ありがとう、ばいばい、大好きだった君へ

中小路かほ

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君にありがとう

莉子side 2P

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なんだか無性に恥ずかしくなってきて、わたしは大河から顔を背けた。


――すると。


「ちょっと…大河!なにす――」


突然体を引き寄せられて、驚いて振り返る。

そして、気づいたときには、大河に抱きしめられていた。


「ごめん。ちょっとの間だけ、こうさせて」


大河の切なくて甘い声が耳元で囁かれる。


そんなふうに言われたら――。

断るに…断れないじゃん。


だって、わたしもずっとこうしてほしかったんだから。



そのあと、公園に場所を移して、久しぶりに大河と話をすることができた。


今だから言える。


野球部のマネージャーにヤキモチを焼いていたこと。

そのせいで、大河に八つ当たりしてしまったこと。


大河は、わたしの話を静かに聞いてくれていた。



「莉子は…。悠とは…どうなったん?」


わたしの話が一段落すると、大河がそんなことを聞いてきた。


まさか、ここで大河の口から悠の名前が出てくるとは思わなくて驚いた。

でも、悠から大河に告げたのかもしれないと、すぐに納得できた。


「悠とは、なにもないよ」


わたしがそう言うと、一瞬キョトンとした顔を見せる大河。


「…えっ。でもお前、悠に告白されたんじゃ…」

「告白はされたよ。…でも断った、さっき。やっぱり、わたしが好きなのは…大河だからさ」


…やっと言えた。

わたしの素直な気持ちを。


「…俺。莉子のことを突き放すようなことを言ったのに…」


眉が下がる大河の表情を見たらわかる。

大河もあのときのことを後悔してるんだって。


「そんなの…わたしだって、大河を疑うようなことを言っちゃった…」


わたしも、なんであんなことを言っちゃったんだろうって…反省している。

――だから。


「「…ごめんっ!!」」


同時にそう言って頭を下げたとき、お互いの額がぶつかった。


ゴツンといい音が響いて、その痛みにとっさに顔をゆがめた。

でも、なんだかおかしくなってきて…。


わたしたちは、顔を見合わせて照れ笑いした。



時間はかかったけど、ようやくそれぞれの誤解を解くことができた。


それに、わかったこともあった。


わたしたちは、なんだかんだでお互いのことが好きなんだって。

それは、これからもきっとそうだろう。



「…莉子。もう絶対離れへんから」

「うん。わたしも」


夕暮れ時の公園。

見つめ合うわたしたちの影は――。


そっと唇が重なったのだった。



いつの間にか、大河と悠の仲は元通りになっていて、また3人で過ごすことも増えた。


そして、それからの学校生活はあっという間だった。


大河と悠は、変わらず野球部の練習の毎日。

たまに、空いた時間に大河がデートをしてくれるのが楽しみだった。



そんな日々が続き、わたしたちは高校2年生に。


高2になって変わったこと――。

それは、ついに悠がベンチ入りを果たしたのだ。


1年生の間での努力が認められたのだ。

それを祝して、大河とお祝いしたり。


迎えた夏の大会も、大河は再びレギュラーでの登板で、順調に勝ち進んでいった。


そして、念願だった甲子園出場の切符を手にした。


――しかし。

甲子園の舞台に、大河の姿はなかった。


なぜなら、夏の大会の準々決勝で大河は肩を壊してしまったから。

ドクターストップがかかり、試合はおろか、練習さえも参加できない状況となった。


甲子園に出場した明光学園は、3回戦で敗退。


その光景を、大河は応援席のスタンドから見つめることしかできなかった。


このときばかりは、さすがの大河も自暴自棄になった。


憧れの甲子園のマウンドを踏めずに、自分の力を発揮する場所も与えられず、ただチームが負けるのを見届けるしかなく…。


「なんでこんなときにっ…」

「俺が、あそこにいれば…!」

「このケガさえなかったら…!!」


何度も何度も、大河はわたしにそう言った。


わたしが声をかけたからって、終わってしまった甲子園の舞台に戻れるわけじゃない。

すぐに大河のケガが治るわけじゃない。


だけど、今のわたしにできることは、大河に寄り添ってあげること。


