王子に婚約を迫られましたが、どうせ私のスキル目当てなんでしょう?ちょっと思わせぶりなことしないでください、好きになってしまいます!

宮村香名

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18:デート

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 任命式の日取りも決まり、教師陣のエルシーの教育にも熱が入る。各貴族についてや他国から招かれる来賓についてなど、学ぶことが次から次へと出てくるのだ。

 あと二ヶ月でお役御免となるかもしれないのに申し訳ないと思いつつも、手を抜けないエルシーは全力で勉学に励んでいた。

 そして、ライナスはいつも通り毎日、エルシーの勉強の手伝いで資料室を訪れていた。以前と違うのは、フィルを護衛として連れているというところだけだ。襲撃事件以降、ライナスが危険に晒されるようなことは起きていない。

 そうして忙しさに追われているとあっという間に時間が過ぎ去り、もう明日は約束していた観劇の日だ。エルシーの勉強が一段落すると、ライナスが話を切り出した。

「明日のことは、使用人たちに任せてありますから、服装などの心配はしなくて大丈夫です」

 急に城に滞在することになってから早一ヶ月。屋敷に戻れなかったため、エルシーは何着かドレスや私物を持ってきてもらってはいた。
 ただ、観劇となれば、ふさわしい服装といえるか自信はなかったのだ。ライナスの心遣いに素直に感謝した。
 
「ありがとうございます、殿下」
「いえいえ。少し驚かせるかもしれません」
「?」
「明日のお楽しみということで」

 首を傾げるエルシーに、ライナスは片目を瞑る。

 ◇
 
 次の日、エルシーは自分に着せられた服を見て、困惑していた。ドレスは、淡い黄色で貴族が着るというより、ちょっと羽ぶりのいい商家の娘が着るような簡素なデザイン。

 エメラルドグリーンの髪は、まとめるのではなく、後ろで三つ編みにされ、肩の方に垂らされている。どう見ても、観劇に行くような格好には見えない。

 それに、開場に合わせて以前の夜会のように長い時間をかけて準備をするのかと思いきや、すでにいつ出かけても良いような状態になっていた。

 驚くとはこのことかと思いながら、ライナスの待つ馬車まで使用人に案内される。そこには、いつもよりかなりラフな姿をしたライナスが腰に片手を当て、片足に重心をかけて立っていた。

 白いシャツに装飾のないグレーのベスト、揃いのグレーのスラックス。普段はネクタイやジャボで隠されていて見えない首元が今日は見えていて、何だかそわそわする。

「おはよう。エルシー、そのドレスもとてもよく似合うよ」
「おはようございます、殿下。あの、私たち、観劇に行くのですよね……?」
「もちろん。ただ、その前に少しだけ街歩きに付き合ってもらおうかなと」

 後ろに止まった馬車は、王家のものより幾分かグレードが下がっている。どうやら、お忍びで街を歩きたいらしい。

「ほら、時間がもったいない! 行こう!」

 ライナスに優しく手を引かれ、馬車に乗りこんだ。ほどなくして、町の大通りまで来ると、二人は馬車を降りる。馬を待機所に預けたフィルとカーティスも少し離れて二人の後を護衛としてついてきた。

 大通りは出店と、買い物や食事に来た客で大変賑やかだ。屋台のそばを通ると、いい匂いが鼻腔をくすぐった。エルシーはそれらを横目に、隣を歩くライナスに先ほどから聞きたかったことを尋ねた。

「この前の事件が解決もしていないのに、こんな風に歩き回るのは……。怖くないのですか?」
「ここ一ヶ月、がんばったエルシーに羽を伸ばしてもらいたいと思いまして。それに怖がっていても狙われる時は狙われます」
「やっぱり、危ないのではないですか。私のことなんて気にしなくていいのに」
「気にしますよ。私のためにエルシーが努力しているのだから」
「それは契約ですし……自分のためです」
「なるほど。では、私も街歩きは自分のためです。命を狙われて塞ぎ込んでいるのは、性に合わない。せっかくなら、楽しく、ね?」

 塞ぎ込んでるところなんて見たことないけどとエルシーは心の中で言い返し、ライナスから視線を逸らす。すると、ライナスがエルシーの手を取った。

「さて、エルシー、お腹は空いてますか?」

 肉串の屋台を指さして微笑むライナス。その笑顔があまりにも楽しそうで眩しい。

「一緒に食べませんか?」
「……分かりました。お付き合いいたします」

 すっかり毒気を抜かれて、エルシーは観念し、頷いた。
 
 近くにあったベンチに座って、フィルが買ってきてくれた肉串を頬張るライナスを見て、エルシーは少し驚いていた。一国の王子が、こんなふうに庶民の食事を楽しむとは。それにやけに手慣れている。エルシーが知らないだけで、時々、街に出ていたのだろう。

