11 / 48
10:看破
しおりを挟む
ニナのためにスキルを使った時、平然を装っていたが本当は怖かった。スキルを使うことはもちろん、スキルを止めることができるか不安だった。けれど、隣でショックを受けている友人を見せ物にするような二人を許すこともできなかった。
結果的にうまくいって、ちょっとの達成感をエルシーに感じさせてはくれたが、彼女の根本的なスキルへの考えを変えるようなことはなく。
「私は、私のスキルを信じられません……」
話を聞いているうちに、随分体調が良くなってきたライナスは、不安げに揺れるエルシーのグレーの瞳を見て、口を開いた。
「エルシー、今……スキルを使ってくれませんか?」
「……今、ですか?」
エルシーは首を傾げる。今使ったところで、何に役立つのだろう。話をしている間、ずっと重ねられていたライナスの手に力が入る。
「使ってみて」
有無を言わさぬ雰囲気に、エルシーはおずおずと頷き、集中した。心の中で三秒数える。
スキルが発動して、時が止まった。先ほど幼い頃の話をしたせいか、エルシーの手は無意識に震えてしまう。
視線を手元に落とし、震えを止めるために力を入れようとした瞬間、ただ重ねられていたはずの手が指と指を絡めるように繋がれた。
「エルシー」
信じられない気持ちでその光景を見ていたエルシーは、名を呼ばれて顔を上げる。澄み切った青い瞳とぶつかった。
「え……?」
「私のスキルは、他者のスキルを感知するだけではなく、看破する……そういう力です」
「看破……?」
「あのパーティーの時から……もしかしたら、とは思っていましたが。エルシーのスキルは看破したので、もう私には効かない……ということのようですね」
「……殿下は全て見てらっしゃったんですか?」
「えぇ……。実はエルシーだけが動いているのを見ていました」
あの一部始終を見られていたと聞き、エルシーは急に恥ずかしくなる。
「これで、スキルを使っても……エルシーは1人ではありません」
繋がれた手は温かく、手の震えもおさまっていく。
「もしスキルを止めることができなくなったら……私のところへ。力になります」
スキルを使えば、エルシーは誰にも助けを求められなかった。自分だけがずっと頼りで。
「もう、恐れなくていいんです。私を頼ってください」
柔らかく微笑むライナスに、涙がこぼれそうになるのを見せまいとエルシーは顔を伏せ、小さな声でお礼を告げた。そして、集中してスキルを止める。また時間が動き出した。
繋がれていた手が解かれて、なんだか居た堪れない気持ちになったエルシーは、隣の部屋にいるトレイシーにライナスの体調が良くなってきたことを伝えに行こうと立ち上がった。
「ドラン様に、報告してきます。殿下はまだ休んでいてくださいね」
「わかりました」
部屋から出ていくエルシーを途中まで目で追い、ライナスは目を瞑った。
「泣いてくれても良かったのに」
強い意志の宿った瞳、こちらを睨みつけるような瞳、真面目でまっすぐな瞳、不安げな瞳、そして笑顔。きっとまだ自分の知らないエルシーがいる。その全てを見てみたいと思っている自分が案外嫌ではない。ライナスは、わずかに笑みをこぼした。
◇
エルシーが執務室に戻ると、トレイシーが使用人から報告を受けていた。エルシーもライナスの様子を報告し、この後どうするか思案する。そして、今日のことを言い訳に課題をやらないわけにもいかないだろうと、いつも通り資料室でレポート作成に励み、屋敷へ帰宅した。
事の顛末としては、毒を仕込んだ使用人は見つからず、何も解決はしなかった。カーティスが調べにいった調理場からすでに使用人が1人消えてしまっていたのだ。
昼食の準備が終わった後、火の後始末をしていて火傷をし、城下の医者に見せにいくと出ていったという。話を聞いてすぐに追いかけさせたが、途中で足取りが追えなくなった。
大々的に捜索をすることもできたが、皇太子となる可能性が高いライナスが害されたことを広めることになる。それは、同じ城内で過ごす王族はもちろん、貴族たちまでもを混乱させ、事態を悪化させる可能性があるため、信用できる範囲の人員で処理することとなった。
まだ本調子ではないライナスに代わり、トレイシーが中心となって対応に当たっている。
ライナスは執務室の外を眺めながら、これまでの騒動についてじっくりと考えていた。全てが失敗に終わった今、敵方はそろそろ毒では始末できないことに気づいただろう。新しい方法でライナスの命を狙ってくるはずだ。
夕陽が地平線に落ちていく。じわりじわりと、あたりが暗くなっていった。
結果的にうまくいって、ちょっとの達成感をエルシーに感じさせてはくれたが、彼女の根本的なスキルへの考えを変えるようなことはなく。
「私は、私のスキルを信じられません……」
話を聞いているうちに、随分体調が良くなってきたライナスは、不安げに揺れるエルシーのグレーの瞳を見て、口を開いた。
「エルシー、今……スキルを使ってくれませんか?」
「……今、ですか?」
エルシーは首を傾げる。今使ったところで、何に役立つのだろう。話をしている間、ずっと重ねられていたライナスの手に力が入る。
