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君とすれ違い
大河side 2P
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土日も練習や試合ばかりだったから、莉子と会うのは本当に久しぶりだ。
予め告げられていたとおり練習も早く終わり、莉子と待ち合わせしているカフェへ向おうとした――そのとき。
「大河!ちょっといいか?」
部長である3年生の先輩に声をかけられた。
「どうしたんすか?」
「悪いんやけどさ、マネージャーを家まで送ってくれへん?」
「…えっ。…俺がっすか?」
野球部では、部員がマネージャーを家まで無事に送り届けることが決まりとなっている。
しかし、その役割は3年生のはず。
「オレ、今から進路のことで担任のところに行かなあかんくなって。たぶん時間かかるやろうから、代わりに大河に頼みたいねん」
「でも、俺も今日はこのあと…」
周りを見ると、まだ他の3年生も残っていた。
俺のその視線に気づいたのだろか――。
「なんで他に3年がいるのに、俺が?って思ったか?」
どうやら、部長にはバレバレだった。
「まあ、これもレギュラーの務めやっ。今日だけやから、頼んだで!」
「…ちょっ。あ…、部長…!」
部長は俺の肩をポンポンと叩くと、そのまま行ってしまった。
…困った。
これから、莉子と会う約束をしていたのに。
それに、このマネージャーの先輩の家って…。
確か、一番遠かったよな?
どうしようかと思い周りを見回すと、悠が今まさに片付けを終えて帰ろうとしているところだった。
「…悠!」
俺は、悠のところへ駆け寄った。
「どうしたん、大河?」
「それが、部長からマネージャーを送るように頼まれて…」
「おお、よかったやん!信頼されてる証拠やんっ」
「…そうじゃなくてっ。俺、今から莉子と会う約束してて…。やから、代わりに先輩を送ってくれへん…?」
悠なら、俺と莉子が最近なかなか会えていないという事情を知っている。
それに、この借りはなんでもする。
――そう思っていたけれど。
「…ごめん。オレもこのあと用事があんねん」
そう言って、悠はキャップを深く被った。
まるで、俺と視線を合わせようとしないかのように。
「そっか…」
「それに、部長から頼まれたんやろ?それなら、大河が行かへんでどうするん」
「…やんなぁ」
悠にもそう言われ、もう諦めるしかなかった。
プルルルルル…
〈もしもし、大河?練習終わった?〉
電話をかけると、上機嫌な声ですぐに莉子が出た。
この声のトーンからして、楽しみに待っていてくれたはずだ。
俺もそうだ。
――だけど。
〈…ああ、莉子?ごめんやねんけど、今日…会えへんくなった〉
俺がそう告げると、一瞬無言の間が空いた。
〈…どういうこと?〉
そして、明らかにトーンの下がった莉子の声が聞こえる。
…そりゃ、そうなるよな。
〈実は、今からマネージャーの先輩を家まで送らなあかんことになって…〉
〈なんで大河が…?だって、大河には関係ないじゃんっ〉
〈それが…、送るはずやった3年生の先輩が急に用事があって先に帰らはって…。これもレギュラーの務めやって、その先輩にあとのことを頼まれてん〉
本当のことだったとしても、こんな言い訳、莉子には関係ない。
…関係ないけど、わかってもらわなければない。
〈先輩の頼みやから断われへんし…。ドタキャンで申し訳ないんやけど…、ほんまに…ごめんっ〉
練習がいつもより早く終わったとはいえ、莉子をカフェで待たせていたのは事実。
それなのに、いきなりドタキャンなんて、到底莉子も納得できないことだろう。
