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番外編02試験結果(1)
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あれから王国内は、王妃の死去の報せから、少しだけ暗い雰囲気となっていた。
ライナスは少しでもそんな国内を元気付けようと、各貴族の領地を順番に訪問することをトレイシーに提案した。
不幸な報せで気落ちしていた貴族や平民たちも皇太子がやってくることで、もてなしのためにお祭り気分となる。
国内にそうして少しずつ明るい雰囲気を取り戻す。それが今回の訪問の目的だ。
この取り組みは貴族や民衆からも好評で、今後、王になるライナスが改めて貴族たちと関係性を確認する良い機会でもあったのだが。
「ライナス皇太子殿下、本日は我がアストリー領にお越しいただきありがとうございます。こちらは、私の娘、ブレンダでございます」
「殿下、以前は歌劇場で偶然にもお会いできて、大変嬉しゅうございました。覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、まあ……」
ライナスは作り笑顔を貼り付けたまま、訪問先で待っていたアストリー公爵とその娘ブレンダに対応している。
ブレンダは以前、ライナスがナイフを投げられた歌劇場で話しかけてきた令嬢だ。色素の薄い金髪に、茶色の瞳をしている。
「すでに、娘をご存知でございましたか。これは失礼いたしました。親の目から見ても、娘は美しく、気立てもよく、教養もありまして……自慢の娘なのです」
「……お父さま、おやめくださいな」
父親の褒め言葉に、ブレンダは頬を染めてライナスを見つめた。褒められて満更でもなさそうな表情だ。
「なるほど。それはきっと素敵な婚約者が見つかることでしょうね」
ライナスは何も気づかなかったふりをして、表情を笑顔から変えることなく、話題を流した。
訪問に同行していたトレイシーは、そんなライナスの苛立ちに気づき、目の前の二人が早く話題を変えることを祈る。
実は、このような会話は、訪問を始めてから珍しくなく、何回か他の貴族からも聞いていた。
各貴族は、ちょうど今、エルシーが最終試験を受け終わり、不正を防止するために自分の屋敷にこもっていることを知っている。
その上で、試験に合格しなかった場合は、自分の娘を次の候補に押し上げようと今からアピールをしているのだ。
だから、この話題はエルシーが試験に合格せずに候補を失格になることが前提での話題となる。ライナスが機嫌が悪くなるのは無理もなかった。
「殿下、私……!」
ライナスが話を流そうとしていることに気づいたブレンダは、さらに言い募ろうとする。
トレイシーは、頭を抱えてため息をつきたいのを我慢した。可哀想だが、このご令嬢には、はっきりと伝えなければ分からないのだろう。
ライナスが静かに息を吸う音がした。
「……私は私の婚約者を信じています。ですので、これ以上のお話は聞けません。違う話題でしたら、ぜひお話しさせていただきたいですが、そうでなければ、この後も予定がありますのでお暇させていただきましょう」
ニコニコと表情は笑っているが、言葉の端々から、これ以上の会話をしたくないという意思がにじんでいる。
ブレンダは、ライナスの言葉に口を引き結び、悲しそうにうつむいた。
公爵は、もう帰ろうとしているライナスを引き留めようと、慌てて口を開く。
「ははは、殿下、そうですな。ご自身の婚約者を大切に想うのは当たり前のことでございます。ははは……ブレンダ、ここからは私だけで殿下の相手をするから、お前は退室しなさい」
「……はい、父上。殿下、失礼致しますわ」
ブレンダは、美しい所作で立ち上がり、部屋を出て行った。
◇
その後、ライナスたちは、アストリー公爵と会話をして屋敷を後にした。
そして、久々に城に戻ってくると、ライナスは執務室のソファに腰掛け、憂い混じりのため息をつく。
エルシーが試験を受けてから、二週間。
婚約者となってからこんなに長い期間会えないのは初めてだ。手紙のやり取りもできないため、会いたい気持ちばかりが募っていく。
「明日はやっと結果発表の日ですね、殿下」
「あぁ」
カーティスに話しかけられ、ライナスは少しだけ笑みを浮かべて頷いた。
「トレイシー、準備はできているか?」
「もちろん。こちらにございます」
トレイシーは手元に小箱を掲げる。事前にライナスが選んだ、エルシーに明日渡すための品だ。これを見て、彼女はどんな表情をするだろう。
ライナスは、エルシーに早く会いたいとそう願うのだった。
◇
「エルシー・クルック伯爵令嬢」
「はい」
「試験の結果、合格だ。これまでの努力を讃えよう。改めて、これからも息子を頼むよ」
「国王陛下、ありがとうございます。もったいないお言葉でございます。この結果におごらず、今後ともさらなる努力をすることを誓います」
広間には、国王、ライナスたち、講師たちが集まり、エルシーの試験結果が発表された。玉座に座る国王は、以前より少しだけ痩せたように見える。
多忙な国王は、笑顔でエルシーに祝福の言葉を贈ると、広間を後にしていった。
みなで、国王の退室を見送ってから、エルシーは教育を担当してくれた講師たちに祝福され、笑顔で頷く。
今日は、試験の結果発表日。試験後、しばらく登城しないようにと言われていたので、エルシーが王城に来るのは久しぶりだ。
