ありがとう、ばいばい、大好きだった君へ

中小路かほ

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君に救われた

莉子side 2P

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だから、ようやくつかんだ念願の優勝。


みんなの喜ぶ姿が眩しくて、わたしも目に涙が浮かんだ。



「よう、莉子」

「…大河!」


そのあと、優勝旗を手にした大河がわたしのところへやってきた。


「言ったとおりやったやろ?『3球で決める』って」

「うん、そうだね」


思ったよりも元気そうな大河を見て安心した。


「あれ?もしかして…莉子、泣いてた?」

「…へっ!?な…なんで!?」

「だって、なんか目が赤いような――」

「そんなわけないじゃん…!」


わたしは、慌てて大河に背中を向ける。


「そんなことよりも、…大丈夫なのっ?」

「大丈夫って、なにが?」

「腕の痙攣…。まだ痺れてるんじゃないの…?」

「ああ…ほんまやなっ。優勝したんがうれしすぎて、すっかり忘れてたっ」

「なにそれ~…」


…心配して損したっ。


「まあでも、絶対優勝できるって自信あったし」

「…よく言うよ~。大大大ピンチだったのに!」

「だって、これがあったから」


そう言って、大河がわたしの前に差し出した手のひらの上にあったのは、赤と黄色の紐で編み込んだミサンガだった。


これは、この夏の大会前に、野球部全員に渡すために、マネージャーのみんなで作ったものだ。

大河と悠には、わたしが作ったものを直接渡した。


『優勝できますように』


そう願いを込めて。


大河の手のひらにあるミサンガは、今ではすっかり汗や泥で汚れてしまっていた。

渡したときのきれいな色の紐とは大違いだ。


それと、そのときとは違ったところが他にもあった。


「最後の1球を投げるときに気づいてん。ミサンガが切れてることに」


そう。

大河のミサンガは、結び目とは真逆のところで切れていた。


「莉子が、優勝できるようにって思って作ってくれたミサンガやろ?やから、それが切れたから、絶対優勝できるって確信した」


…そんなの、ただの迷信だっていうのに。

ミサンガ頼りにするなんて、やっぱり大河はバカだよ。


「俺が最後に思いきり投げれたのは、莉子のおかげ」

「…大河」

「やから、これは莉子の優勝旗でもあるっ」


そう言って、大河から優勝旗を手渡された。

その流れで、慌てて手を伸ばして持ち上げたけど、思ったよりも重くて、わたしはバランスを崩しかけた。


「…うおっ!危ねっ…!」


焦った大河が、わたしを体ごと持ち上げる。


「なっ…なに大河、どさくさに紛れて体に触れてるのよ…!」

「…いやっ、そうやなくて!俺は、優勝旗が心配でっ…!」


わたしよりも、…優勝旗!?

大河から渡したらくせに…!


これだから、野球バカは困るんだからっ。


わたしは大河を睨みつける。

でも、なんだかおかしくなって、わたしたちは顔を見合わせて笑ったのだった。


そうして、わたしたちにとって、中学最後の大会が幕を閉じた。



野球部を引退してからは、夏休みの1日1日がとても長く感じた。

大河や悠は夏休みの間も、後輩の練習の様子を見に行ったりしていた。


わたしも、そうしたのはやまやまなんだけど…。


部活を引退したあとに残るのは、――受験勉強…!


