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24:覚醒

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「う……」

 エルシーは意識を取り戻して、ゆっくりと目を開けた。暗い場所で埃っぽい床に転がされているようだ。両手と両足はそれぞれ纏めるように縛られていて、身動きが取れない。

「ここは……どこ……?」

 意識を失う前のことを徐々に思い出していく。王妃に呼ばれ、話をして部屋を退出しようと思ったところで急に具合が悪くなり、意識を失ってしまったことを。

「起きましたか」

 芯のある女性の声が聞こえ、エルシーはそちらへ顔を向けた。誰かがそこにいる。その人物が手元の明かりを顔の近くに掲げた。顎ほどの長さのブラウンの髪が薄暗い中で光を反射する。

「ジョイ……?」
「はい」
「あなた、女性だったのね……」

 エルシーはジョイの中性的な容姿と護衛という肩書きから男性だと勝手に思い込んでいた。よく考えれば、ライナスが自分につけてくれたような女性の護衛もいるというのに。
 
「ええ。男性と思っていましたか?」

 頷けば、よく間違われますよと言って、特に表情も変えず、エルシーに近づいてくる。

「こ、来ないで!」
「スキルを使ったらどうでしょう? とても珍しい力なんでしょう。ぜひ見たいと思っていました」

 なぜスキルのことを知っているのか、エルシーは疑問を感じて眉を顰めた。

 すると、ジョイが膝をついて、エルシーの顔を覗き込む。エルシーはその顔を睨みつけ、ふっと既視感に襲われて目を見張った。

「あなた、歌劇場で……」
「気づかれましたか? ここまで顔を近づければさすがに分かりますよね」

 ニコッと作り笑いをするその顔は、歌劇場で配り物をしていた劇団員姿の女だった。護衛の姿の時は化粧もしていなかったのに、今は見事ともいうべきな化粧が施され、一目で女と分かる。
 
「あの時は驚かされましたよ。私の投げたナイフを消したスキル、ぜひ使ってみてください」
「……何の話か分からないわ」

 ライナスに向かってナイフを投げたのが目の前の人物だったことを確信する。ジョイは歌劇場でのナイフが消えるという不可思議な体験から、あの場にいた誰かがスキルを使ったのではないかと推測したのだろう。

 そして、今、一番弱いエルシーを攫い、口を割らせようとしている。

 エルシーは、絶対に何も話さないと、口を閉ざした。それを見て、ジョイは笑顔を消す。
 
「そうですか。身動きができなければ、使えないようですね。もしスキルが瞬間移動だったら、縛っても無駄かと思っていました。それとも、あれは、王子のスキルなんでしょうか」
「そんな夢物語、本当に信じているのはあなたくらいでしょうね」

 まだ、ジョイは、スキルを誰が使ったのか分かっていない。やはり、このまま知らないふりをするのが良さそうだ。
 
「随分と威勢のいいお嬢様ですね。まあ、何も話してくれなくても結構ですよ。とりあえず、王子から引き離すという目標はクリアしましたからね。式典が終わるまではここでゆっくりしていてください」
「私を引き離したってなんの意味もないわ。殿下の護衛は優秀ですもの」
「そうでしょうか?」

 エルシーの言葉に、ジョイは不敵に微笑んだ。

「あなたがよりにもよって式典前に行方不明になってくれたおかげで、王子は、自分の護衛も使って、捜索をしています。普段よりも狙いやすくて助かりますよ」

 と言いながらも、ジョイはまだ行動するつもりはなかった。明日の午後には、各国からの来賓などで外部の人間が城に多数出入りするようになるのだ。こんなに暗殺にふさわしい時があるのに、急いては事を仕損じるというものだ。
 
「確認するけれど、それは、今からライナス殿下の命を奪うということね?」
「そうですね」

 ライナスが自分を探してくれている。そして、優秀な護衛たちにまで本来の仕事ではないことをさせてしまっている。

 ジョイの嘘かもしれないが、エルシーは申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。これでは、ライナスを助けるどころか足手纏いだ。せめて、情報を聞き出せるだけ聞き出さなければ。
 