「使ってみて」
有無を言わさぬ雰囲気に、エルシーはおずおずと頷き、集中した。心の中で三秒数える。
スキルが発動して、時が止まった。先ほど幼い頃の話をしたせいか、エルシーの手は無意識に震えてしまう。
視線を手元に落とし、震えを止めるために力を入れようとした瞬間、ただ重ねられていたはずの手が指と指を絡めるように繋がれた。
「エルシー」
信じられない気持ちでその光景を見ていたエルシーは、名を呼ばれて顔を上げる。澄み切った青い瞳とぶつかった。
「え……?」
「私のスキルは、他者のスキルを感知するだけではなく、看破する……そういう力です」
「看破……?」
「あのパーティーの時から……もしかしたら、とは思っていましたが。エルシーのスキルは看破したので、もう私には効かない……ということのようですね」
「……殿下は全て見てらっしゃったんですか?」
「えぇ……。実はエルシーだけが動いているのを見ていました」
あの一部始終を見られていたと聞き、エルシーは急に恥ずかしくなる。
「これで、スキルを使っても……エルシーは1人ではありません」
繋がれた手は温かく、手の震えもおさまっていく。
「もしスキルを止めることができなくなったら……私のところへ。力になります」
スキルを使えば、エルシーは誰にも助けを求められなかった。自分だけがずっと頼りで。
「もう、恐れなくていいんです。私を頼ってください」
柔らかく微笑むライナスに、涙がこぼれそうになるのを見せまいとエルシーは顔を伏せ、小さな声でお礼を告げた。そして、集中してスキルを止める。また時間が動き出した。
繋がれていた手が解かれて、なんだか居た堪れない気持ちになったエルシーは、隣の部屋にいるトレイシーにライナスの体調が良くなってきたことを伝えに行こうと立ち上がった。
「ドラン様に、報告してきます。殿下はまだ休んでいてくださいね」
「わかりました」
部屋から出ていくエルシーを途中まで目で追い、ライナスは目を瞑った。
「泣いてくれても良かったのに」
強い意志の宿った瞳、こちらを睨みつけるような瞳、真面目でまっすぐな瞳、不安げな瞳、そして笑顔。きっとまだ自分の知らないエルシーがいる。その全てを見てみたいと思っている自分が案外嫌ではない。ライナスは、わずかに笑みをこぼした。
◇
エルシーが執務室に戻ると、トレイシーが使用人から報告を受けていた。エルシーもライナスの様子を報告し、この後どうするか思案する。そして、今日のことを言い訳に課題をやらないわけにもいかないだろうと、いつも通り資料室でレポート作成に励み、屋敷へ帰宅した。
事の顛末としては、毒を仕込んだ使用人は見つからず、何も解決はしなかった。カーティスが調べにいった調理場からすでに使用人が1人消えてしまっていたのだ。
昼食の準備が終わった後、火の後始末をしていて火傷をし、城下の医者に見せにいくと出ていったという。話を聞いてすぐに追いかけさせたが、途中で足取りが追えなくなった。
大々的に捜索をすることもできたが、皇太子となる可能性が高いライナスが害されたことを広めることになる。それは、同じ城内で過ごす王族はもちろん、貴族たちまでもを混乱させ、事態を悪化させる可能性があるため、信用できる範囲の人員で処理することとなった。
まだ本調子ではないライナスに代わり、トレイシーが中心となって対応に当たっている。
ライナスは執務室の外を眺めながら、これまでの騒動についてじっくりと考えていた。全てが失敗に終わった今、敵方はそろそろ毒では始末できないことに気づいただろう。新しい方法でライナスの命を狙ってくるはずだ。
夕陽が地平線に落ちていく。じわりじわりと、あたりが暗くなっていった。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】触れた人の心の声が聞こえてしまう私は、王子様の恋人のフリをする事になったのですが甘々過ぎて困っています!
Rohdea
恋愛
──私は、何故か触れた人の心の声が聞こえる。
見た目だけは可愛い姉と比べられて来た伯爵家の次女、セシリナは、
幼い頃に自分が素手で触れた人の心の声が聞こえる事に気付く。
心の声を聞きたくなくて、常に手袋を装着し、最小限の人としか付き合ってこなかったセシリナは、
いつしか“薄気味悪い令嬢”と世間では呼ばれるようになっていた。
そんなある日、セシリナは渋々参加していたお茶会で、
この国の王子様……悪い噂が絶えない第二王子エリオスと偶然出会い、
つい彼の心の声を聞いてしまう。
偶然聞いてしまったエリオスの噂とは違う心の声に戸惑いつつも、
その場はどうにかやり過ごしたはずだったのに……
「うん。だからね、君に僕の恋人のフリをして欲しいんだよ」
なぜか後日、セシリナを訪ねて来たエリオスは、そんなとんでもないお願い事をして来た!
何やら色々と目的があるらしい王子様とそうして始まった仮の恋人関係だったけれど、
あれ? 何かがおかしい……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる