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番外編08ぎこちないダンス(1)
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狩猟大会二日目、ライナスの到着を待つため、クルック家はまた忙しい朝を迎えていた。
馬の蹄の音が聞こえて、王家の馬車が到着する。馬車を降りたライナスは、フィルとカーティスを伴ってエルシーのもとへすぐにやってきた。エルシーは意識して作った笑顔で、ライナスたちを労う。
「殿下、ようこそいらっしゃいました。お二人もようこそ」
「出迎え、ありがとう。エルシーの顔を見たら、移動の疲れもすっかりどこかへ行きましたよ」
ライナスは笑顔でそう言って、カーティスとフィルは頭を恭しく下げた。
「それは、よかったです……」
いつもなら恥ずかしくなってしまうようなライナスの言葉なのに、なぜか今は素直に受け取れない。
スキルを利用するためだけに言っているのではとそんな考えが一瞬頭をよぎって、慌ててエルシーはかぶりを振った。
寝不足で少し調子が悪いのかもしれない。
ライナスは、そんなエルシーの肩に手を置いて、顔を真っ直ぐ覗き込む。すると、目元に隈がうっすらとあるのに気づいた。
「エルシー、アストリー嬢とはもう茶会を? あまり眠れていないようですが」
「……えぇ。でも、 殿下が心配するようなことは何もありませんでした。私は大丈夫です」
肩に置かれたライナスの手から逃れるように、エルシーは軽く身をよじって距離を取る。
ライナスに優しくされればされるほど、なぜか彼を信じられない気持ちが強くなっていく。
ジョエルが言ったようなことはないと分かっているし、否定する自分も確かにいるのに、今は何かとんでもないことを口走ってしまいそうだった。
「今日の狩猟が始まりますから、殿下もご準備を。お部屋へご案内いたします」
エルシーは、そのままライナスの視線から逃げるように背を向け、歩き始める。
調子が悪くとも、自分の役割だけは完璧にこなそうと、三人を案内をした後はすぐに部屋から退室し、ライナスの傍を離れた。
ライナスは何度かエルシーに話しかけようとしたものの、きっかけを掴めずにそのまま彼女を見送ることとなった。
◇
狩猟大会は二日間の日程で開催される。そのため、最終日でもある今日も、昨日のような晩餐会が開かれることになっていた。
近くの領地の貴族は、晩餐会に参加してそのまま自領へと戻り、遠くの領地の貴族はもう一泊して戻ることになっている。
二日目の晩餐会は、楽団も呼んで、ささやかな夜会のようなものになるので、使用人たちもエルシーたち女性陣も準備や支度に追われていた。
そうこうしている間に時間は矢のように過ぎ、男性たちが狩猟から帰ってくる時間になる。ライナスたちも戻ってきて、門の近くで獲物をクルック家の使用人に渡していた。
エルシーは、彼に労いの言葉をかけに行きたいのに、一歩がなぜか踏み出せずにその光景をただ遠くから見ていた。
「殿下、お疲れ様でございました」
ブレンダがライナスへ駆け寄る。濡れたハンカチをライナスに手渡して、汗や泥などの汚れを落とすように声をかけていた。
ライナスも大勢の人の前で無碍にすることもできず、それを受け取る。エルシーの周りにいた夫人や令嬢たちが、美男美女が揃った光景に思わず息を呑むのが分かった。
エルシーは言いようのない胸の痛みに襲われる。咄嗟に音もなくその場を離れ、何か手伝える仕事を探そうと屋敷の中へ入った。
「何か手伝えることはない?」
「お嬢様のお手をわずらわせるようなことはございません。夜会までゆっくりお過ごしくださいませ」
こんな時に限って、彼女にできそうな仕事はない。エルシーは自分の部屋まで戻り、夜会の時間になるのを、ただ一人で待った。
頭の中では先ほどの光景がずっと焼き付いて離れない。スキルだけで選ばれた自分と、美しいブレンダ。
