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白狐のルリ(1)

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 狩りの練習中、くわっと大きな欠伸をしていると、背後から私の耳をツンと兄が突ついてくる。
 「ルリ、そんなに、のんびりしてたら、いつまで経っても捕まえられないぞ」
 そう言って小さな鼻息を吹き掛け、小言を言うのは二番の兄だ。
 白狐族の中でも純血と名高い私達の一族は、源緑げんりょくの森と呼ばれる場所が縄張りだった。
「獲物が取れないってことは死を意味するんだ。死んでもいいのか?」
 私の耳をパタンと折るように、兄が前足で突いて来る。
 意地悪ばかりしてくる兄に抵抗するように噛みついたり、ごろんごろんと寝転がっていると母に、「いい加減にしなさい」と二匹で怒られる。
「ごめんなさい」
「ごめん」
 二匹して同時に謝ると、自分達の背後にいた一番年上の兄がくすくす笑っていた。

 一番上の兄がすっと横へ来ると、乱れた私の頬毛をペロンと舐めながら、綺麗に尖った口元を緩ませて、「ルリは黒狐くろこの元へお嫁に行くのだから、狩なんて出来なくてもいいよ」と言って兄が微笑む。
「わたし、お嫁に行くの?」
「爺様との約束なんだってさ」
 上の兄は、寂しそうに私を見つめると、そう言った。
 どうやら母から生まれた最初の雌は、黒狐へ嫁ぐことを祖父が約束したのだと教えられて、私は不満の声をあげた。
「黒狐って、あの野蛮種やばんしゅでしょう? そんな所に行くのヤダ……」
 私の我儘を聞いた二番の兄がぎょっとした顔を見せるとツンとした鼻をこちらへ向ける。
「馬鹿なこと言うな、黒狐は妖力も並外れていると聞いているし、嫌がってるなんて聞かれたら、お前だけじゃなく俺達だって無事じゃ済まされないんだぞ」
「うん……」
 二番目の兄に言われて、私は慌てて口を閉じた。

 白狐と違い二回りも大きな体を持つ黒狐は狩も性格も荒々しく、口元は常に血で汚れていると噂に聞く。
 全身が黒い毛なのは、返り血を目立たなくさせるためだと言われており、狐族の中で一番の権力を持っていた。
 しかも黒狐族は妖力も高く、人に化けることも出来ると言う。瞬時に恐ろしい風貌を思い描き、私は体をぶるりと震わせた。そんな野蛮な種族に嫁ぐのが嫌で、慌てて巣穴から飛び出すと、必死に狩の練習をすることにした。
 しばらく狩に夢中になっていると、巣穴から随分と離れてしまったことに気が付く。
 ――あまり離れると怒られる。
 さっと振り返り、来た道を戻る道中、不意にカサカサ動く草花に気が付き、鼠かも? と勢いよく飛び込んだけど、その瞬間、足を何かに捕まれ「ギャゥッ!」と鳴き声が出てしまった。
 ――やだ、やだ、痛い、離して!
 身体をバタバタさせても、まったく離してもらえず、恐ろしくなる。
 鳴き声を聞いて母か兄が泣き声を聞いて助けに来てくれるかも知れないと、私はとにかく大声で泣き叫んだ。

 どのくらい時が経過したのか、捕まれた足が痺れて感覚が無くなっていくのを感じる。しかも大きな声で鳴き続けているせいか頭も朦朧もうろうとしてしまい、意識が途切れ始め、疲れた私は目を閉じてしまった――。
 気が付くと、ふわふわと体が揺れ、足の痺れも痛みも消えて心地よい気分を味わっていた。
 自分の頭の上から「目が覚めた?」と聞いたことの無い言葉と音が聞え、はっと驚き見上げれば、人間が顔を近付けて来る。
 優しそうな顔を向け「足は痛くない?」と痺れていた部分を彼が擦る。
 ――な、なに? 何するの?
 人間が何か言っているが、私には理解出来ない。
 ふと、母や兄が言ってたことを思い出した。『人間は狐を捕まえて皮を剥いで食べるんだ』その言葉を思い出し、もしかして今から食べられるのかも知れないと、勝手に全身が震え出した。
「あ、寒いのかな?」と人間は何か言うと、ふかふかする物で身体を包んでくれる。
「お坊ちゃま、その狐はお腹が空いているのでは?」
「そうかな?」
「随分と長い間、罠に掛かっていたようです」
 もう一人居た人間と何か話をしているのを聞き、自分を食べる準備をしているのかも知れないと思う。
 どちらにしても、この力強い腕の中から逃れるのは無理だと感じた。
 走って逃げても、直ぐに捕まってしまうだろうし、死を覚悟した私は心の中で母と兄に「ごめんなさい」と謝罪した――。
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