弱い部分や醜い部分をさらけ出したっていい。

全部、わたしが受け止めるから。


そう思って、わたしは大河のそばにいた。



そして、大河にとってはつらかった時期をなんとか乗り越えて――。

わたしたちは、高校3年生になった。


去年、ケガで自暴自棄になっていたのが嘘かのように、それから1年後の夏――。

大河は夏の大会の決勝戦で、思いきりボールを投げていた。


そのボールを受け止めるのは、もちろん小学校のころからバッテリーを組んできた、キャッチャーの悠だ。


大河と悠は、高校3年生でともにレギュラー。

そしてバッテリーとして、決勝戦の舞台に立っていた。


わたしは、もちろん応援席で応援している。


でも、わたしにはわかっていた。

絶対に勝つって。


――なぜなら。



「俺が、甲子園に連れていってやるから」


試合前に、大河がそう約束してくれた。


1年のときは、その夢は叶わず。

2年のときは、ケガで途中降板したため、大河の力で甲子園に行けたわけではない。


でも今年は、大河は決勝戦で最後まで投げきったのだった。


そして大河は、自分の手で甲子園出場の夢をつかみ取ったのだ。



試合後、わたしは大河のもとへ向かった。


「かっこよかったじゃんっ」


わたしがそう言うと、大河は謙遜することなく眩しいくらいに笑ってみせた。


…その顔が見たかった。


冗談っぽく言ってみたけど、最後の一球が決まったとき…。

本当にかっこよかった。


「じゃあ次は、甲子園優勝だね」

「は…!?甲子園優勝…!?」

「え?むしろ、優勝しないでどうするの?」


『俺が、甲子園に連れていってやるから』とか言いながら、もしかして出場して終わりのつもりだったとか?


「…いや。俺だって、できることなら優勝したいけど…」


気まずそうに、大河は視線を逸らす。


「去年だって、3回戦敗退やん。やから、優勝なんてそうそうできるものじゃ――」


今日の夏の大会での優勝は、終わりではなく始まりにすぎない。

本当の闘いはこれからだっていうのに、どこか弱腰の大河。


「できるよっ。大河なら」


そんな大河に、わたしは自信満々に言ってやった。


「だって、これがあるからっ」


そう言って、わたしはバッグからあるものを取り出した。

そして、それを俺の手のひらに差し出す。


「…これ」


ぽつりとつぶやいて、視線を移す大河。


その視線の先には、赤と黄色の紐で編み込まれたミサンガがあった。


この色のミサンガは、中3の引退試合前にわたしが大河に作って渡したものと同じだった。


「今度は、『甲子園優勝できますように』って、お願いしておいたからっ」


中3のときだって、わたしのミサンガのおかげで優勝できたと言ってもいいくらい。

だから、今回もそれをつけていればきっと大丈夫。


大河は照れくさそうに笑うと、左手首にミサンガをつけた。



そして夢に見た、憧れの甲子園の舞台へ。


甲子園のマウンドに立つ大河は、今まで見てきたどの試合よりも、かっこよくて生き生きとして見えた。

その姿に、わたしも思わず目の奥が熱くなる。



大河は、初戦から注目ピッチャーとして取り上げられ、勝利を重ねるごとにさらに注目を浴びた。


去年敗退してしまった3回戦では、関東の優勝候補を撃破。

さらに波に乗った明光学園は、続く4回戦の準々決勝も勝利し、5回戦の準決勝にも勝利した。


気がつけば、決勝戦進出。

大河と約束を交わした、甲子園優勝の夢があと一歩にまで近づいていた。


そして、運命の決勝戦。


泣いても笑っても、これが甲子園最後の試合。

大河にとっては、高校で最後の試合となる。


4回までに2点を取られ、ついに5回から大河が登板した。


守備では大河が無失点に抑え、6回と7回に明光学園は1点ずつ追加し、2ー2の同点に追いついた。



――しかし、8回の裏。


大河が失点を許し、ここで大きな1点を入れられてしまったのだった。


先攻の明光学園に残されたのは、最後の9回表の攻撃しかない。


一瞬、わたしの脳裏に一昨年のスリーランホームランがよぎった。

あれで逆転されて、一昨年は甲子園に行けなかったから。


大河も同じことを考えていなかったらいいけど…。


不安が残るまま迎えた、9回。


アウトを取られながらも、なんとか2塁と3塁にまでランナーを進めた。
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