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隷属
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「アンタは俺たちの英雄だ」
決勝戦の相手にとどめを刺し、興奮しきった歓声の中、控室に戻ってきた俺にそう言ったのは、地下闘技場内でよく見かける痩せっぽちの死体拾いだった。看護士が俺の脚にできていた傷に小さなデバイスを触れさせ、治療を施す。デバイスが触れた先から肉が盛り上がり、みるみるうちに傷を塞いで行った。治癒デバイスは負傷者の生命力に働きかけて治癒を促進するものだ。余程の重傷や致命傷でなければ、あっという間に傷は塞がる。
だが、治癒が容易になってしまったおかげで、俺たち剣闘士なんて職業奴隷が生まれてしまったと言っても過言ではない。最初は皆VRの残酷な仮想ショーで満足していた。だが、広がりすぎた貧富の差と刺激に飢えたお大尽サマの欲望がマッチし、人間同士が生身で戦う格闘ショーが地下で密かに始まった。
金持ち連中は観戦と賭博だけに飽き足らず、戦士奴隷を自ら所有し、育て始めた。それらを競わせる流血ショーは、莫大な金が動く一大事業へと発展した。そして、多少の傷なら治る、というその事実がショーをどんどん過激にさせていった。客はすぐに治る怪我程度では満足できなくなったのだ。
欠損や殺害による血みどろの決着に観客は酔いしれた。制限時間いっぱいの泥試合などをやらかそうものなら、死体拾いに格下げされても文句は言えない。ちなみに闘技中の死亡は事故として処理されるので、倫理的にも人権的にも何ら問題はない。そもそも死ぬのは奴隷なのだ。その奴隷を所有していたお大尽サマの懐は多少痛むかもしれないが、それ以外には何も支障はない。
地下闘技場での流血デスマッチ。それが今、金持ち連中の間で最もウケのいい娯楽となっている。おかげで剣闘士の入れ替わりは激しく、いつの間にか俺が一番の古株となっていた。まだ文明が発達していなかった古代にも、これと似たような残酷な娯楽があったと聞いた。その時代は殺しても殺しても掃いて捨てるほど奴隷がいたのだろうか。それとも、その時代から人間は本質的に変わっていないということか。
治療が終わり、看護士が部屋を出て行った。壁一面のモニターには俺の主人が優勝インタビューに答え、拍手喝采を浴びていた。俺を強くするためのケアや投資は欠かさないし、ファイトマネーの払いもいい、良い主人だと俺は思っている。俺が順当に勝ち続ける限り、途中で手放すこともないだろう。
看護士が出て行った後も、痩せっぽちの死体拾いはこちらを見つめたまま動かなかった。死体拾いは奴隷の中でも性処理奴隷に次いで最下層と言える。俺も昔は死体拾いだった。そこから実力で這い上がり、こうしてトップの座にいる。
奴隷から市民になるには、剣闘に勝ち続けて殿堂入りするか、主人の寵愛を受けて性奴隷から引き上げてもらうかぐらいのものだ。後者は主人がよほどの物好きでなければそうそう起こることはない。かと言って、俺たちの場合も今のところ前例は二件しかない。だが、その二人はそれまでのファイトマネーで御殿を建てたという噂があった。殿堂入り前の俺でも、「完全な自由」以外の欲求ならわりと通る。美味い飯も食えるし女も抱ける。それを考えると噂には真実味があるように思えた。
殿堂入りは剣闘士、ひいては死体拾いの憧れであり、今最もそれに近い立場にいる俺を「英雄」などと持ち上げる気持ちは分からなくもない。しかし――。
「……くだらん」
死体拾いが飛び上がった。頭から頭陀袋を被った死体拾いの表情は見えないが、緊張しきっていたのだろう。憧れだの何だのと言うが、俺は結局ただの奴隷だ。主人に研いだ牙も向けず、勝利し続けて殿堂入りとなり、市民IDと大金と自由を掴み取るその日まで黙々と死体を増やす、それだけの存在だ。
「アンタを見てると……希望が湧いてくるんだよ。いつか俺も、きっと、って……」
頭陀袋に二つ空いた穴からキラキラとした青い目がこちらを見つめていて、ひどく居心地が悪い。俺はお前が憧れを抱くような存在じゃないんだ。よせ、やめろ――。
「……っら! ご主人様の凱旋だろうが! 寝てんじゃねぇぞ!」
無防備なところに思い切り腰を蹴られ、痛みでまどろみから意識が浮上した。寝台と便所と簡易シャワーだけが設えられた小部屋に、大男ばかりが五人どやどやと入ってきた。中でも一際大きく逞しい体格の赤毛の男――俺を蹴った奴が歩み寄り、長く伸びた俺の金髪を掴んで引き起こした。血腥い匂いが鼻を突く。
「今日も俺が優勝だ! 勇者様にご奉仕しろよ、負け犬」
歯を剥き出して笑うと、赤毛は既に勃ち上がった股間に、髪を掴んだまま俺の顔を擦り付けた。服の上からでもひどく饐えた臭いがして鼻が曲がりそうだが、同時に頭に霞もかかり始める。眉をしかめた俺を寝台に叩きつけ、赤毛は上機嫌で服を脱ぎ始めた。こいつは試合の後はいつもこうだ。血に酔った興奮を、俺にぶつけてくる。
赤毛に連れられた他の男たちが俺の身体に手をかけた。赤毛の手に落ちて、もうどれくらい経ったか数えるのも止めてしまったが、まだまだ身体は頑健だ。その辺の雑魚に負ける気はしない。だが、中途半端な長さの鎖で繋がった手枷で後手に縛られ、足首から先を失くしてまともに立ち上がることもできない俺に、複数人相手に抵抗する術はなかった。
