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君に救われた

大河side 4P

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なにを今さらそんなこと――。


とは思ったが、ずっと東京で暮らしていた莉子にとっては、きっとこの土地は田舎で窮屈だったことだろう。

それに、お父さんとお母さんが亡くなった場所でもある。


俺にとっては大好きな地元が、莉子にとっては大嫌いなところになってもおかしくはなかった。


だけど、莉子はこの土地で俺たちに出会ったことに感謝してくれている。


その言葉を聞けただけで、十分だった。



「じゃあ、莉子。明日、学校でなっ」


フラペチーノを飲み終わると、悠は用事があるとかで先に帰った。


「俺たちもそろそろ帰るか?送るで、莉子」

「…ううん。今はまだ…ここでこうしていたい」


今の時期、日が沈みかけたら気温がぐっと下がる。

部屋着姿の莉子は薄着だったから、莉子のためと思って言ってみたけど、どうやらまだ帰りたくないらしい。


――だから。


「風邪引くで」


俺は、着ていた学ランの上着を脱いで、莉子の肩にかけた。


「…莉子。さっき悠も言ってたけど、明日から学校こぉへん…?」

「うん…、そうだね。…考えておくよ」


言葉を濁す莉子。

やっぱり、心の傷はそう癒えるものじゃない。


それに、前までは東京の高校を受験するんだと、授業も一生懸命に受けていた。

だが今は、その目的さえも見失ってしまったように見える。



「これは、わたしへの罰だと思ってるの」


突然、莉子がぽつりとつぶやいた。


「…急にどうした?それに、…罰ってなに?」

「わたし、…一瞬でも考えちゃったんだよね。東京に戻りたくない。大河や悠とこっちにいたいって」


てっきり、東京に帰りたいとばかり思っていたけど――。

…そんなことを考えてくれていたなんて。


しかし、その思いが今の莉子を苦しめていることを知った。


「…だから、わたしがわがままなことを願ってしまったせいで、神様は罰を与えたんだよ。東京に戻る理由をなくすために、お父さんとお母さんを――」

「それ以上は、言わんでいいっ…!!」


俺は莉子の声をかき消すように、大声を出して話を遮った。


こんな莉子…、見たくない。


でも、あの日から莉子はずっと自分を――。


「…わたしのせいだよ。わたしがこっちに残りたいなんて思わなければ、お父さんとお母さんが死ぬこともなかったっ…」

「莉子のせいやないっ!!あれは…事故や。莉子が責任を感じることなんて…なんもないっ!」

「…じゃあ、どうして神様はわたしからお父さんとお母さんを奪ったの!?お父さんとお母さんが、一体なにしたっていうの…!?」


大粒の涙を流して、俺の胸板を何度も叩く莉子。


…痛かった。

だけど、莉子に叩かれる胸板の痛みよりも、自分を責める莉子をただ見ていることしかできないことに、心が締めつけられて痛かった。


「なんで…お父さんとお母さんがっ。それなら、わたしが死ねばよかったんだよ…!」


芯の強い莉子が、こんなにもボロボロになって追い込まれていたなんて…。


…悔しい。

ずっと莉子のそばにいたくせに、こういうとになにもできない自分が…悔しくてたまらないっ。



「どうせ1人になるなら、わたしなんて初めからいないほうが――」

「…莉子は1人とちゃうっ!!」


もう莉子の悲痛な訴えを聞いていられなくなった俺は、莉子の背中に手をまわすと、そのまま莉子を抱きしめた。


お父さんとお母さんが急にあんなことになって、悲しいのは当たり前。

寂しいのだって当たり前。


だけど、莉子は1人じゃない。


「1人やと感じるなら、俺がずっとそばにおる…!莉子を1人にはさせへん!」


ほら…。

今だって、こうして俺の腕の中にいる。


「…やから。自分はいいひんほうがいいとか、そんなこと…思うなや」


俺は、莉子に出会えてよかった。

心からそう思ってる。


楽しいことばかりじゃなくて、つらいことも悲しいこともすべてを共有したいと思ってる。



「それに、東京に戻ってほしくないって願ったんは、俺も同じや…。やから、俺にも責任はある…」

「…なんでそういう話になるのっ」


一瞬でもそう願ったことがあるのは、莉子だけじゃない。


だから、莉子のせいなんかじゃないし、ましてや神様が罰を与えたわけでもない。


悔しいけど、なにをどう思っても、2人が帰ってくるわけじゃないから…。


「莉子がどうしても責任を感じるなら、俺もいっしょに背負うから。もう、莉子のそんな顔は…見たくないっ」

「…大河」


俺は、莉子のこぼれ落ちそうな大粒の涙を親指で払う。


「莉子がいいひんくなるって考えただけで、…おかしくなりそうやった」


莉子の前では強がっていたけど、本当は莉子と離れるのがいやでいやで仕方がなかった。

毎日朝がくるたびに、それが莉子との別れのカウントダウンのように感じた。


このまま、終わりのない中学3年生が続けばいいのにとさえ思った。

そうしたら、ずっとずっと莉子といっしょにいられるのにって。



「やから、もしここにいる意味がないと思うなら、…俺のためにここにいてほしいっ」

「…大河、それって――」

「ここまで言っても、まだわからん…?」


俺は、莉子がそばにいないとダメなんだ。

何度もそう伝えたかった。

 
でも、俺がそれを口にしてしまったら、東京に戻ると決めた莉子を困らせてしまうと思ったから。


だから、今まで言わないでいたけど――。



「俺、莉子のことが好きやねん」


こんなにも莉子を想っているヤツが、すぐ近くにいる。

それをわかってほしくて。


「怒った顔も泣いた顔も全部知りたい。…でも、やっぱり莉子には俺のそばで笑っていてほしい」


強がりで意地っ張りで、他人に弱いところは見せない莉子。


そんな莉子が、心に抱えていたつらさを吐き出してくれた。

思いのままに、俺にぶつけてくれた。


だから、俺はもっと莉子のことを知りたい。

一番近くで。



「莉子には、野球部のマネージャーとしてこれまでたくさん支えてきてもらった。やから、次は俺が莉子を支えたい。…莉子の彼氏としてっ」


俺も、莉子への想いをすべてさらけ出した。

もうなにも、隠す必要もないから。



しかしここで、1人で突っ走ってしまったことに気がついた。


冷静になって考えたら、莉子の心の傷が癒えてないときに、なに畳み掛けるように自分の気持ちをぶつけてるんだって。


…最悪だ、俺。



「…大河、ごめん」

「えっ…。俺…、もしかしてフラれた…?」


だから、莉子のその言葉を聞いて、一瞬頭の中が真っ白になった。


それと同時に…後悔。


…やっちまったなって。


こんなところで告白するつもりなんてなかったのに、後先考えずに突っ走ったせいで――。


「ううん、そういうことじゃなくて」


え…?


「…じゃあ、なんやねんっ」

「わたし、大河のことが好きみたい」


思いもしなかった、莉子の返事…。

俺はポカンとしてしまって、夢なのか現実なのかわからなくなってしまった。


だけど、徐々にこれは夢じゃないとわかって――。

思わず頬が緩んでしまった。


…めちゃくちゃうれしい。

好きなヤツと両想いになるって、こんなにもうれしいものなのか。



莉子は、目に涙を浮かべていた。

それが、どういう意味の涙だったのかはわからない。


だけど、俺も目の奥が熱くなったのは確かだった。
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