ありがとう、ばいばい、大好きだった君へ

中小路かほ

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君にありがとう

大河side 4P

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莉子が彼女で、本当によかった。


俺は大切な莉子を、その腕の中でギュッと優しく抱きしめたのだった。



高校3年の夏。

最高の結果で、悔いなく引退を迎えることができた。


夏休みが明け、俺と悠には有名大学から次々と声がかかった。

悠は、学校に通いながらも野球を続けたいという思いがあり、どの大学にしようかと検討中。


俺はというと――。


「当然、大河はプロやんな!」

「ひょっとすると、ドラフト1位指名なんちゃう!?」


周りは、勝手にそんなことを言っている。


確かに、野球を始めたころの俺の夢は、『プロ野球選手』になることだった。


――しかし、俺にはその夢より大事なものができていた。


甲子園の成績がどうあれ、前から決めていたことだった。


それは――。



「…は……?今…なんて?」


まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、担任の先生が俺に目を向ける。


「だから、俺は清鳳せいほう大学を受験するつもりです」


清鳳大学は、家から電車で1時間ほどで通える距離にある。

それに、今の俺の偏差値なら、これから真面目に勉強すれば合格できる可能性は高い。


「…そうは言ったって!矢野っ…、お前…野球は!?清鳳大学は、野球には特化してないぞ…!?」

「それは、わかってます」

「わかってるって…。お前の実力なら、プロ入りだってほぼ間違いないだろう!?」

「そうかもしれませんが、俺は清鳳大学に入りたいんですっ」


俺はそう宣言すると、職員室から出ていった。



ここまで野球一筋でやってきて、プロ入りの可能性のある俺が、野球を辞めて普通の大学に受験するという噂は、瞬く間に学校中に広まった。

もちろん監督は説得にきたし、野球部員たちだって「プロを目指さないなんてもったいない」と言いにきた。


しかし、俺はどれだけ説得されようと、清鳳大学への受験をやめるつもりはなかった。


――なぜなら。

清鳳大学は、莉子が志望する大学だったから。



中学3年の秋。


『1人やと感じるなら、俺がずっとそばにおる…!莉子を1人にはさせへん!』

『もしここにいる意味がないと思うなら、…俺のためにここにいてほしいっ』


莉子の両親が亡くなったときに、俺が莉子にかけた言葉。


この言葉に嘘はないし、俺のこの言葉をきっかけに、莉子は関西に残ることを決めて、明光学園を志望してくれた。



そして、高1のあと一歩で甲子園出場を逃したあのときだって――。


『…莉子。もう絶対離れへんから』


すれ違っていた時間を埋めるかのように、俺は莉子を抱きしめた。

そして、もう自らの手で莉子を手放すようなことはしたくないと、改めて心に誓った。


だから、俺は莉子のそばにいなければならない。


いや。

俺が、莉子のそばにいたい。


もしそれがプロ入りを諦めることだったとしても、俺は莉子のそばにいられたらそれでいい。

隣で莉子から笑ってくれるなら、他になにも望まない。


それくらい、俺は莉子のことを大切に想っているから。



『莉子と同じ清鳳大学に行く』


そのことを伝えたら、莉子はどんな顔をするだろうか。


驚くかな?

うれしがるかな?


どちらにしても、莉子の反応を想像するのが楽しみだった。


――しかし。



「…なんで?」


学校からの帰り道。

隣を歩いていた莉子から、そんな言葉が返ってきた。


驚くわけでもなく、うれしがるわけでもなく――。

その表情は、どこか不服そうだった。


「なんでって、俺は莉子と同じ大学に行きたいねん」

「…なに言ってるの?おかしいでしょ。大河は、プロに行くべきだよ。それか、野球に力を入れている大学とか――」

「そんなんはどうだっていい。だって俺は、中3のときに、莉子のそばにずっとおるって決めたから」

「ずっとって言ったって…。これは、大河の人生だよ…!?」

「だから、莉子のそばにいたい。もう心が離れるようなことはしたくないから」

「大河っ…」


莉子は、不安そうな顔で俺を見つめた。


莉子の言うとおり、確かにこれは俺の人生。

でも、その俺の人生の中には、すでに莉子の存在がある。


今だけじゃなく、これからの莉子との未来も考えているから――。

だから、俺の人生の中から莉子がいなくなるなんて…ありえないっ。


莉子もきっと、俺と同じ気持ちでいてくれているはず。


高校を卒業して、同じ大学に入学して、その大学を卒業した先には――。


だから、思ってもみなかった。


その1週間後…。

莉子から、「別れよう」と言われるなんて。



あれは、俺の嫌いな雨の日だった。


わけもわからないまま、莉子から別れを告げられたのだった。


『甲子園優勝できますように』


そう莉子が願いを込めて編んでくれたミサンガは、3年たった今でも切れないまま、俺の左手首に結んである。


あれから、…もう3年。


そんなに月日がたっても、莉子との楽しかった思い出は、たびたび夢の中で思い起こされる。


俺には、莉子がすべてだったから。

それは、今でも変わらない。


――莉子は、今なにしてるだろうか。


ふと、そんなことを思うときがある。

そういうときは、スマホの写真を見返す。


俺のスマホにはまだ、莉子との思い出の写真が詰まっていた。

そして俺の記憶の中には、今でも莉子の笑顔が残っている。


莉子と過ごした日々。

そして、これから莉子と迎える日々が当たり前のように続くと思っていた。


今はそれが、どんなに幸せなことだったかと思い知らされる。



大好きだった莉子へ。

俺は今でも、情けないくらいお前のことが好きだ。


莉子が俺のことをもうなんとも想っていなかったとしても、俺はずっと莉子のことを想っている。


莉子と別れてからの俺は、まるで抜け殻のようで――。

あとには、野球しか残されていなかった。


そして、野球に救われた。


こうして、プロとして今活躍できているのも、あのとき莉子と別れて、俺には野球しかないと気づかされたからだ。

だけど、気づかせてくれたのは…莉子だよな?


――すべては、こうなるように。


そのために、俺と別れる道を選んだんだよな…?


あのときの俺はガキで、そのときの莉子の思いを汲み取る余裕なんてなかったけど…。

今ならわかる。


だから、莉子には『ありがとう』と伝えるべきなのかもしれない。


――ただ。

そうだったとしても。


俺は、莉子と同じ大学へ進学するという夢を歩みたかった。


そして、ずっとずっと莉子のそばにいたかった。


今でもそう思えるくらい、俺は莉子のことを愛していたから。
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