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19:観劇

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 歌劇場に着くと、ライナスたちは護衛の二人と共に王族専用の席へと案内された。ここでなら、いろいろと心配せずに安心して見られるだろうとエルシーはライナスの隣の席に座る。

 今日上演予定の劇は、隣国の内乱の際に引き裂かれた王子とその婚約者の話だ。内乱自体は本当に数十年前にあったことで、その記憶を後世に引き継ぐ目的もあるらしい。

 ブザーが鳴り、客席が暗くなり、緞帳が上がる。エルシーはあっという間にストーリーに引き込まれ、息を呑んで二人の行く末を見守った。

「脚本も演技も素晴らしいですね」

 休憩に入ると、ライナスが口を開いた。エルシーも頷く。

「少し外の空気を吸ってきます」
「いってらっしゃいませ」

 立ち上がって座席を離れるライナスの後をフィルが追う。エルシーは二人を見送った。

「私も少し動こうかな……」
「お供しますよ」

 座りっぱなしだったせいか、なんだかちょっと足がだるい。つぶやいた言葉に、カーティスが答えた。頷いてエルシーは立ち上がり、ライナスたちを追いかけるように席を後にした。

 観覧席の外のスペースは、同じく休憩をしに外に出てきた人や知り合いと会って立ち話に興じている人、配り物をしている劇団員がいる。見回すとさほど遠くない場所に、ライナスの後ろ姿が見えた。どうやら誰かと話していて立ち止まっているようだ。

 話し相手が気になって近づいていくと、相手は公爵家のご令嬢だった。エルシーは、何故か気まずい気持ちになり、歩みを止め、踵を返そうとした。瞬間、きらりと鈍く光る銀色が視界に入って、息を呑む。スキルを使わないと、それだけで頭がいっぱいになる。
 
 恐る恐る目を開けると、フィルに倒されて尻餅をついたライナスが空中を睨みつけている。そこには、細い投げナイフが二本浮かんでいた。フィルがいなければライナスに、エルシーがいなければフィルに確実に当たっていただろう。
 
「やっと尻尾を出したか」
「殿下、ご無事ですか!?」
「大丈夫です。エルシー、助かりました。おかげで、フィルも無傷です」

 突き飛ばした格好のまま固まっているフィルを見やって、ライナスはほっと息をつく。そして、埃を払いながら立ち上がると、空中に浮かんだままのナイフを掴み、回収した。

「飛んできたのはあちらの方向からですね」
「少し調べてみよう」

 二人でナイフが飛んできた方向に歩いて行き、人を確認する。
 
「男性はみんな向かい合ってお話しされてますね……。ナイフは投げられなさそうです」
「そうですね……。話している相手が協力者とかでなければ、ですが」
 
 ライナスは顎に手を当て、考え込む。まず、自分が席を離れたのは偶然で、公爵家令嬢に呼び止められたのも偶然だった。その偶然に合わせて、誰かが雇われていたとは考えづらい。ということは、もともと今日、ライナスがここに来ることを知っていて、狙われていた可能性が高い。

「あとは、劇団員くらいです」
 
 エルシーが指さした先には、帽子をかぶっているビラ配りの劇団員の女性がいる。まさかこのような女性がナイフ投げの特技を持っているとは思えない。

 その場から逃げようとする動きをしている者も見当たらず、これ以上は調べても意味がないだろうとライナスはエルシーにスキルを止めるよう頼んだ。

「ナイフを投げて、すぐ逃げたんでしょうか?」
「少し相手が上手でしたね……。このナイフから特定できることを祈りましょう」

 エルシーとライナスはスキルを使ったときにいた場所に戻り、その時と同じ姿勢をとる。そうしなければ、瞬間移動をしたように見えて周りを混乱させてしまうからだ。

 スキルを止めると喧騒が戻ってきた。フィルが飛んできたナイフがあったはずの方向を見て、あれ?と首を傾げて、ライナスに視線を移す。

「フィル、手を貸してくれ」
「もちろんです、殿下」

 ライナスはフィルの手を借りて立ち上がると、目を白黒させている令嬢に声をかけた。

「どうやら護衛が婚約者が近くにいるのを伝えようとして、足を滑らせたようです。驚かせてしまってごめんね」
「え、あ……いえ、お怪我はありませんこと?」
「あぁ、この通り。大丈夫」

 ライナスが肩越しに振り返り、エルシーを見る。その目が話を合わせて、と言っていた。

「エルシー、呼びにきてくれたのですか?」
「……はい! そうです」
「ということで、申し訳ないですが、お話はまたいつか」

 引き留めたそうにしている令嬢を置いて、ライナスがエルシーの元に戻ってきた。そして、そのままエルシーの手を取り、劇場内の席へと戻る。

「殿下、どういうことですか?」

 戻って早々、フィルが口を開いた。

「エルシーが助けてくれたんだ。ナイフはここにある」

 懐から細身のナイフを二本取り出し渡すと、フィルはすばやく自分の懐に隠す。劇場内が暗がりで助かった。

 ブザーが鳴って、後半が始まる。

 前半ほど集中することはできず、終幕となり、エルシーたちは劇場を後にした。

 ◇

 歌劇場から戻ってくると、すでに陽は沈んでいた。エルシーは、今日のことが気になりつつも、湯浴みや夕食など、寝るまでにすることがあるため、使用人に連れられ自室へ戻った。

「それで、これが飛んできたと」

 ライナスの執務室で、しげしげとカーティスが机に置かれた細身のナイフを見つめる。

「なーんか、特にこれといった特徴もないっすね」
「前回の短剣と合わせて、城下の店で聞き込みをするしかないか」

 ライナスの言葉に、ぎょっと視線を向ける。

「え! いくつあると思ってるんです、殿下!?」
「カーティス。無礼だぞ」

 トレイシーが、カーティスを、軽く睨んだ。
 
「トレイシー、いいんだ。分かっている」
「殿下、これも前回のものもありきたりな品です。有効な証言が見つかるかどうか」

 珍しくフィルが話に入ってきた。ライナスは口元に手を近づけて考え込む。

「トレイシー、事前に今日の私の予定を知っていた者は誰がいる?」
「そうですね……。城内にいる国王陛下、王妃陛下、ユージン殿下はご存知ではないでしょうか」
「……今日の奇襲は、私が席を離れなければおそらく難しかったはずだ。私の外出の予定を知っていて、あらかじめ計画して狙っていた者がいる。今日、城から出ていた男を探して欲しい。ダルネルの時と同じ人物かもしれない」
「かしこまりました」

 トレイシーが頷き、調査のための人員調整を始める。それを横目に、カーティスは気合を入れるように膝を叩いて、立ち上がると口を開いた。

「じゃあ、この武器の聞き込みは俺が担当しますよ。騎士団でも知ってるやつがいないか調べてみます」
「カーティス、助かるよ」
「いえいえ、今度こそ尻尾を掴んでやりましょう。フィル、殿下の護衛頼むぞ」
「言われるまでもない」

 部屋を出ていくカーティスを見送りながら、ライナスはカレンダーを見つめる。任命式まで約一ヶ月。エルシーとの約束の日は確実に近づいていた。
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