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白狐のルリ(2)
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人間に捕らわれて数日が経ったが、私を食べるどころか、彼は美味しい食事を用意してくれたり、広々とした場所に専用の塒を作ってくれた。
ここには自分達を襲いに来る捕食動物もいない。とても居心地のいい空間に、私は次第にずっとここに居られたらいいのにと、思うようになっていた。
皆に武尊と呼ばれている人間は、いつも優しい手で私を撫でてくれて、彼の胸に抱かれると良い匂いがした。
「お前の毛艶は凄く綺麗だなぁ……」
うっとりとした瞳で私を見つめ、何かを言いながら尻尾の毛を何度も撫でる彼に、御返しで毛繕いをしてあげたくなるけど、彼には自分達のような毛が頭上にしかない。
以前、頭に乗って毛繕いをしてあげようとしたら、凄く怒られたので、もう二度としないと自分に誓った。
こんなに幸せでいいのかな、と次第に彼に対して胸が熱くなるような想いを寄せるようになった。
数ヶ月が経った頃。近頃は食べる物を持って来ることも無くなり、お腹が空くことが多くなって来た。
たまに食事が運ばれてくるけど、あの武尊と呼ばれていた人間ではない人間が面倒臭そうに、放るように食べ物を投げて来る。
目を細めこちらを睨んだ後、人間はそそくさと出て行った。
姿が見えなくなるのを確認してから、もらった食べ物を口にしたが、以前とは違い、あまり美味しくないし、彼の顔が見れなくて寂しいと思う。
――どうして来てくれないの……?
武尊に会えなくても、仕方がないと慢していたけど、ある日、どうしても彼に会いたくて塒から抜け出した。
誰にも見つからないように、こっそりと彼の居そうな場所を探したが「きゃぁー!」と叫び声が聞えて吃驚する。
「どうした⁉」
「あ、あなた、獣が家の中をうろついてるわ!」
「ッ、武尊の愛玩じゃないか」
「もう、あの子ったら……、ちゃんと世話すると言ってたのに飽きっぽいんだから!」
見たことの無い人間に首を摘ままれて、息苦しくて私は暴れた。
そんなふうにされたら息苦しくて死んでしまうから離して欲しいと懸命に足をバタバタさせたら、人間が「痛っ!」と叫んだ。
ようやく息苦しさから逃れることが出来たので、その隙に急いで塒へと走ったが、人間は追いかけて来て、何度も何度も私の体を叩いた。
痛くて、痛くて涙がたくさん出て、あの武尊という人間に早く助けに来て欲しかったけど、彼は来てくれなかった。
それから数日が経った頃、食べる物も無くて、お腹も空いて、どうしようもなく悲しくなる。
次第に私の視界はぼやけて、もう疲れたと思った時、久しぶりに武尊と呼ばれている人間がやってきた。
私の体を持ち上げると籠の中に入れ、何処かへ運ばれているのを感じた。
武尊という人間は、以前のように私の体を撫でてはくれず、少し不機嫌そうに見える。
ふと、気が付けば懐かしい森の景色が視界に飛び込んで来て、彼が「この辺りだったか?」と言う。もう一人の人間が「左様です」と言葉を返すのを聞き、武尊は食べる物を地面へ置いた。
私をその近くへと降ろし、「よし、じゃあ元気でね」と武尊は一緒に来た人間と、森の外へ出て行ってしまった。
追いかけて行きたかったけど、力が入らず、食べ物を食べる気力も無く、私の意識は、すーっと暗闇へと溶けて行った。
どのくらい気を失っていたのか、久々に聞える知った声にハッとする。
「あ、目が開いた!」
「ルリ! 心配してたのよ! 今までどうしてたの!」
母と兄が私の体を懸命に毛繕いしていた。
鼻を擦り合わせながら涙を流す母に、「ごめんなさい」と謝ったが、どうやってこの巣穴まで来たのか不思議に思い、「誰が見つけてくれたの?」と言えば、三匹とも小首を傾げた。
「朝、巣穴の前に居たんだ、お前が自分で帰って来たんだろ?」
「え……」
置き去りにされた場所は、この巣穴からはかなり離れていたはずだった。
誰かが運んでくれたのは間違いないと思う。でも、いったい誰が運んでくれたのだろう? 家族の誰でも無い者がこの巣穴を知っているとは思えず、私は頭を悩ませた。
久々に会う家族にほっとしたが、兄達は目を吊り上げると尖った口先を開いた。
「それで、今までどうしてた?」
ニ番目の兄に問い詰められ、私は正直に話をした。
「そっか人間に捕まってよく無事だったな、あー、そうそう、雨季には婚儀だから、今日からは一杯食べて体調を整えろよ」
「や、やだ、わたし……お嫁に行きたくないよ」
「散々好き勝手して、我儘言うのも大概にしろ!」
兄に叱られて、しゅんと体を丸めた。
我儘なのかな……、と私は嫁ぎに行きたくないことが我儘だとは思えず、どうして自分ばかり、と納得が出来なかった。
