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君に救われた

莉子side 3P

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だって、急にそんなこと言われたって…到底信じられるわけがない。


お父さんとお母さんが、交通事故に巻き込まれただなんて。



「…桜庭。とにかく、今から先生の車でご両親が運ばれた病院に送って行くから、すぐに自分の荷物を持ってきなさい」


お父さんとお母さんが運ばれた病院に…?

2人とも…ケガをしてるの?


まるで夢の中にいるみたいに、先生の声が遠くからぼんやりと聞こえるような感覚。


「…桜庭!聞こえてるか…!?」


先生に肩を揺すられて、ようやく我に返る。


「あっ…。は…、はい…」


わたしはわけもわからないまま、教室から自分の荷物を持ち出した。


そして、先生に車の助手席に乗せられて、わたしはお父さんとお母さんが運ばれたという病院に連れて行かれた。



――未だに、どこからどこまでが夢なのかわからない。


わたしの目の前には、顔に四角い白い布を被せられたお父さんとお母さんが並んで横になっていた。


わたしの隣では、泣きじゃくるおばあちゃんと、悔しそうに震える拳を握りしめるおじいちゃんの姿が。


まるで現実みたいな、よくできた夢だ。


そう思っていたのだけれど――。


握っても、握り返してくれないお父さんの手。

冷えた鉄のように冷たいお母さんの頬。


それは、とてもリアルで…。


――これは、夢なんかじゃない。

現実なのだと、嫌でも思わざるを得なかった。



…それは、一瞬の出来事だった。


わたしの学校へ向かう途中の交差点で、お父さんを乗せたお母さんが運転する車に、信号無視をした大型トラックが突っ込んできた。


すぐに2人は病院へ運ばれたけど、すでに手遅れの状態だったんだそう。


優しいお父さんも、料理上手なお母さんも、…もういない。


それが現実だとわかっていても、なかなか受け入れることはできなかった。


しかし、2人のお通夜、葬儀はしめやかに執り行われ――。

わたしの気持ちだけが置いてけぼりの状態だった。



心地よい秋風が吹く、10月の上旬。


わたしは、大好きだったお父さんとお母さんを同時に失ったのだった。



そのあと、わたしは近くに住んでいるおじいちゃんとおばあちゃん家でいっしょに暮らすことになった。

ここからなら、学校までも電車を乗ればすぐだ。


だけど、到底学校なんかに行く気にはなれない。


わたしは、お父さんとお母さんが亡くなって以来、ずっと部屋に閉じこもっていた。


――そんなある日。



「…莉子。お友達がきてくれたよ」


ドアの向こう側から、おばあちゃんの声が聞こえた。


「友達…?」


窓から顔を覗かせてみると、玄関先に学ラン姿の2人の男子生徒が見えた。


…大河と悠だ。


わたしが学校を休んで2週間。

なんだか、久しぶりに見たような気がする。


――でも。

まだ今は、2人にも会う気にはなれない。


「…ごめん、おばあちゃん。悪いんだけど、帰ってもらって」

「そうかい…。わかったよ」


それから少ししてもう一度窓から覗くと、そこにはもう2人の姿はなかった。


そのかわり、またおばあちゃんがわたしの部屋にやってきた。


「莉子。さっきのお友達が、莉子に渡してほしいだってさ」

「…わたしに?それなら…ドアのところに置いておいて。また取りに行くから」

「それが…。冷たいものらしくて、早めに飲んでほしいって」


……え…?

飲み物…なの?


てっきり学校のプリントか、授業のノートかと思った。


それがまさかの…飲み物だなんて。



ドアを開けると、少し安心したように微笑むおばあちゃんの顔があった。


そういえば、ずっと部屋にこもりっぱなしで、おじいちゃんとおばあちゃんですら、まともに顔を合わせていなかった。


おばあちゃんから手渡されたのは、茶色い紙袋。

その紙袋は、わたしがよく知るものだった。


「これ…、スタバじゃんっ…」


そう。

それは、東京にいたころは頻繁に通っていたスタバの紙袋だった。


中を覗くと、入っていたのは3つのフラペチーノ。

今日発売されたばかりのカボチャのフラペチーノだった。


同じカボチャのフラペチーノが…3つ。

これって、わたしとおじいちゃんとおばあちゃんの分…?