ライナスにお似合いなのは、自分より高位の優秀で美しい令嬢なのではないか。そんな考えが、浮かんでは消えていった。
馬の蹄の音が聞こえて、王家の馬車が到着する。馬車を降りたライナスは、フィルとカーティスを伴ってエルシーのもとへすぐにやってきた。エルシーは意識して作った笑顔で、ライナスたちを労う。
「殿下、ようこそいらっしゃいました。お二人もようこそ」
「出迎え、ありがとう。エルシーの顔を見たら、移動の疲れもすっかりどこかへ行きましたよ」
ライナスは笑顔でそう言って、カーティスとフィルは頭を恭しく下げた。
「それは、よかったです……」
いつもなら恥ずかしくなってしまうようなライナスの言葉なのに、なぜか今は素直に受け取れない。
スキルを利用するためだけに言っているのではとそんな考えが一瞬頭をよぎって、慌ててエルシーはかぶりを振った。
寝不足で少し調子が悪いのかもしれない。
ライナスは、そんなエルシーの肩に手を置いて、顔を真っ直ぐ覗き込む。すると、目元に隈がうっすらとあるのに気づいた。
「エルシー、アストリー嬢とはもう茶会を? あまり眠れていないようですが」
「……えぇ。でも、 殿下が心配するようなことは何もありませんでした。私は大丈夫です」
肩に置かれたライナスの手から逃れるように、エルシーは軽く身をよじって距離を取る。
ライナスに優しくされればされるほど、なぜか彼を信じられない気持ちが強くなっていく。
ジョエルが言ったようなことはないと分かっているし、否定する自分も確かにいるのに、今は何かとんでもないことを口走ってしまいそうだった。
「今日の狩猟が始まりますから、殿下もご準備を。お部屋へご案内いたします」
エルシーは、そのままライナスの視線から逃げるように背を向け、歩き始める。
調子が悪くとも、自分の役割だけは完璧にこなそうと、三人を案内をした後はすぐに部屋から退室し、ライナスの傍を離れた。
ライナスは何度かエルシーに話しかけようとしたものの、きっかけを掴めずにそのまま彼女を見送ることとなった。
◇
狩猟大会は二日間の日程で開催される。そのため、最終日でもある今日も、昨日のような晩餐会が開かれることになっていた。
近くの領地の貴族は、晩餐会に参加してそのまま自領へと戻り、遠くの領地の貴族はもう一泊して戻ることになっている。
二日目の晩餐会は、楽団も呼んで、ささやかな夜会のようなものになるので、使用人たちもエルシーたち女性陣も準備や支度に追われていた。
そうこうしている間に時間は矢のように過ぎ、男性たちが狩猟から帰ってくる時間になる。ライナスたちも戻ってきて、門の近くで獲物をクルック家の使用人に渡していた。
エルシーは、彼に労いの言葉をかけに行きたいのに、一歩がなぜか踏み出せずにその光景をただ遠くから見ていた。
「殿下、お疲れ様でございました」
ブレンダがライナスへ駆け寄る。濡れたハンカチをライナスに手渡して、汗や泥などの汚れを落とすように声をかけていた。
ライナスも大勢の人の前で無碍にすることもできず、それを受け取る。エルシーの周りにいた夫人や令嬢たちが、美男美女が揃った光景に思わず息を呑むのが分かった。
エルシーは言いようのない胸の痛みに襲われる。咄嗟に音もなくその場を離れ、何か手伝える仕事を探そうと屋敷の中へ入った。
「何か手伝えることはない?」
「お嬢様のお手をわずらわせるようなことはございません。夜会までゆっくりお過ごしくださいませ」
こんな時に限って、彼女にできそうな仕事はない。エルシーは自分の部屋まで戻り、夜会の時間になるのを、ただ一人で待った。
頭の中では先ほどの光景がずっと焼き付いて離れない。スキルだけで選ばれた自分と、美しいブレンダ。
ライナスにお似合いなのは、自分より高位の優秀で美しい令嬢なのではないか。そんな考えが、浮かんでは消えていった。
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