だから俺は、顔が見えない莉子に、電話越しで何度も頭を下げた。
――すると、そのとき
「ねぇ、大河~!まだ~?」
電話をするから、あっちで待っててもらうように言っていたマネージャーの先輩が、俺が戻ってくるのが遅くてやってきた。
そして、早くとせがむように、服の袖を引っ張る。
「ちょっ…先輩!もうすぐ終わるんで、そんなに引っ張らないでください…!」
「だって、大河が遅いのが悪いんやから~!せっかく早く終わったことやし、これから2人でどっか寄ってく?」
「なに言ってんすか!」
もうこうなってしまっては、莉子との電話どころじゃない…。
〈あ、ごめん…莉子。そうゆうことやし、電話切るなっ…〉
〈う…うん――〉
先輩があまりにも強く引っ張るものだから、莉子の返事を最後まで聞けずに、俺の指は勝手に通話終了のボタンに触れていた。
俺は、落としそうになったスマホを慌ててポケットにしまうと、先輩といっしょに学校を出た。
もし早く送り終わったら、莉子の家に行こう。
そう思っていたのに、途中で先輩の自転車のタイヤがパンク。
ただでさえ、先輩の家まで遠いというのに…。
結局、押して帰ることとなり、往復で2時間近くもかかってしまった。
こんなことなら、やっぱり莉子を待たせなくてよかった。
しかし、ドタキャンしてしまったことをもう一度謝らないと。
その日の夜、俺は莉子に電話をした。
〈…莉子。今日はごめん〉
徐々に雨が降り出した空を窓越しに眺めながら、俺は莉子に謝った。
いつもの莉子なら、「もー、しょうがないなぁ」と言って、今度スタバを奢るようにせがまれる。
だから今回は、フラペチーノに加えて、ケーキもプラスで付けないと割に合わないよな。
そう思っていたが――。
〈電話を切ってからずいぶんと連絡が遅かったけど、マネージャーの先輩とどこかに行ってたの?〉
予想と違って、トゲトゲしい言葉が返ってきた。
〈そんなわけないやんっ〉
すぐに否定してみたけど、なんだかいつも莉子と様子が違うような気はした。
〈その先輩の家、マネージャーの中でも一番遠いから、送るのに時間がかかっただけや〉
〈…でも、本当にそうだったかなんて…証明できないじゃん〉
〈証明…?〉
…やっぱり気のせいじゃない。
こんな詰め寄るような言い方、莉子らしくない…。
戸惑う俺に、さらに莉子は続ける。
〈だって…わからないじゃん!大河がその先輩と、どこでなにしてたかなんて…!〉
先輩と、どこでなにしてたかって…。
そんなの、ただ家まで送り届けただけに決まってる。
〈…どうした、莉子?なんか変やで…?〉
〈そりゃ…変にもなるよ!マネージャーとベタベタ仲よくしてたらさ!〉
〈ベタベタ…仲よく?べつに、そんなことしてへんけど――〉
〈大河は、自覚がなさすぎなんだよ!見ればわかるじゃん…!下心丸見えで、マネージャーの仕事をしてるのっ!〉
その莉子の言葉に、俺は思わずカチンとなった。
そして、一瞬にして冷静さを失う。
〈…莉子!!それは先輩に失礼やっ!莉子だって、マネージャーしてたんやからわかるやろ!?〉
俺たちの飲み散らかしたコップや、脱ぎ捨てた泥だらけのユニフォームだって、文句も言わずに洗ってくれる。
グラウンドで活躍しているように見えたって、それは陰でマネージャーが支えてくれているからこそ。
そんな大事なこと、マネージャー経験のある莉子なら理解していると思ってたのに…。
〈先輩たちは、俺たちのことを思って――〉
〈それがわかってないって言ってるの…!!〉
莉子の怒鳴り声に、言葉を失う。
…俺がなにをわかっていないって?
莉子こそ、野球部のなにを知ってるっていうんだ?