「誰の差金なの? それとも、あなた自身の願いなの?」
「私の質問には答えないのに、自分の質問には答えてもらえると思っているのですね?」
「……何も知らないのだから、答えようがないわ」

 一筋縄ではいくような相手ではないと、エルシーは頭をフル回転させる。

 倒れる寸前、部屋の中にいたのは、エルシーと王妃とジョイ。王妃が、エルシーが意識を失う前に心配してくれて声をかけてくれていたのは覚えている。この場合、二つの可能性が考えられる。

 それは、王妃がこの計画の首謀者でライナスの命を狙っている犯人であるという可能性とジョイが一人で暗殺計画を立て、実行しているという可能性だ。

 後者であればおそらく王妃も捕まっているか、すでに害されているかだが、今この空間にエルシーとジョイ以外の人の気配はなかった。
 
「ねぇ、私と一緒にいた王妃陛下はどうなったの? まさか、王妃陛下にも――」
「そんなことするわけないでしょう」
「え?」

 一段と低く、小さな声でつぶやかれた言葉と、殺意を感じる視線に、エルシーは身体中から冷や汗が出たのが分かる。

 すっかり威勢を失ったエルシーに、話はおしまいだというように、ジョイは急に立ち上がり、背を翻した。

「待ちなさい!」

 エルシーの声を無視して、水差しを取りに行く。眠らせる薬を混ぜるのも忘れない。準備が終わると、エルシーの元へまた戻る。

「また何か飲ませる気なの? 絶対に飲まないわ」
「……そうですか。絶対に飲んでもらいますけどね」

 口を引き結んで睨んでくるエルシーを無表情で見下ろし、膝をついてしゃがむ。そして、エルシーの鼻を強く摘んだ。

「!!」
 
 エルシーは、息のできない状況にスキルを使うか口を開けて呼吸するかの判断を迫られる。

 さっき分かったように、ジョイはまだライナスとエルシーどちらが邪魔をしたスキル持ちなのか分かっていない。ここでスキルを使えば、薬を飲む事は免れるだろう。ただ使ってしまえば、スキルはエルシーのものだと知られてしまう。

 さらに、ジョイが計画をいつ実行に移すかはエルシーには分からない。スキルがライナスのものかもしれないと思っているなら、暗殺にも慎重になるかもしれない。それなのに、真実を知ってしまえば、すぐにもライナスを――。

 そんなことは絶対にさせない。エルシーは薄く口を開いた。開いた口に空気が入ってきて苦しさが紛れた瞬間、水差しが傾き、水を流し込まれる。

 咳き込んで水を吐き出すエルシーをジョイは無表情で見つめ、また水差しを傾けた。
 
 いつのまにか、鼻を摘んでいた手は離され、水差しは空になっていた。ほとんどは咳き込んだ際にこぼれてしまったり、跳ね返ってエルシーのドレスの首元を濡らしたりしたが、確実に先ほどのお茶と同じくらいは飲み込んでいる。息を整えながら、ジョイを見上げた。

「……ジョイ、あなた……、王妃陛下の命でやっているのね……?」

 先ほど身の危険を感じた時に怯んで言えなかったことをエルシーは口にする。意識が無くなる前に、これだけは聞かなければ。
 
「……私としたことが、分かりやすくしすぎてしまいましたね」

 ジョイは鼻で笑って答える。その様子にエルシーは信じ難い現実を思い知る。あの優しい王妃がまさか、本当にライナスを殺すように頼んだとは。
 
「どうして……っ? なぜそんなことを……?」
「さて、薬が効くまで、昔話でもいたしましょうか、お嬢様」

 計画が無事に終わったら、婚約者を失った可哀想なこのお嬢様を口止めするために、王妃付きの侍女にでもして、頃合いを見て始末しよう。愛した王子の後追いなんて演出なら、ちょうどよいだろうか。

 そんなことを考えながら、ジョイはエルシーに読み聞かせでもするかのように語り始めた。
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