結果発表に同席していたライナスは、立ち上がりエルシーに近づいた。
ライナスは少しでもそんな国内を元気付けようと、各貴族の領地を順番に訪問することをトレイシーに提案した。
不幸な報せで気落ちしていた貴族や平民たちも皇太子がやってくることで、もてなしのためにお祭り気分となる。
国内にそうして少しずつ明るい雰囲気を取り戻す。それが今回の訪問の目的だ。
この取り組みは貴族や民衆からも好評で、今後、王になるライナスが改めて貴族たちと関係性を確認する良い機会でもあったのだが。
「ライナス皇太子殿下、本日は我がアストリー領にお越しいただきありがとうございます。こちらは、私の娘、ブレンダでございます」
「殿下、以前は歌劇場で偶然にもお会いできて、大変嬉しゅうございました。覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、まあ……」
ライナスは作り笑顔を貼り付けたまま、訪問先で待っていたアストリー公爵とその娘ブレンダに対応している。
ブレンダは以前、ライナスがナイフを投げられた歌劇場で話しかけてきた令嬢だ。色素の薄い金髪に、茶色の瞳をしている。
「すでに、娘をご存知でございましたか。これは失礼いたしました。親の目から見ても、娘は美しく、気立てもよく、教養もありまして……自慢の娘なのです」
「……お父さま、おやめくださいな」
父親の褒め言葉に、ブレンダは頬を染めてライナスを見つめた。褒められて満更でもなさそうな表情だ。
「なるほど。それはきっと素敵な婚約者が見つかることでしょうね」
ライナスは何も気づかなかったふりをして、表情を笑顔から変えることなく、話題を流した。
訪問に同行していたトレイシーは、そんなライナスの苛立ちに気づき、目の前の二人が早く話題を変えることを祈る。
実は、このような会話は、訪問を始めてから珍しくなく、何回か他の貴族からも聞いていた。
各貴族は、ちょうど今、エルシーが最終試験を受け終わり、不正を防止するために自分の屋敷にこもっていることを知っている。
その上で、試験に合格しなかった場合は、自分の娘を次の候補に押し上げようと今からアピールをしているのだ。
だから、この話題はエルシーが試験に合格せずに候補を失格になることが前提での話題となる。ライナスが機嫌が悪くなるのは無理もなかった。
「殿下、私……!」
ライナスが話を流そうとしていることに気づいたブレンダは、さらに言い募ろうとする。
トレイシーは、頭を抱えてため息をつきたいのを我慢した。可哀想だが、このご令嬢には、はっきりと伝えなければ分からないのだろう。
ライナスが静かに息を吸う音がした。
「……私は私の婚約者を信じています。ですので、これ以上のお話は聞けません。違う話題でしたら、ぜひお話しさせていただきたいですが、そうでなければ、この後も予定がありますのでお暇させていただきましょう」
ニコニコと表情は笑っているが、言葉の端々から、これ以上の会話をしたくないという意思がにじんでいる。
ブレンダは、ライナスの言葉に口を引き結び、悲しそうにうつむいた。
公爵は、もう帰ろうとしているライナスを引き留めようと、慌てて口を開く。
「ははは、殿下、そうですな。ご自身の婚約者を大切に想うのは当たり前のことでございます。ははは……ブレンダ、ここからは私だけで殿下の相手をするから、お前は退室しなさい」
「……はい、父上。殿下、失礼致しますわ」
ブレンダは、美しい所作で立ち上がり、部屋を出て行った。
◇
その後、ライナスたちは、アストリー公爵と会話をして屋敷を後にした。
そして、久々に城に戻ってくると、ライナスは執務室のソファに腰掛け、憂い混じりのため息をつく。
エルシーが試験を受けてから、二週間。
婚約者となってからこんなに長い期間会えないのは初めてだ。手紙のやり取りもできないため、会いたい気持ちばかりが募っていく。
「明日はやっと結果発表の日ですね、殿下」
「あぁ」
カーティスに話しかけられ、ライナスは少しだけ笑みを浮かべて頷いた。
「トレイシー、準備はできているか?」
「もちろん。こちらにございます」
トレイシーは手元に小箱を掲げる。事前にライナスが選んだ、エルシーに明日渡すための品だ。これを見て、彼女はどんな表情をするだろう。
ライナスは、エルシーに早く会いたいとそう願うのだった。
◇
「エルシー・クルック伯爵令嬢」
「はい」
「試験の結果、合格だ。これまでの努力を讃えよう。改めて、これからも息子を頼むよ」
「国王陛下、ありがとうございます。もったいないお言葉でございます。この結果におごらず、今後ともさらなる努力をすることを誓います」
広間には、国王、ライナスたち、講師たちが集まり、エルシーの試験結果が発表された。玉座に座る国王は、以前より少しだけ痩せたように見える。
多忙な国王は、笑顔でエルシーに祝福の言葉を贈ると、広間を後にしていった。
みなで、国王の退室を見送ってから、エルシーは教育を担当してくれた講師たちに祝福され、笑顔で頷く。
今日は、試験の結果発表日。試験後、しばらく登城しないようにと言われていたので、エルシーが王城に来るのは久しぶりだ。
結果発表に同席していたライナスは、立ち上がりエルシーに近づいた。
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