決勝戦の相手にとどめを刺し、興奮しきった歓声の中、控室に戻ってきた俺にそう言ったのは、地下闘技場内でよく見かける痩せっぽちの死体拾いだった。看護士が俺の脚にできていた傷に小さなデバイスを触れさせ、治療を施す。デバイスが触れた先から肉が盛り上がり、みるみるうちに傷を塞いで行った。治癒デバイスは負傷者の生命力に働きかけて治癒を促進するものだ。余程の重傷や致命傷でなければ、あっという間に傷は塞がる。
だが、治癒が容易になってしまったおかげで、俺たち剣闘士なんて職業奴隷が生まれてしまったと言っても過言ではない。最初は皆VRの残酷な仮想ショーで満足していた。だが、広がりすぎた貧富の差と刺激に飢えたお大尽サマの欲望がマッチし、人間同士が生身で戦う格闘ショーが地下で密かに始まった。
金持ち連中は観戦と賭博だけに飽き足らず、戦士奴隷を自ら所有し、育て始めた。それらを競わせる流血ショーは、莫大な金が動く一大事業へと発展した。そして、多少の傷なら治る、というその事実がショーをどんどん過激にさせていった。客はすぐに治る怪我程度では満足できなくなったのだ。
欠損や殺害による血みどろの決着に観客は酔いしれた。制限時間いっぱいの泥試合などをやらかそうものなら、死体拾いに格下げされても文句は言えない。ちなみに闘技中の死亡は事故として処理されるので、倫理的にも人権的にも何ら問題はない。そもそも死ぬのは奴隷なのだ。その奴隷を所有していたお大尽サマの懐は多少痛むかもしれないが、それ以外には何も支障はない。
地下闘技場での流血デスマッチ。それが今、金持ち連中の間で最もウケのいい娯楽となっている。おかげで剣闘士の入れ替わりは激しく、いつの間にか俺が一番の古株となっていた。まだ文明が発達していなかった古代にも、これと似たような残酷な娯楽があったと聞いた。その時代は殺しても殺しても掃いて捨てるほど奴隷がいたのだろうか。それとも、その時代から人間は本質的に変わっていないということか。
治療が終わり、看護士が部屋を出て行った。壁一面のモニターには俺の主人が優勝インタビューに答え、拍手喝采を浴びていた。俺を強くするためのケアや投資は欠かさないし、ファイトマネーの払いもいい、良い主人だと俺は思っている。俺が順当に勝ち続ける限り、途中で手放すこともないだろう。
看護士が出て行った後も、痩せっぽちの死体拾いはこちらを見つめたまま動かなかった。死体拾いは奴隷の中でも性処理奴隷に次いで最下層と言える。俺も昔は死体拾いだった。そこから実力で這い上がり、こうしてトップの座にいる。
奴隷から市民になるには、剣闘に勝ち続けて殿堂入りするか、主人の寵愛を受けて性奴隷から引き上げてもらうかぐらいのものだ。後者は主人がよほどの物好きでなければそうそう起こることはない。かと言って、俺たちの場合も今のところ前例は二件しかない。だが、その二人はそれまでのファイトマネーで御殿を建てたという噂があった。殿堂入り前の俺でも、「完全な自由」以外の欲求ならわりと通る。美味い飯も食えるし女も抱ける。それを考えると噂には真実味があるように思えた。
殿堂入りは剣闘士、ひいては死体拾いの憧れであり、今最もそれに近い立場にいる俺を「英雄」などと持ち上げる気持ちは分からなくもない。しかし――。
「……くだらん」
死体拾いが飛び上がった。頭から頭陀袋を被った死体拾いの表情は見えないが、緊張しきっていたのだろう。憧れだの何だのと言うが、俺は結局ただの奴隷だ。主人に研いだ牙も向けず、勝利し続けて殿堂入りとなり、市民IDと大金と自由を掴み取るその日まで黙々と死体を増やす、それだけの存在だ。
「アンタを見てると……希望が湧いてくるんだよ。いつか俺も、きっと、って……」
頭陀袋に二つ空いた穴からキラキラとした青い目がこちらを見つめていて、ひどく居心地が悪い。俺はお前が憧れを抱くような存在じゃないんだ。よせ、やめろ――。
「……っら! ご主人様の凱旋だろうが! 寝てんじゃねぇぞ!」
無防備なところに思い切り腰を蹴られ、痛みでまどろみから意識が浮上した。寝台と便所と簡易シャワーだけが設えられた小部屋に、大男ばかりが五人どやどやと入ってきた。中でも一際大きく逞しい体格の赤毛の男――俺を蹴った奴が歩み寄り、長く伸びた俺の金髪を掴んで引き起こした。血腥い匂いが鼻を突く。
「今日も俺が優勝だ! 勇者様にご奉仕しろよ、負け犬」
歯を剥き出して笑うと、赤毛は既に勃ち上がった股間に、髪を掴んだまま俺の顔を擦り付けた。服の上からでもひどく饐えた臭いがして鼻が曲がりそうだが、同時に頭に霞もかかり始める。眉をしかめた俺を寝台に叩きつけ、赤毛は上機嫌で服を脱ぎ始めた。こいつは試合の後はいつもこうだ。血に酔った興奮を、俺にぶつけてくる。
赤毛に連れられた他の男たちが俺の身体に手をかけた。赤毛の手に落ちて、もうどれくらい経ったか数えるのも止めてしまったが、まだまだ身体は頑健だ。その辺の雑魚に負ける気はしない。だが、中途半端な長さの鎖で繋がった手枷で後手に縛られ、足首から先を失くしてまともに立ち上がることもできない俺に、複数人相手に抵抗する術はなかった。
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