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魂の捕食者
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――そろそろお前を迎えに行くよ。
「……っは!」
目覚めたアーベルは汗にまみれた身体を湿った寝台から引き起こした。迎えに行く? もやもやとした夢の残滓は瞬く間に雲散霧消し、最後に誰かに言われたらしいその言葉だけが残った。いや、思い返そうとした瞬間にその言葉すら消えた。彼は溜め息をつき、寝台を下りようとして、今日もまた下着が汚れていることに気づいて赤面しながら眉をしかめた。
このところ、毎朝のように夢精によって下着が濡れているのだった。確かにまだ精力に溢れる年代とはいえ聖職に就く者が何と情けない。性欲は悪だ。これはまだまだ信仰が足りていない証拠なのだ。そう戒めて欲に濡れた下着を脱ぎ去り、着替えや手拭いを持って中庭に出た。
早朝の光に照らし出された薄明るい教会の庭にはまだ人っ子一人いなかった。村の人々が身の回りの世話をしてくれるために朝から来てくれるのだ。アーベルは安堵の息をつき、井戸の脇でおもむろに寝巻き替わりの裾の長いチュニックを脱ぎ、全裸になった。薪割りや力仕事の手伝いなど、日々の奉仕で鍛えられた分厚い肉体が日の光に照らされ、短く刈り上げられた金の髪がきらきらと光る。
脱いだ服などを脇のベンチに置き、一瞬息をつめると井戸から汲んだ冷たい水を頭からかぶる。濡れた下着と汚れた性器を情けない面持ちで清め、手拭いで身体中の水分を拭き取ると、清潔な下着とズボンを履き、上半身はそのままに倉庫へと向かった。
壁に立てかけてあった斧を手に取り、台の上に丸太を置くとおもむろに振りかぶる。背中や腕に力がこもり、木の割れる乾いた音が中庭に響いた。まだ早朝ではあったが、山の中腹にぽつんと建った教会では、このような大きな音を立てても誰にも迷惑はかからない。慣れた手つきで新たな丸太を置き、アーベルは日課に専念し始めた。
しばらくして、再び清めた身体を手拭いで拭きながらアーベルが部屋に戻ってきた。濡れた服や下着を汚れ物の籠に放り込み、白いハイネックのシャツの上から裾の長いワンピース状の聖職者用のコートを纏う。前面にずらりと並ぶボタンを留め終え、腰で帯を結び、姿勢を正した。そこにはいつもの温和で清らかなアーベル神父の姿があった。
これから彼は聖堂で神に祈る。その後は麓の村を回って人々の話を聞き、困っていることがあれば手を差し伸べる。それが聖職者たるアーベルの日課であり、無償の奉仕は義務だった。
***
一日の仕事を終え、村の娘たちから貰った名も知らぬ大量の白い花を教会の自室の花瓶に飾る。わざわざ自分のために昼間摘んでおいてくれたのだという。爽やかな花の香りが部屋に溢れ、アーベルは微笑んだ。だが、それもすぐに曇る。
麓の村では獣に似た魔物が夜中に家畜を襲うという事件がここ最近多発していた。村では男たちを中心に自警団を組織し、アーベルも含め先程まで松明を片手に村を見回っていたのだった。幸い今日は何も見当たらなかった。それに、国中を回る薬屋の話では、他のところでは魔物の被害はここ以上だと聞いた。
これも自分たちの信仰心が厚いおかげだろう。一日の無事を神に感謝し、眠りにつくために腰の帯を解いたその時だった。
「――神父様、神父様」
ほとほとと扉が叩かれ、低い男の声がアーベルを呼ぶ。こんなところまでわざわざ呼びに来るとは、まさか魔物が出たのだろうか? 彼は手にしていた帯を寝台に投げると、誰何することもなく、急いでノブに手をかけた。
開いた先の暗闇から、花の香りをかき消すほどの腐った果実のような甘ったるい香りが溢れ出した。この香り、どこかで嗅いだことがある――。そうアーベルが思った時、闇から二本の節ばった大きな手が現れ、彼の頬を包んだ。その手の感触に総毛立ちながら目を見開く。