こんなに莉子と意見が合わなかったのは初めてで…。
莉子がなにを言いたいのか、俺にはまったく理解できなかった。
〈…莉子って、そんなこと言うようなヤツやったっけ〉
なんだか今電話しているのは、俺が知っている莉子じゃないように思えてきて――。
〈なんか、これ以上話しても無理そうやから、今日はもう切るな〉
〈…えっ。あ…大河――〉
〈じゃあな〉
俺は、一方的に電話を切った。
あのまま続けていたって、平行線のままだったことだろう。
それに、今の俺は冷静じゃないから。
荒れ狂う俺の感情を表しているかのうように、猛烈な雨が降りしきる――。
そんな夜だった。
その日以来、莉子との連絡は途絶えた。
毎日の些細なやり取りさえも、一切なくなってしまった。
俺が、「言い過ぎた、ごめん」と言えばいいだけのこと。
でも、莉子からなにも連絡がないということは――。
きっとまだ怒っている。
そんなことを考えたら、莉子へのメッセージも躊躇ってしまっていた。
そうこうしているうちに、甲子園出場をかけた夏の大会が始まった。
俺は、なんとかレギュラー入りすることができた。
初戦、二回戦と明光学園はコールド勝ち。
俺は登板することなく、先輩たちが凌いでくれた。
そして、三回戦。
ピンチの場面で、監督から声がかかった。
俺がここで抑えないと、逆転されるかもしれない。
しかし、なぜか気持ちは軽かった。
「大河、がんばれー!」
どこからか、莉子が応援してくれている声がしたような気がした。
応援席を見渡したが、到底見つけられるはずもない。
それに、そもそも応援にきてくれているとも限らない。
でも莉子なら、たとえぎくしゃくした仲だったとしても、直接ここへきていなかったとしても、きっとどこかで応援してくれているはずだ。
そう思ったら、俺ならこの場をなんとか乗り切れそうな気がした。
その結果、その回を無失点で抑えることができ、この試合も明光学園が勝利した。
その次の試合も勝利し、残るは準決勝と決勝のみだ。
あと2回勝てば、夢の甲子園。
物心ついたときから、親といっしょに高校野球を観戦し、高校球児に憧れを抱いた。
そして、小学校に入り野球チームに所属。
ずっと夢見ていた、甲子園の舞台。
その切符をつかむまで、あと少し…。
その日の練習は、次の準決勝に備えて、レギュラーメンバーの特別メニューが組まれていた。
残されたのは、レギュラーとベンチ入りのメンバーのみ。
その他の部員は、先に帰ることに。
その中には、悠の姿も。
「おいっ、ゆ――」
「大河ー!練習始まるぞー!」
悠に声をかけようとしたが、先輩に呼ばれてしまった。
悠の背中を見つめることしかできず、俺は練習に加わったのだった。
あと、2回勝てば甲子園。
そうしたら、莉子とちゃんと向き合おう。
それまでは、試合と練習に専念する。
そう決めて、俺は今日も泥だらけになりながら、汗を流す。
だから、その間に莉子と悠がそんなことになっていたなんて――。
このときの俺が、知るよしもなかった。
予め告げられていたとおり練習も早く終わり、莉子と待ち合わせしているカフェへ向おうとした――そのとき。
「大河!ちょっといいか?」
部長である3年生の先輩に声をかけられた。
「どうしたんすか?」
「悪いんやけどさ、マネージャーを家まで送ってくれへん?」
「…えっ。…俺がっすか?」
野球部では、部員がマネージャーを家まで無事に送り届けることが決まりとなっている。
しかし、その役割は3年生のはず。
「オレ、今から進路のことで担任のところに行かなあかんくなって。たぶん時間かかるやろうから、代わりに大河に頼みたいねん」
「でも、俺も今日はこのあと…」
周りを見ると、まだ他の3年生も残っていた。
俺のその視線に気づいたのだろか――。
「なんで他に3年がいるのに、俺が?って思ったか?」
どうやら、部長にはバレバレだった。
「まあ、これもレギュラーの務めやっ。今日だけやから、頼んだで!」
「…ちょっ。あ…、部長…!」
部長は俺の肩をポンポンと叩くと、そのまま行ってしまった。
…困った。
これから、莉子と会う約束をしていたのに。
それに、このマネージャーの先輩の家って…。
確か、一番遠かったよな?
