王子に婚約を迫られましたが、どうせ私のスキル目当てなんでしょう?ちょっと思わせぶりなことしないでください、好きになってしまいます!

宮村香名

文字の大きさ
上 下
8 / 48

07:王子の推理

しおりを挟む
 夜会の次の日、いつも通り午前中は講義を受けると、作法のレッスンは休みだと言われた。これからは三日に一度、作法抜きの普通の昼食になるという。トレイシーの素早い対応にエルシーは感謝した。
 ダンスレッスンも終わり、次の芸術の授業の講師を待っていると、エルシーの元にライナスの部屋の前でいつも見張りをしている青年がやってきた。

「ライナス殿下がお呼びです。この後の授業は休みとなりました」
「分かりました」
「ご案内いたします」

 青年に連れられ、ライナスの執務室に向かう。無言で歩いていくこと数分で目的地に辿り着いた。
 
「殿下、クルック嬢をお連れいたしました」
「入れ」

 執務室には、ライナス、トレイシー、カーティスが揃っていた。ライナスは執務机に、トレイシーとカーティスはソファに向かい合ってかけている。

「トレイシーの隣にどうぞ」

 ライナスに促されて、エルシーもソファに座る。護衛の男は、扉の近くで待機するように立っていた。

「さて、エルシー、今日はあなたと同じくスキルを所持している者を紹介させてください」
「はい」
「全部で三人います」
「……え?なんだか少ないような……」

 もっとたくさんの人数がいるのかと勝手に想像していたエルシーの素直な感想に、ライナスは苦笑する。
 
「スキルを持つ人材自体が貴重なのです」
「なるほど」
 
 そう言われてみれば、エルシー自身、これまで出会った人の中でスキルを持っていると分かっているのはライナスくらいだ。それも、教えられたから知っているというだけで。
 
「ということは、ここにいる人はみな、スキル持ちということですか?」
「いえ、私はスキルはありません。スキルを持つのは、殿下とカーティス、フィルです」

 トレイシーが、エルシーの質問に答えた。

「フィル様……?」
「そこに立ってるやつですよ」

 カーティスが扉の近くに立つ青年を指差す。

「俺と同じく、殿下の護衛です。あっちは騎士団ではないですけどね」
「フィル、まだ自己紹介してなかったのか」

 ライナスが困ったようにフィルに視線を向ける。黒い短髪に、ブラウンの瞳を持つフィルは、エルシーに近づき、右手を自身の胸に当てる。

「フィル・ストーンと申します。殿下専属の護衛を務めております。挨拶が遅れ、申し訳ありません」
「いえ、私もお聞きしなかったですから。ご存知かと思いますが、エルシー・クルックです」
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」

 エルシーが返事をすると、そそくさとフィルは元いた扉の近くに戻っていく。先ほど歩きながらでも自己紹介できたというのに、仕事中は、私語をしないタイプなのだろうか。

「フィルは、言葉が少ないのでよく誤解されますが、エルシーを嫌っているわけではないですから、気に病まないでください」
「俺と同じくらいすごく強い男だから、クルック嬢も安心するといいですよ」

 ライナスとカーティスのフィルをフォローするような言葉に、エルシーは頷く。

「あと、もう一人は王城の医局にいます。そちらは、また後日ということで。……今後、協力していく上でスキルの開示は避けられないですから、それぞれ紹介をしましょう」
「じゃあ、俺から。俺のスキルは必中のスキルです。弓でも槍でも撃ったり投げたものは必ず的に当てることができます」
「……僕は、聞き耳で、自分の聞きたい音をどんなに離れていても聞き取ることができます」
「二人を組ませれば、闇討ちなんて成功しないというわけです」
「すごいですね……。私、必要なのでしょうか……?」

 トレイシーの言葉に、エルシーは自分の存在意義に疑問を持つ。ライナスはエルシーに向かって微笑む。

「必要ですよ。エルシーも紹介を」
「……私のスキルは、自分以外の人や物の時を一時的に止めるものです。時を止めている間は私だけは自由に行動することができます」
「へぇ。いろいろと使い所のありそうなスキルじゃないですか」

 カーティスの言葉に、エルシーはそうですかね、と曖昧に微笑んだ。二人のスキルのように、ライナスの役に立ちそうには思えないのだが。
 そんなエルシーの様子を見て、ライナスは話題を次に進める。

「では、紹介しあったところで、エルシー、昨日会った弟についてお話しさせてください」
「ユージン様のことですか?」
「えぇ。ユージンというより、ラブキン卿が問題なのです」
「ダルネル・ラブキン様が……?」

 ラブキン公爵家は、トレイシーのドラン公爵家と並ぶ名家だ。広い領地を持っており、その経営で代々優秀な功績をおさめている。エルシーは、ユージンを心配して、手を引くダルネルを思い出す。

「クルック嬢。ダルネルは、ラブキン公爵家の三男になります。今は、ユージン様にいたく気に入られ、教育係を任されていますが、それまでは、言い方は悪いですが、長男や次男が優秀なせいか、あまり目立たない男でした」
「母上の茶会で知り合ったのがきっかけだと聞いています。そのラブキン卿が、私の命を狙っている犯人ではないかと疑っているのです。私を亡き者にしてしまえば、ユージンを皇太子にして、その後見に立つことができるでしょうから」
「ユージン様は利用されているということですか?」
「その可能性が高いというだけです。弟を疑いたくはないですが、警戒するようにしてほしい」
「わかりました」

 エルシーが頷くと、ライナスは少し微笑むが、すぐに俯き顔を歪めて、徐に手を首に当てた。トレイシーが真っ先に異変に気づく。

「殿下? ご気分が悪いのですか?」
「……あぁ……。先ほどからあまり体調が良くない気はしていたが……。フィル、毒味係の様子を見てきてくれないか?」
「殿下!?」

 指示を聞いて、フィルがすぐに部屋を出ていき、トレイシーは絞り出すように話すライナスの側へ駆け寄った。

「どうやら……またやられたらしい……。医局のアルフに目立たぬよう連絡を」
「分かりました。急ぎ手配します。カーティス、殿下を隣の寝室へ運んでください」
「殿下、失礼しますよ」

 カーティスの肩を借りて、ライナスが立ち上がる。エルシーは、突然の出来事にその場を動くことができず、呆然としていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

何もかも失った没落令嬢は国を捨てるついでに追放された王子を拾う

ツルカ
恋愛
没落した令嬢エミリア。国内に居場所を失くし他国を目指す途中で、追放された元王子を言葉通り森で拾う。 孤独と心の傷を抱えたエミリアだったがそれは元王子シュリオンも同じ。 心を通わせ合った二人が、理不尽な運命に抗いながら、成長し生き抜く話。 (*これは三万字の短編版です。短編で綺麗に完結しますが、現在長編版への改稿作業で悩んでいるので感想やご意見など参考になり助かります。)

婚約者様は大変お素敵でございます

ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。 あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。 それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた── 設定はゆるゆるご都合主義です。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

処理中です...