「お前を迎えに来たよ」
闇はそう囁いて、くつくつと笑った。
「……っは!」
目覚めたアーベルは汗にまみれた身体を湿った寝台から引き起こした。迎えに行く? もやもやとした夢の残滓は瞬く間に雲散霧消し、最後に誰かに言われたらしいその言葉だけが残った。いや、思い返そうとした瞬間にその言葉すら消えた。彼は溜め息をつき、寝台を下りようとして、今日もまた下着が汚れていることに気づいて赤面しながら眉をしかめた。
このところ、毎朝のように夢精によって下着が濡れているのだった。確かにまだ精力に溢れる年代とはいえ聖職に就く者が何と情けない。性欲は悪だ。これはまだまだ信仰が足りていない証拠なのだ。そう戒めて欲に濡れた下着を脱ぎ去り、着替えや手拭いを持って中庭に出た。
早朝の光に照らし出された薄明るい教会の庭にはまだ人っ子一人いなかった。村の人々が身の回りの世話をしてくれるために朝から来てくれるのだ。アーベルは安堵の息をつき、井戸の脇でおもむろに寝巻き替わりの裾の長いチュニックを脱ぎ、全裸になった。薪割りや力仕事の手伝いなど、日々の奉仕で鍛えられた分厚い肉体が日の光に照らされ、短く刈り上げられた金の髪がきらきらと光る。
脱いだ服などを脇のベンチに置き、一瞬息をつめると井戸から汲んだ冷たい水を頭からかぶる。濡れた下着と汚れた性器を情けない面持ちで清め、手拭いで身体中の水分を拭き取ると、清潔な下着とズボンを履き、上半身はそのままに倉庫へと向かった。
壁に立てかけてあった斧を手に取り、台の上に丸太を置くとおもむろに振りかぶる。背中や腕に力がこもり、木の割れる乾いた音が中庭に響いた。まだ早朝ではあったが、山の中腹にぽつんと建った教会では、このような大きな音を立てても誰にも迷惑はかからない。慣れた手つきで新たな丸太を置き、アーベルは日課に専念し始めた。
しばらくして、再び清めた身体を手拭いで拭きながらアーベルが部屋に戻ってきた。濡れた服や下着を汚れ物の籠に放り込み、白いハイネックのシャツの上から裾の長いワンピース状の聖職者用のコートを纏う。前面にずらりと並ぶボタンを留め終え、腰で帯を結び、姿勢を正した。そこにはいつもの温和で清らかなアーベル神父の姿があった。
これから彼は聖堂で神に祈る。その後は麓の村を回って人々の話を聞き、困っていることがあれば手を差し伸べる。それが聖職者たるアーベルの日課であり、無償の奉仕は義務だった。
***
一日の仕事を終え、村の娘たちから貰った名も知らぬ大量の白い花を教会の自室の花瓶に飾る。わざわざ自分のために昼間摘んでおいてくれたのだという。爽やかな花の香りが部屋に溢れ、アーベルは微笑んだ。だが、それもすぐに曇る。
麓の村では獣に似た魔物が夜中に家畜を襲うという事件がここ最近多発していた。村では男たちを中心に自警団を組織し、アーベルも含め先程まで松明を片手に村を見回っていたのだった。幸い今日は何も見当たらなかった。それに、国中を回る薬屋の話では、他のところでは魔物の被害はここ以上だと聞いた。
これも自分たちの信仰心が厚いおかげだろう。一日の無事を神に感謝し、眠りにつくために腰の帯を解いたその時だった。
「――神父様、神父様」
ほとほとと扉が叩かれ、低い男の声がアーベルを呼ぶ。こんなところまでわざわざ呼びに来るとは、まさか魔物が出たのだろうか? 彼は手にしていた帯を寝台に投げると、誰何することもなく、急いでノブに手をかけた。
開いた先の暗闇から、花の香りをかき消すほどの腐った果実のような甘ったるい香りが溢れ出した。この香り、どこかで嗅いだことがある――。そうアーベルが思った時、闇から二本の節ばった大きな手が現れ、彼の頬を包んだ。その手の感触に総毛立ちながら目を見開く。
「お前を迎えに来たよ」
闇はそう囁いて、くつくつと笑った。
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