王子に婚約を迫られましたが、どうせ私のスキル目当てなんでしょう?ちょっと思わせぶりなことしないでください、好きになってしまいます!

宮村香名

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09:小さいエルシー

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 その日は、なんだか朝からむしゃくしゃする一日だった。嫌いな食べ物が朝食に出て、母と喧嘩をしたり、午後の乗馬練習に付き合ってくれると約束していた父親が仕事を優先して、エルシーとの約束を破ったり、機嫌を取ろうとやってきた使用人がつまらなくて、八つ当たりしたりした。
 だから、少しだけみんなを困らせようと思ったのだ。部屋を飛び出し、庭の背の低い茂みの後ろに隠れ、みんないなくなっちゃえ、と膝を抱え座り込んだ。
 ふと気づくと、周りから音が消えていることに気づいた。風は止んでおり、緑が擦れる音もしない。なんだか怖くなって、エルシーは屋敷の中に戻った。
 玄関ホールの時計は、エルシーが屋敷を飛び出した時間のままだ。近くにいる女性の使用人は、掃除をする姿勢のまま、立ち止まっている。

「ねぇ」

 話しかけても、エルシーの方を見ようともしない。無理に手を引っ張ってもまるで動かない。
 振り向いてまた時計を確認する。秒針が動いていないことに、エルシーは気づいた。何かがおかしいと、幼いながらに理解する。

「どういうこと……?」

 一目散に、母親の部屋へと走る。途中に出会う使用人は誰も彼も動かない。エルシーを呼び止め、走ったことを注意することもない。
 部屋の前まで来ると、なんとかノブを回そうとドアの前で必死に飛び上がる。何度か繰り返して、やっと手が届きドアが開いた。
 息を切らしながら、部屋へ入ると、母親は読書をする姿勢のまま、固まっていた。

「お母さま! ねぇ! 動いてよ!」

 母のそばまで行き、本を持つ腕を揺する。ぽとり、と本が落ちた。それが合図のように、エルシーの瞳から大粒の涙が溢れる。そして、母親の傍で叫びながら泣き続けた。
 
 どうして誰も動かないの?
 このままずっとひとりぼっちなの?
 みんな死んじゃったの?
 私も死んじゃうのかな……。
 嫌いなものもちゃんと食べるから、
 お仕事をがんばるお父さまにありがとうって言うから、
 みんなを困らせたりしないから、
 誰か助けて……。

 泣き疲れて少しだけ眠っていたようだ。エルシーは体を起こした。お腹がぐーと鳴る。食べ物を探しに、ふらふらと歩き始めた。
 けれど、幼い子どもの手が届く場所に食べ物はなく、エルシーは屋敷の中を探し回った。階段を登り、今度は父親の執務室に入ろうとするが、ドアノブにどうしても手が届かない。
 諦めて、階段を一段一段降りる。ふらふらしていたせいか、足を踏み外してしまった。階段下に全身を打ちつけ、エルシーは強い痛みに気を失った。

 ◇

 ぼんやりと、老年の男性の声が聞こえる。父と母の声も。エルシーはゆっくりと瞳を開いた。

「エルシー!」

 母親がいち早く気づき、ベットの上のエルシーを覗き込む。父親もすぐにそばに来た。

「お母さま……。お父さま……」
「あぁ、良かった……! 目を覚ましてくれて……!!」

 体が自由に動かせず、ズキズキと痛む。けれど、動いている父親と母親の姿にエルシーは安堵してまた泣いた。そして、泣きながら意識を失う前のできごとを話そうとする。

「エルシー。今はゆっくり休むんだ。大丈夫。一人にはしないからね」

 父親がかけてくれた言葉に、エルシーは安心して再び眠るのだった。


 
 幸運にもエルシーの怪我は打撲で済んだ。頭も打っておらず、しばらく体があちこち痛かったが、すぐに動けるようになった。

 父親と母親は、エルシーに何があったのか、事情を聞き出し、使用人たちにも話を聞いた。
 使用人たちによると、あの日のエルシーは部屋を出て、すぐに階段から落ちたということだった。部屋を飛び出したと気づいた瞬間、階段の方から大きな物音と悲鳴がしたという。まるで、瞬間移動のようだったと。

 そして、時が止まっている間にエルシーに引っ張られた使用人は、急に引っ張られた感じがしてそのままホールの床に倒れてしまったと話した。

 エルシーの母親も、いつのまにか本が落ちており、誰もいないはずなのに何かに身体を揺すられる感覚がするという不思議な体験をしていた。

 父親と母親は、使用人とエルシーの話をそれぞれ聞き、エルシーにスキルが発現したのだと確信した。二人は幼いエルシーに、スキルの説明をし、屋敷の外で使わないこと、家族以外には秘密にすることを約束させた。

 そして、スキルを使いこなす訓練をしようと提案もした。エルシーはすっかり自分のスキルが怖いものだと思っていて、使うこと自体を嫌がった。

「また使おうと思っていないのに、スキルを使ってしまって、大事なエルシーに何かあったらと思うと怖いんだ」
「でも……みんな死んじゃったみたいで……怖いの……」

 ぎゅっと母親の手を握り、抱きつく。

「わかった。無理強いはしない。けれど、スキルを使ってしまった時のために、止める合図を決めよう」

 父親は、心を落ち着かせ集中して、みんなが動くようにと強く念じて手を叩こうと提案した。エルシーはそれに小さく頷いた。それを見て、父親はエルシーの頭を撫でる。
 
 その後も意図せずにスキルを使ってしまい、エルシーは何度も時の止まった世界に一人、閉じ込められた。その度に父親の言葉を思い出し、集中してから、一度手を叩き――いつしかそれは指をパチンと鳴らす方法へと変わっていった。
 ただ、どれだけスキルを使いこなせるようになっても、一人ぼっちになる恐怖感は薄れることはなかった。
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