「私の分も食べたい?」

 気づくと、ライナスがエルシーに視線を向けている。ペロリと舌で自分の唇の端を舐める仕草に、なぜかまたそわそわした。

「ち、ちが……。そういうわけじゃ……」

 慌てて、自分の分にエルシーもかぶりつく。スパイスがしっかり効いていて、濃い味付けだが、それがすごくおいしい。そわそわしたのも忘れて、思わず頬が緩む。

「……食べている時のあなたは、いっそう可愛いですね」
「んくっ……!? からかわないでください!」

 ごくん、と飲み込み、ライナスに言い返す。相変わらず慣れないで、顔を赤くするエルシーに、ライナスは笑い声を漏らした。

 肉串以外にも甘い焼き菓子も食べて、ある程度お腹が満たされた二人は大通りを歩く。ライナスが欲しいものを見つけたのか、宝飾店を指差した。

「少し見てもいいですか?」
「えぇ、かまいません」

 店に入店すると、普通なら店員が駆け寄ってきそうなところだが、お忍びのためか自由に回って見ることができた。様々なアクセサリーは見るだけでも楽しい。展示された商品を二人で見ていると、店員が話しかけてきた。

「お連れ様に、何かお探しですか?」

 エルシーが見ているだけと慌てて答えようとすると、ライナスが頷いた。

「青い宝石のものでお勧めを出してくれないか」
「お待ちくださいませ」

 店員が奥に引っ込む。ライナスに向かってエルシーは殿下と話しかけようとして、口を閉じた。ここでそんな呼び方をしたら、ライナスが王子だと周りの人に気づかれてしまう。

 そんなことを考えているうちに、いくつかアクセサリーをトレイに乗せて店員が戻ってきた。

「何か気になる物ございましたら、お声がけください」

 ライナスはイヤリングやブレスレット、指輪を見つめて、それからエルシーに視線を移す。

「あの、お気になさらず。私は大丈夫です」

 どれもすごく可愛いとは思っているが遠慮するエルシーを笑顔でスルーして、店員に声をかけた。

「このイヤリングを」
「かしこまりました」
「えっ!」

 店の外に出ると、丁寧に包装された小箱の入った紙袋が差し出される。

「殿下、いただけません」
「では、期限までお貸しするということで。早速今日この後、つけてくれませんか? お互いこのままの格好では劇場に入れませんから、店を予約してあります。さあ、移動しましょう」

 有無を言わさず、袋を渡され、エルシーはライナスと次の店へと移動した。

 今度は完全に王家御用達のブティックだ。待ち受けていた店員がすぐに二人をそれぞれ別の場所に案内した。

 着ていたドレスは脱がされ、新しいドレスとなる。エルシーの髪色に合わせたような深緑のドレスに先ほど渡された青い小さな花をあしらったイヤリングを合わせることになった。お化粧や髪のセットも改めて施され、すっかり貴族の娘らしい雰囲気が戻ってくる。

 エルシーは鏡に映るイヤリングを見つめる。驚くほどしっくりと自分の耳に馴染むそれに、嬉しいような恥ずかしいようなそんな気持ちになる。慌てて、借り物だと自分に言い聞かせた。

 エルシーがブティックの控え室から出てくると、すでにライナスの準備は終わっていた。かっちりとした落ち着いた色のスーツだ。前髪を上げてセットしており、青い瞳がいつもより光を反射してきらきら輝いて見える。

 エルシーは差し出されたライナスの手を取り、微笑んだ。

「殿下、イヤリングもドレスも準備いただき、改めてありがとうございます」
「……やっと笑ってくれました」
「え?」
「エルシーは食事以外ではなかなか笑わないので、嬉しい」
「そ、そうですか?」
「うん」

 ライナスに真顔で頷かれ、エルシーは頬を片手で押さえる。そうだったかな、と思い返し、

「あの殿下、今の言い方だと、私が食い意地が張ってるみたいではないですか?」
「あー、課題が終わった時も笑ってるかな」
「もう!」

 なんだかおもしろくなってしまって、しばらく二人は顔を見合わせて笑い合った。
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