…って、そんなわけないよね。


おじいちゃんとおばあちゃんが甘いフラペチーノ…。

しかも、トールサイズを飲み切れるわけがないんだから。


それくらい、野球バカでもわかるはず。


だったら、残り2つのフラペチーノは――。



「…おばあちゃん!わたし、ちょっと出かけてくる…!」


わたしはフラペチーノが入ったスタバの紙袋を握ると、慌てて外へ飛び出した。

そして、2人の姿を探す。


しばらく走ったところで、大通りで自転車に跨りながら信号待ちをする大河と悠の後ろ姿を見つけた。


「…大河!…悠!」


わたしが反対側から叫ぶと、声がわずかに届いたのか、大河がわたしに気づいた。


信号が青になり、わたしは大河たちのところまで駆け寄る。


「…ちょっと2人ともっ。なんなの…これ?」

「なんなのって、スタバのフラペチーノやけど?」

「そうそう。莉子、好きやろ?」

「…好きだけどっ」


でも、スタバはこの近くにはない。

車で30分のところにあるショッピングモールだけだ。


「もしかして…、自転車でわざわざ…?」

「まあ、運動がてら」

「そうそうっ」


大河と悠はそう言って顔を見合わせて笑うけど、車で30分の距離を自転車で行くなんて…バカだ。


…ああ、そうか。

2人は野球バカだった。


どうりで、フラペチーノの上のクリームがほとんど溶けてなくなっているわけだ。


「…ほんと、バカだよっ」


バカすぎて、なんだか笑ったら涙が出てきた。


「しかも、同じもの3つなんて…さすがのわたしでもそんなに飲めないしっ…」

「…ああ、それな。ほんまは、莉子と俺たちで飲もうと思ったんやけど…」

「莉子がいないなら、男だけで飲んでも楽しくないしなっ」


やっぱり、3人で飲むために買ってきてくれたんだ。


「…莉子、どうや?今から3人で飲まへん?」


わたしの様子を窺う大河。

その隣で、うなずく悠。


「…もうっ、しょうがないなぁ」


わたしは、2人に笑ってみせた。



大河の自転車の後ろに乗って、やってきたのは高台にある小さな公園。

ここは見晴らしはいいけど、自転車で上るには坂があるから、あまりくる人がいない静かな公園だ。


そこのベンチに3人で横に並んで、街を見下ろしながらカボチャのフラペチーノを飲んだ。


クリームは完全に溶けてなくなっていて、わたしが持って走ったせいで、若干紙袋の中で溢れていた。


残念ながら、映えないフラペチーノ。

でも、その味は最高においしかった。



「…2人とも、今日はきてくれてありがとう」


照れくさくて、両隣にいる2人と顔を合わせることはできないけど、真正面に目を移しながらだと、素直な気持ちを伝えることができた。


――きっかけは、クリームが溶けかけのフラペチーノだったかもしれない。


それにつられたわけじゃないけど、またこうして2人と話すことができて…よかった。


じゃなきゃ、わたしはずっとあのままだったと思うし。


「俺たちのほうこそ、もっと早くに行くべきやったのに…ごめんな」

「莉子がつらいときに、こんなことしかできひんくて、…ほんまごめん」


2人からの連絡も無視していたのはわたしだったのに、なぜかわたしに謝る大河と悠。


でも、謝られることなんてなにもない。

だって、大河と悠なりにわたしのことを思ってしてくれたのだから。


「…わたし。2人と友達になれて…本当によかった」


気の進まないままやってきた、この土地。

大好きなお父さんとお母さんを失くした、この土地。


だけど、わたしはここで大切な仲間と出会うことができた。


――だから。


ここにきてよかった。


わたしは、心からそう思うことができた。


甘いはずのカボチャのフラペチーノは、なぜだか少しだけしょっぱく感じた。



それから、悠は用事があるとかで先に帰った。


「じゃあ、莉子。明日、学校でなっ」


帰り際に、そう言い残して。


その場に残されたのは、大河とわたし。


「俺たちもそろそろ帰るか?送るで、莉子」

「…ううん。今はまだ…ここでこうしていたい」


久々に外に出た。

2週間ぶりの外は、いつの間にか季節が若干変化していた。


夕方には、もう肌寒く感じるようになっているなんて知らなかった。
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