どうしようかと思い周りを見回すと、悠が今まさに片付けを終えて帰ろうとしているところだった。
「…悠!」
俺は、悠のところへ駆け寄った。
「どうしたん、大河?」
「それが、部長からマネージャーを送るように頼まれて…」
「おお、よかったやん!信頼されてる証拠やんっ」
「…そうじゃなくてっ。俺、今から莉子と会う約束してて…。やから、代わりに先輩を送ってくれへん…?」
悠なら、俺と莉子が最近なかなか会えていないという事情を知っている。
それに、この借りはなんでもする。
――そう思っていたけれど。
「…ごめん。オレもこのあと用事があんねん」
そう言って、悠はキャップを深く被った。
まるで、俺と視線を合わせようとしないかのように。
「そっか…」
「それに、部長から頼まれたんやろ?それなら、大河が行かへんでどうするん」
「…やんなぁ」
悠にもそう言われ、もう諦めるしかなかった。
プルルルルル…
〈もしもし、大河?練習終わった?〉
電話をかけると、上機嫌な声ですぐに莉子が出た。
この声のトーンからして、楽しみに待っていてくれたはずだ。
俺もそうだ。
――だけど。
〈…ああ、莉子?ごめんやねんけど、今日…会えへんくなった〉
俺がそう告げると、一瞬無言の間が空いた。
〈…どういうこと?〉
そして、明らかにトーンの下がった莉子の声が聞こえる。
…そりゃ、そうなるよな。
〈実は、今からマネージャーの先輩を家まで送らなあかんことになって…〉
〈なんで大河が…?だって、大河には関係ないじゃんっ〉
〈それが…、送るはずやった3年生の先輩が急に用事があって先に帰らはって…。これもレギュラーの務めやって、その先輩にあとのことを頼まれてん〉
本当のことだったとしても、こんな言い訳、莉子には関係ない。
…関係ないけど、わかってもらわなければない。
〈先輩の頼みやから断われへんし…。ドタキャンで申し訳ないんやけど…、ほんまに…ごめんっ〉
練習がいつもより早く終わったとはいえ、莉子をカフェで待たせていたのは事実。
それなのに、いきなりドタキャンなんて、到底莉子も納得できないことだろう。
だから俺は、顔が見えない莉子に、電話越しで何度も頭を下げた。
――すると、そのとき
「ねぇ、大河~!まだ~?」
電話をするから、あっちで待っててもらうように言っていたマネージャーの先輩が、俺が戻ってくるのが遅くてやってきた。
そして、早くとせがむように、服の袖を引っ張る。
「ちょっ…先輩!もうすぐ終わるんで、そんなに引っ張らないでください…!」
「だって、大河が遅いのが悪いんやから~!せっかく早く終わったことやし、これから2人でどっか寄ってく?」
「なに言ってんすか!」
もうこうなってしまっては、莉子との電話どころじゃない…。
〈あ、ごめん…莉子。そうゆうことやし、電話切るなっ…〉
〈う…うん――〉
先輩があまりにも強く引っ張るものだから、莉子の返事を最後まで聞けずに、俺の指は勝手に通話終了のボタンに触れていた。
俺は、落としそうになったスマホを慌ててポケットにしまうと、先輩といっしょに学校を出た。
もし早く送り終わったら、莉子の家に行こう。
そう思っていたのに、途中で先輩の自転車のタイヤがパンク。
ただでさえ、先輩の家まで遠いというのに…。
結局、押して帰ることとなり、往復で2時間近くもかかってしまった。
こんなことなら、やっぱり莉子を待たせなくてよかった。
しかし、ドタキャンしてしまったことをもう一度謝らないと。
その日の夜、俺は莉子に電話をした。
〈…莉子。今日はごめん〉
徐々に雨が降り出した空を窓越しに眺めながら、俺は莉子に謝った。
いつもの莉子なら、「もー、しょうがないなぁ」と言って、今度スタバを奢るようにせがまれる。
だから今回は、フラペチーノに加えて、ケーキもプラスで付けないと割に合わないよな。
そう思っていたが――。
〈電話を切ってからずいぶんと連絡が遅かったけど、マネージャーの先輩とどこかに行ってたの?〉
予想と違って、トゲトゲしい言葉が返ってきた。
〈そんなわけないやんっ〉
すぐに否定してみたけど、なんだかいつも莉子と様子が違うような気はした。
〈その先輩の家、マネージャーの中でも一番遠いから、送るのに時間がかかっただけや〉
〈…でも、本当にそうだったかなんて…証明できないじゃん〉
〈証明…?〉
…やっぱり気のせいじゃない。
こんな詰め寄るような言い方、莉子らしくない…。
戸惑う俺に、さらに莉子は続ける。
〈だって…わからないじゃん!大河がその先輩と、どこでなにしてたかなんて…!〉
先輩と、どこでなにしてたかって…。
そんなの、ただ家まで送り届けただけに決まってる。
〈…どうした、莉子?なんか変やで…?〉
〈そりゃ…変にもなるよ!マネージャーとベタベタ仲よくしてたらさ!〉
〈ベタベタ…仲よく?べつに、そんなことしてへんけど――〉
〈大河は、自覚がなさすぎなんだよ!見ればわかるじゃん…!下心丸見えで、マネージャーの仕事をしてるのっ!〉
その莉子の言葉に、俺は思わずカチンとなった。
そして、一瞬にして冷静さを失う。
〈…莉子!!それは先輩に失礼やっ!莉子だって、マネージャーしてたんやからわかるやろ!?〉
俺たちの飲み散らかしたコップや、脱ぎ捨てた泥だらけのユニフォームだって、文句も言わずに洗ってくれる。
グラウンドで活躍しているように見えたって、それは陰でマネージャーが支えてくれているからこそ。
そんな大事なこと、マネージャー経験のある莉子なら理解していると思ってたのに…。
〈先輩たちは、俺たちのことを思って――〉
〈それがわかってないって言ってるの…!!〉
莉子の怒鳴り声に、言葉を失う。
…俺がなにをわかっていないって?
