すればいやらしい声をあげてしまいそうだった。嘘だ。嘘だ。こんなのは。背中を預けた異形に頭頂を擦り付け、必死に快楽に耐えるアーベルの顔を可笑しげに眺めていた異形だったが、ついにその手は服の下に潜り込み、直にその肌に触れた。

「よせっ……!」

  しっとりとした異形の手が脇腹や臍を撫で、服をめくり上げながらじわじわと胸の先へと迫っていく。逞しい胸板が露わになり、淡い褐色の乳輪を指先が撫でた。震える息を吐きながらもアーベルの潤んだ目は異形の手を追いかけている。小さいながらも固く勃起した赤みがかった乳首に指先が触れた。

「くうっ……!」
「我慢などしなくていいぞ。いつものようにいやらしい声を聞かせておくれ」

  優しさすら感じる異形の声が耳元で囁かれる。くりくりと指先が乳首をいじり、アーベルは切なさに顎を仰け反らせた。胸を弄ばれているのに何故か腹の奥から甘い快楽が湧き起こり、引き締まった腹筋を絶え間なく引きつらせる。

「ひいぃっ……!」

  異形の細く長い舌がアーベルの耳の穴に侵入し、彼は思わず悲鳴を上げた。くちゅくちゅ、かさこそと防ぎようのないいやらしい音が頭に響き渡る。ぞりぞりと柔らかな舌が耳の中を出入りし、痛みのような快感のような混乱する感覚に襲われ、アーベルは自らの不用意な動きから鼓膜を守るために、ただ身を硬くして、震えて耐えるしかなかった。

  その間も異形の指先はアーベルの小さな尖りを弄び続けている。乳輪ごとつまみ、飛び出した乳首を指先でくりくりといじると、ついに持ち上がった黒いコートに恥ずかしい染みがじわりと広がり始めた。しゅるりと舌を引っ込めると異形は笑う。

「いつもながらお前は濡れやすいな。どれ、こちらも可愛がってやろう」
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