王子に婚約を迫られましたが、どうせ私のスキル目当てなんでしょう?ちょっと思わせぶりなことしないでください、好きになってしまいます!

宮村香名

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「…………ぅう……」

 エルシーは再び目を覚まし、ゆっくり瞬きを繰り返す。状況は変わっていないが、ジョイや見張りのような人間はいないようだ。

 まだエルシーが解放されていないということは、ライナスは無事ということだろうか。部屋の中は相変わらず薄暗く、今がいつなのかも分からない。

 少しずつ頭がはっきりしてきて、暗闇の中でもぼんやりと周りが見えるようになった。

 腕と足を縛る紐を緩めようと動かしてみる。当たり前だが、解けそうにはなく、スキルで時間を止めることはできても、今のエルシーにできることなどない。

 ため息をついて、自分の情けなさに唇を噛み締めた。ライナスを助けるために婚約者候補になったというのに、こんなふうに捕まって足手纏いになっているなんて。

 薬の副作用かひどく頭も痛む。もう一度瞼を閉じて、痛みをやり過ごす。

 しばらくして頭痛が良くなってくると、エルシーはただここで無為に時間を過ごす自分に苛立ちを感じ始めた。

 紐が解けないくらいでなんだというのだ。ライナスに迷惑をかけていると思うのなら、今すぐここから抜け出して、犯人を突き出せばいい。

 そうすれば、ライナスが危害を加えられる前にジョイを止めることができるかもしれない。

 それに、ライナスには、エルシーがいなくなったのは王妃に会いに行った後だと護衛から報告がいっているはず。冷静に事を進められるライナスならきっと、すでに王妃やジョイを疑い、動き始めているに決まっている。

「弱気になっている場合じゃない」
 
 わざと声を出して、気合を入れる。できることを、できる限りしよう。弱音を吐くのも、諦めるのもその後でいい。

 太ももには護身用の短剣の存在を感じる。どうやら、ただの伯爵令嬢が刃物を持っているとは思われなかったようだ。

 時間がかかると、ジョイがまた様子を見にくる可能性がある。エルシーは、スキルを使った。これで、時間を気にせず、腕の紐とたたかえる。使えるものは全て使った。誰も見てはいないのだから。

 エルシーは歯を使って紐を引きちぎる。手首や口元が紐と擦れて傷ができるが、気にしている暇はない。少しずつロープが緩み始めた。手をきゅっと小さくして片手を抜く。

「よし!」

 ぱらりと紐がとれる。自由になった手で太ももの短剣を取り出し、足を縛っていた紐を切った。

 立ち上がると、壁伝いに歩き、出口と思われるドアの前に立つ。

 ノブを掴んで回して、押したり引いたり。押すと何かにぶつかる感触がする。

 時間を止めているせいかもしれないと、一旦エルシーはスキルを止めて、精一杯の力で押した。それでもドアは開かない。

「……開けられないように何かを置いてあるんだわ」

 あまり音を出すと、逃げ出そうとしていることを気づかれるかもしれない。エルシーはスキルをもう一度使う。

 どうにかしてここを開けなければ。時間が止まった状態で何度も体当たりすれば、スキルを止めた瞬間にたまった衝撃が一気に伝わり、外に置いてある何かが動いてドアが開くのではないか。

 エルシーはとりあえずやってみようと、ドアに体当たりを何度も何度も繰り返し始めた。

 ◇

 朝一番でライナスはフィルと共に王妃の部屋に向かっていた。

 王妃の部屋から執務室へ戻ってから、改めて犯人はジョイだという前提で各所に聞き取りをし直せば、ダルネルを乗せた御者は、女性でもおかしくない背格好だったと話した。

 さらに、ライナス達が劇場に行った日、一時的にジョイが王妃のそばから離れていたことも分かった。

 他にも、襲撃事件の後、捕まえられた男の元に秘密裏にジョイが訪れ、話を聞いていたことも明らかになった。

 それらの情報を元に、朝日が昇る前からトレイシーとカーティスは騎士団長の元に強制捜査の許可証を取りに行っていた。

 叩き起こすような時間だ。時間がかかるのは予測できるが、エルシーのこともある。ある程度待機したら、二人が戻らずとも突入する覚悟だった。

「まだ来ないか」
「……」

 隣にいるフィルは無言で頷く。フィルはスキルでこちらへ駆けてくる足音を聞き分けていた。

 時間は刻一刻と過ぎていく。ライナスは仕方ないと呟き、王妃の部屋の扉を叩こうと手を伸ばした。その手をフィルが止める。

「来たか?」
「おそらく」

 しばらくして、息を切らしたトレイシーの声が聞こえた。
 
「殿下! お待たせしました!」

 カーティスが走ってきて、ライナスに洋紙を渡した。さらに後ろから数人の騎士がこちらに向かっている。

「許可証とってきました!」
「はぁっ……かなり、無理を通しましたよ……!」
「よくやった、二人とも。ありがとう」

 ライナスは今度こそ、扉をノックする。返事はない。だが、こちらはもう捜査を許されているのだ。多少の無茶は許される。

「母上、あなたの護衛にある事件の嫌疑がかけられています。捜査にご協力を」
「……」
「呼吸音は聞こえます。中には確かに人がいるかと」
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