隣の席の一条くん。

中小路かほ

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「一条くん…」


怜也に煽られても、なんともないというふうに聞き流していて、大人だなぁと思っていたけど…。

本当は、悔しかったんだ。


わたしだって、悔しい。

怜也に好き放題に脚本を変えられて、無理やりわたしとのキスシーンを加えてきて。


怜也なんかに、わたしのファーストキスを渡したくないない。



「一条くん、1つ…お願いがあるんだけど」

「…お願い?なに?」


一条くんが、わたしの顔を覗き込む。


ただでさえ至近距離でドキドキするのに、今から言う言葉を想像するだけで、心臓が飛び出そうなくらいバクバクする。


「もし…、一条くんがまだわたしのことを好きでいてくれるなら……」


一条くんの服をギュッと摘んで、その瞳を見つめる。


「わたしに…キスして。一条くん」



わたしたちは、見つめ合ったままだった。


このときの一条くんの顔と言ったら――。


クールな一条くんが、今までに見せたことのないくらい拍子抜けた様子で。

口がポカンと空いていた。


「…は?…え?ちょ…ちょっと待って……」


突然のわたしからの無理な要求に、困惑する一条くん。


「ダメ……かな…?」

「ダメもなにもっ…。花宮さん…、意味わかって言ってる?」

「言ってる」

「だ…だって、花宮さんは“恋愛禁止”のアイドルなんだろ…?」

「うん、そうだよ」

「そうだよって…。それに花宮さん、今までにキス…したことある?」

「ない。初めてだから」


キッパリと答えたわたしに対して、一条くんは遠慮がちに体を離した。


「じゃあ、尚更できないっ」

「どうして…?」

「どうしてもなにも、人気アイドルのファーストキスを…俺が奪うわけにはいかない。俺がしなくたって、次のシーンであいつに――」

「だから、一条くんにしてほしいのっ…!!」


わからずやの一条くんに苛立って、わたしは思わずボートの上で立ち上がってしまった。

だけど、思っていたよりもボートの上は不安定で、その拍子にバランスを崩してよろける。


危うく池に真っ逆さまになりそうだったわたしの体を、一条くんが抱き寄せた。


「あ…ありがと」

「…ったく、気をつけなよ」


一条くんと目が合う。

そして、わたしは一条くんの両手を握った。


「わたし…本気なの。お芝居だったとしても、怜也にキスされるのはいやっ。初めては……、好きな人がいいからっ」


わたしが訴えかけるように話すと、なにかを悟ったのか、さっきまで冗談だと軽くあしらっていた一条くんの表情が一変した。


「花宮さん…、もしかして……」

「これだけ言っても…まだわからない?わたしが好きなのは、…一条くん。だから、初めてのキスは、一条くんがいいのっ」


一条くんの服を摘む手が、緊張でプルプルと震えている。

その手を、一条くんの大きな手が優しく包み込む。


「俺…、情けねーよ」

「…え?」

「だって、花宮さんの口から…そんな肝心なこと言わせて。もし、花宮さんが俺のこと好きだったとしても、“恋愛禁止”のアイドルとして、『好き』って言葉は絶対に言わせたくなかったのに…」


一条くん…、そんなことまで考えてくれていたんだ。


だから、図書室で告白してくれたときも――。


『あ…あのね!わたし――』

『返事はいらない。花宮さんとどうなりたいとも思ってない。だから、今のは忘れてくれていいから』


わたしも一条くんに気持ちを伝えようとしたけど、それを阻止したんだ。



「でもわたしは、アイドル扱いしない一条くんだから好きになったの。だから、アイドルじゃない…普通の女の子として、好きな人といっしょにいたい」

「俺も、周りの目も気にしないで、こんな俺に話しかけてくれる花宮さんだから好きになった。俺だって、本当は花宮さんを独り占めしたい」


一条くんの瞳は、まっすぐにあたしを見てくれていて――。

初めて、お互いの気持ちを交わせたような気がした。


「手を繋ぐのも抱き合うのも、演技だからしょうがないって思ってた。…でも、あいつに花宮さんのファーストキスを奪われるのだけは……、ちょっと無理」


そう言うと、一条くんはわたしを抱き寄せた。


「好きなヤツがそばにいて、キスねだられて…。断れるわけねぇだろ」

「一条くん…」

「本当に…俺でいいの?」

「うんっ。一条くんがいいの」


一条くんが、そっとわたしの顎に手を添える。



ゆっくりと目を閉じ、まるで夢の中にいるような心地。


今だけ…。

今だけは…アイドルじゃなくて、ただの1人の女の子でいさせて。


わたしの初めてのキスの相手が大好きな一条くんで、今までで一番幸せだから。


優しい波に揺れるボートの上で、わたしたちはキスを交わしたのだった。



「…ちょっ。一条くん…苦しいっ…!」


わたしは手をバタつかせると、不思議そうに首を傾げる一条くんが顔を離した。


「…もしかして、息止めてた?」

「ハァー…ハァー…。だっ…だって、そういうものじゃないの…?」

「そんなんだったら、人類のほとんど、キスするたびに酸欠で倒れてるよ」


息苦しさで死にそうだったわたしの隣で、一条くんがクスクスと笑う。


一条くんは、今までに付き合ったことがあるから慣れてるかもしれないけど…。

わたしは、キスの仕方なんて教わったことがないんだから。


「そんなんだったら、次のキスシーンも危なかったな」

「…そうだねっ。撮影中に酸欠になるところだった」

「じゃあ、もう1回練習してみる?うまくできるかどうか」

「…もう1回?それって、キスの――」


わたしが聞くよりも先に、一条くんがわたしの唇を塞いだ。


「ま…!待って!まだ心の準備がっ…!」

「待たない」


噛みつくようなキスが降り注いできて、ただでさえうまく息ができない。


「…一条くんっ!」

「晴翔」

「…ふぇ?」

「『一条くん』じゃなくて、『晴翔』って呼んで。ひらり」


初めて…、一条くんに『ひらり』と呼ばれた。


たったそれだけのことなのに、うれしさの波がものすごい勢いで押し寄せてくる。


その波が心地よすぎて、このまま飲み込まれそうなくらいだったけど、わたしはなんとか一条くんの首に腕をまわす。


「好きだよ、晴翔」



ボートの上は、わたしたちだけの異空間。


他もそう。

みんな自分たちの時間に夢中で、1隻のボートの上で愛が生まれたことに気づいてさえいない。


金髪で、ピアスを開けてて、制服を着崩していて…。

そんな不良の彼が、わたしの彼氏。


周りにはナイショの、わたしだけの優しい優しい彼氏だ。
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