それにあの武尊と呼ばれていた人間に、もう一度会いたくて胸がずきずきして、そのせいで涙が溢れて止まらなかった。
ここには自分達を襲いに来る捕食動物もいない。とても居心地のいい空間に、私は次第にずっとここに居られたらいいのにと、思うようになっていた。
皆に武尊と呼ばれている人間は、いつも優しい手で私を撫でてくれて、彼の胸に抱かれると良い匂いがした。
「お前の毛艶は凄く綺麗だなぁ……」
うっとりとした瞳で私を見つめ、何かを言いながら尻尾の毛を何度も撫でる彼に、御返しで毛繕いをしてあげたくなるけど、彼には自分達のような毛が頭上にしかない。
以前、頭に乗って毛繕いをしてあげようとしたら、凄く怒られたので、もう二度としないと自分に誓った。
こんなに幸せでいいのかな、と次第に彼に対して胸が熱くなるような想いを寄せるようになった。
数ヶ月が経った頃。近頃は食べる物を持って来ることも無くなり、お腹が空くことが多くなって来た。
たまに食事が運ばれてくるけど、あの武尊と呼ばれていた人間ではない人間が面倒臭そうに、放るように食べ物を投げて来る。
目を細めこちらを睨んだ後、人間はそそくさと出て行った。
姿が見えなくなるのを確認してから、もらった食べ物を口にしたが、以前とは違い、あまり美味しくないし、彼の顔が見れなくて寂しいと思う。
――どうして来てくれないの……?
武尊に会えなくても、仕方がないと慢していたけど、ある日、どうしても彼に会いたくて塒から抜け出した。
誰にも見つからないように、こっそりと彼の居そうな場所を探したが「きゃぁー!」と叫び声が聞えて吃驚する。
「どうした⁉」
「あ、あなた、獣が家の中をうろついてるわ!」
「ッ、武尊の愛玩じゃないか」
「もう、あの子ったら……、ちゃんと世話すると言ってたのに飽きっぽいんだから!」
見たことの無い人間に首を摘ままれて、息苦しくて私は暴れた。
そんなふうにされたら息苦しくて死んでしまうから離して欲しいと懸命に足をバタバタさせたら、人間が「痛っ!」と叫んだ。
ようやく息苦しさから逃れることが出来たので、その隙に急いで塒へと走ったが、人間は追いかけて来て、何度も何度も私の体を叩いた。
痛くて、痛くて涙がたくさん出て、あの武尊という人間に早く助けに来て欲しかったけど、彼は来てくれなかった。
それから数日が経った頃、食べる物も無くて、お腹も空いて、どうしようもなく悲しくなる。
次第に私の視界はぼやけて、もう疲れたと思った時、久しぶりに武尊と呼ばれている人間がやってきた。
私の体を持ち上げると籠の中に入れ、何処かへ運ばれているのを感じた。
武尊という人間は、以前のように私の体を撫でてはくれず、少し不機嫌そうに見える。
ふと、気が付けば懐かしい森の景色が視界に飛び込んで来て、彼が「この辺りだったか?」と言う。もう一人の人間が「左様です」と言葉を返すのを聞き、武尊は食べる物を地面へ置いた。
私をその近くへと降ろし、「よし、じゃあ元気でね」と武尊は一緒に来た人間と、森の外へ出て行ってしまった。
追いかけて行きたかったけど、力が入らず、食べ物を食べる気力も無く、私の意識は、すーっと暗闇へと溶けて行った。
どのくらい気を失っていたのか、久々に聞える知った声にハッとする。
「あ、目が開いた!」
「ルリ! 心配してたのよ! 今までどうしてたの!」
母と兄が私の体を懸命に毛繕いしていた。
鼻を擦り合わせながら涙を流す母に、「ごめんなさい」と謝ったが、どうやってこの巣穴まで来たのか不思議に思い、「誰が見つけてくれたの?」と言えば、三匹とも小首を傾げた。
「朝、巣穴の前に居たんだ、お前が自分で帰って来たんだろ?」
「え……」
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誰かが運んでくれたのは間違いないと思う。でも、いったい誰が運んでくれたのだろう? 家族の誰でも無い者がこの巣穴を知っているとは思えず、私は頭を悩ませた。
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「それで、今までどうしてた?」
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「そっか人間に捕まってよく無事だったな、あー、そうそう、雨季には婚儀だから、今日からは一杯食べて体調を整えろよ」
「や、やだ、わたし……お嫁に行きたくないよ」
「散々好き勝手して、我儘言うのも大概にしろ!」
兄に叱られて、しゅんと体を丸めた。
我儘なのかな……、と私は嫁ぎに行きたくないことが我儘だとは思えず、どうして自分ばかり、と納得が出来なかった。
それにあの武尊と呼ばれていた人間に、もう一度会いたくて胸がずきずきして、そのせいで涙が溢れて止まらなかった。
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