莉子こそ、野球部のなにを知ってるっていうんだ?
こんなに莉子と意見が合わなかったのは初めてで…。
莉子がなにを言いたいのか、俺にはまったく理解できなかった。
〈…莉子って、そんなこと言うようなヤツやったっけ〉
なんだか今電話しているのは、俺が知っている莉子じゃないように思えてきて――。
〈なんか、これ以上話しても無理そうやから、今日はもう切るな〉
〈…えっ。あ…大河――〉
〈じゃあな〉
俺は、一方的に電話を切った。
あのまま続けていたって、平行線のままだったことだろう。
それに、今の俺は冷静じゃないから。
荒れ狂う俺の感情を表しているかのうように、猛烈な雨が降りしきる――。
そんな夜だった。
その日以来、莉子との連絡は途絶えた。
毎日の些細なやり取りさえも、一切なくなってしまった。
俺が、「言い過ぎた、ごめん」と言えばいいだけのこと。
でも、莉子からなにも連絡がないということは――。
きっとまだ怒っている。
そんなことを考えたら、莉子へのメッセージも躊躇ってしまっていた。
そうこうしているうちに、甲子園出場をかけた夏の大会が始まった。
俺は、なんとかレギュラー入りすることができた。
初戦、二回戦と明光学園はコールド勝ち。
俺は登板することなく、先輩たちが凌いでくれた。
そして、三回戦。
ピンチの場面で、監督から声がかかった。
俺がここで抑えないと、逆転されるかもしれない。
しかし、なぜか気持ちは軽かった。
「大河、がんばれー!」
どこからか、莉子が応援してくれている声がしたような気がした。
応援席を見渡したが、到底見つけられるはずもない。
それに、そもそも応援にきてくれているとも限らない。
でも莉子なら、たとえぎくしゃくした仲だったとしても、直接ここへきていなかったとしても、きっとどこかで応援してくれているはずだ。
そう思ったら、俺ならこの場をなんとか乗り切れそうな気がした。
その結果、その回を無失点で抑えることができ、この試合も明光学園が勝利した。
その次の試合も勝利し、残るは準決勝と決勝のみだ。
あと2回勝てば、夢の甲子園。
物心ついたときから、親といっしょに高校野球を観戦し、高校球児に憧れを抱いた。
そして、小学校に入り野球チームに所属。
ずっと夢見ていた、甲子園の舞台。
その切符をつかむまで、あと少し…。
その日の練習は、次の準決勝に備えて、レギュラーメンバーの特別メニューが組まれていた。
残されたのは、レギュラーとベンチ入りのメンバーのみ。
その他の部員は、先に帰ることに。
その中には、悠の姿も。
「おいっ、ゆ――」
「大河ー!練習始まるぞー!」
悠に声をかけようとしたが、先輩に呼ばれてしまった。
悠の背中を見つめることしかできず、俺は練習に加わったのだった。
あと、2回勝てば甲子園。
そうしたら、莉子とちゃんと向き合おう。
それまでは、試合と練習に専念する。
そう決めて、俺は今日も泥だらけになりながら、汗を流す。
だから、その間に莉子と悠がそんなことになっていたなんて――。
このときの俺が、知るよしもなかった。
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