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君に救われた

莉子side 4P

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お昼はまだ汗ばむ日もあるけど、薄着できたら寒いくらいだ。


でも、なんだか今は…それが気持ちよかったり。


――すると。


「風邪引くで」


大河の声が聞こえたと思ったら、わたしの肩に学ランが被せられた。


ブカブカでずれ下がるくらいだけど、…温かかった。


肌寒いのもいいなんて、ついさっきまで思っていたけど、大河のぬくもりが残っているこの学ランが、とても心地よく感じた。



「…莉子。さっき悠も言ってたけど、明日から学校こぉへん…?」

「うん…、そうだね。…考えておくよ」


…学校か。

もうどうでもいいやなんて考えていた。


前までは受験勉強をしなくちゃと思っていたけど、それももうなんのためにするのかわからなくなった。


東京の高校を受験したところで、お父さんとお母さんと帰れるわけじゃない。

わたしには、もう東京に戻る意味がなくなったのだ。


だけど、こっちの高校を受けるって言ったって、…もうすぐで11月。

しばらくの間受験勉強を離脱したわたしが、今からまたがんばったところで、それまで真面目に勉強してきた人に敵うわけがない。


とくに、こっちで行きたい高校もあるわけではないし。


…だから、もうどうでもいいやって。



「これは、わたしへの罰だと思ってるの」

「…急にどうした?それに、…罰ってなに?」

「わたし、…一瞬でも考えちゃったんだよね。東京に戻りたくない。大河や悠とこっちにいたいって」


最終的には、東京の高校を受験することを決めたけど、迷ったことがあるのは確かだった。


「…だから、わたしがわがままなことを願ってしまったせいで、神様は罰を与えたんだよ。東京に戻る理由をなくすために、お父さんとお母さんを――」

「それ以上は、言わんでいいっ…!!」


夕暮れ時の公園に、大河の声が響く。


「…わたしのせいだよ。わたしがこっちに残りたいなんて思わなければ、お父さんとお母さんが死ぬこともなかったっ…」

「莉子のせいやないっ!!あれは…事故や。莉子が責任を感じることなんて…なんもないっ!」

「…じゃあ、どうして神様はわたしからお父さんとお母さんを奪ったの!?お父さんとお母さんが、一体なにしたっていうの…!?」


…こんなこと、大河に言ったってなにも意味がないことはわかっている。


だけど、これまで抱えていた思いが一気に涙となって溢れ出した。


「なんで…お父さんとお母さんがっ。それなら、わたしが死ねばよかったんだよ…!」


お父さんとお母さんは、わたしを迎えに行く途中で事故にあった。

わたしさえいなければ、事故現場となる交差点を通ることもなかった。


「どうせ1人になるなら、わたしなんて初めからいないほうが――」

「…莉子は1人とちゃうっ!!」


突然、強い力で引き寄せられた。

その拍子に、地面に落ちる大河の学ラン。


驚いたのは、大河の大きな声にじゃない。


気づいたらわたしは、大河の腕の中にいたのだった。


「1人やと感じるなら、俺がずっとそばにおる…!莉子を1人にはさせへん!」


大河はそう言って、わたしを強く強く抱きしめる。


「…やから。自分はいいひんほうがいいとか、そんなこと…思うなや」


わたしを抱きしめる力は強いのに、その声は小さく震えていて、まるでこの夕闇に消え入りそうだ。


「それに、東京に戻ってほしくないって願ったんは、俺も同じや…。やから、俺にも責任はある…」

「…なんでそういう話になるのっ」


大河こそ、なにひとつ悪くないのに。


「莉子がどうしても責任を感じるなら、俺もいっしょに背負うから。もう、莉子のそんな顔は…見たくないっ」

「…大河」


わたしの涙を親指で払う大河。


「莉子がいいひんくなるって考えただけで、…おかしくなりそうやった」


わたしが中学卒業後に東京に戻るということは、大河にも悠にも初めから話していた。


だから、そんな雰囲気…一度も見せたことがなかったのに。


「やから、もしここにいる意味がないと思うなら、…俺のためにここにいてほしいっ」


大河は、わたしの瞳をまっすぐに捉える。


「…大河、それって――」

「ここまで言っても、まだわからん…?」


少し不満そうに、首を傾げる大河。

そして、そっとわたしの頬に手を添えた。


「俺、莉子のことが好きやねん」


大河の告白に、わたしの胸がドキンと鳴る。


「怒った顔も泣いた顔も全部知りたい。…でも、やっぱり莉子には俺のそばで笑っていてほしい」


…大河が。

あの大河が、そんなことを思ってくれていたなんて。


「莉子には、野球部のマネージャーとしてこれまでたくさん支えてきてもらった。やから、次は俺が莉子を支えたい。…莉子の彼氏としてっ」


大河の言葉は、どれも胸に響いて――。

自暴自棄になっていたわたしの心を癒やしていった。


確かにさっきまで、わたしなんていないほうがましだと思っていた。

消えてしまいたいと。


でも…。

本当に消えていいの?


大河の前からいなくなってもいいの?


そう冷静になって考えたとき――。


…やっぱり、それはいやだった。


大河が望んでくれるなら、わたしも大河のそばにいたい。

大河の…『彼女』として。


だって、わたし…気づいてしまったんだ。


だれにでも優しいところも、野球バカなところも、少し強引なところも、その全部を引っくるめても――。

大河のことが好きなんだって。



「…大河、ごめん」

「えっ…。俺…、もしかしてフラれた…?」

「ううん、そういうことじゃなくて」

「…じゃあ、なんやねんっ」

「わたし、大河のことが好きみたい」


わたしがそう言うと、強張っていた大河の表情が徐々に緩んでいくのがわかった。



大河は、だれとも付き合わないものだと思っていた。

だって、どうやら好きな人がいるみたいだったし。


しかし、その『好きな人』というのがわたしのことだったとあとから聞かされたとき――。

なんだか、心配して損した気分になった。


…いや。

そんなことを心配していた時点で、わたしはすでに大河のことが好きだったんだ。



お父さんとお母さんを亡くして、絶望のどん底にいたわたし。


そんなわたしをすくい上げ、わたしに存在意義を与えてくれたのが――大河だった。


きっと大河がいなかったら、わたしはずっと部屋に引きこもっていたことだろう。

大河の気持ちも、自分の気持ちさえも知ることはなかった。


お父さんとお母さんの死は、わたしの心に大きな傷跡を残した。

1人じゃ立ち上がることのできないくらいの…大きな傷だ。


…だけど、わたしなら大丈夫っ。

そばに、大河がいるから。


大河が、わたしを救ってくれたんだ。
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