夏休みだからと言って、遊んでなんかいられなかった。


それに、わたしは東京の学校を受験しなくてはならない。

来年の春には、また家族3人で東京に戻るから。


初めはいやいや引っ越してきて、早く帰りたいなんて思っていた。

友達ができたところで、どうせ中学3年間だけの期間限定だしって。


でも、大河や悠や周りの友達にも恵まれて、近くにスタバはないけれど、みんながフレンドリーで住み心地のいい今の暮らしを離れることが、最近無性に寂しかったりする。


受験勉強を始めて、尚更そう思うようになっていた。



こっちの高校よりも、東京の志望校のほうが少し偏差値が高い。

だから、必死になって勉強しないといけない。


夏休みが明けると、ガラリと受験モードに。


机の上に、過去問や赤本をよく見かけるようになった。


そんな脳内を受験勉強で洗脳されるわたしとは違って、大河と悠は夏休み前となにも変わらない。


なぜなら、2人はすでに進学先が決まっているから。


小学生のころから、野球で注目されていた大河と悠。

そして、夏の大会で青城中学を優勝に導いたのは、2人のバッテリーの力だと言っても過言ではない。


だから2人には、野球で有名な高校からのオファーが殺到した。


その中から、2人は甲子園出場の常連校でもある『明光めいこう学園』を志望した。

スポーツ推薦のため、2人の入学はすでに決まったようなものなのだ。


わたしは、東京の高校へ。

大河と悠は、家からも通うことのできる明光学園へ。


これまでずっといっしょにいたわたしたちだったけど、春からは本当に離ればなれになる。



「莉子、ほんまに東京戻るん?」

「うん。こっちに引っ越してきたときから、東京の高校を受験するって決めてたし」

「でも、寂しくなるな…」

「…そうだね」


わたしと大河と悠は、学校帰りに河原でアイスを食べながら、ぼんやりとオレンジ色の夕日を眺めていた。


できることなら、わたしだって大河や悠とは離れたくない。

わたしのその気持ちを知っていて、最近お父さんとお母さんは、「こっちの高校も受験してみたら?」とも言ってくるようになった。


近くにおじいちゃんとおばあちゃん家があるから、そこから通うのもアリなんじゃないかと。


でもそうなったら、今度はお父さんとお母さんと離れて暮らすことになる。

…それは、いやだ。


だから、わたしは東京の高校へ進学する。

そう決めたのだ。



――しかし、『その日』は突然訪れた。


朝からいい天気だと思っていたのに、午後から急に天候が曇り出しだ。

そして、お昼休みのときには土砂降りに。


「今日って、晴れの予報じゃなかったの?」

「いや、俺は天気予報は見てへんけど」


大河はそう言って、お弁当のウインナーを頬張る。


「雨降るなんて言ってなかったから、傘なんて持ってきてないよ~…」

「俺も」

「オレもー。しかも、夜中まで止まへんみたいやんっ」


悠は天気を調べてくれているのか、右手にはメロンパンで、左手に持ったスマホに目を移す。


でもまあ、野球部の練習のときだって、急に雨に降られてびしょ濡れで帰ったことだってあったし。

仕方ないけど、走って帰るしかないよね。


そう思っていると、わたしのスマホが震えた。

見ると、お母さんからの着信だった。


〈もしもし、お母さん?〉

〈あっ、莉子?今、お昼休みよね?電話、大丈夫?〉

〈大丈夫だよー。どうしたの?〉

〈今日、傘持って行ってないでしょ?授業終わったら、車で迎えに行くから待ってて〉

〈いいの!?〉

〈ええ。お父さんが早めに仕事が終わるみたいだから、先にお父さんを会社まで迎えに行って、そのあとに行くわね〉

〈わかった!ありがと~〉


…よかった!

これで、濡れずに帰れそうだ。


〈あと、よかったら大河くんと悠くんもいっしょに乗ってもらってね。家まで送るから〉

〈わかった。2人に伝えておくね〉


お母さんとの電話を切ったあと、2人に帰りに送ると伝えたら、とても喜んでくれた。


「さすが、莉子のお母さん!」

「マジで神っ」


空を見上げると黒い雲が覆い尽くしていて、まだ昼間だというのにまるで夜のようだ。


止むことのない雨を眺めながら、わたしは大河と悠といっしょにお弁当を食べていたのだった。



お昼休みが終わって、5限を受けたら、お父さんを車に乗せたお母さんが迎えにきてくれる。

わたしは、なにも疑うことなくそう思っていた。


だから、まさか――。

あれが、お母さんとの最後の電話になるなんて…。


このときはそんなこと…思いもしなかった。



それから、1時間後。

あと10分ほどで、5限の授業が終わろうとしたときだ。


…ガラッ!!


まだ授業中だというのに、突然教室のドアが開いた。


みんなが一斉に目を向けると、そこにいたのはわたしたちのクラスの担任の先生。


「…ハァ、ハァ、ハァ」


しかも肩で息をしていて、とても慌てている様子だ。


「どうかしましたか?」


5限の英語担当の先生だって、驚いた顔をして担任の先生を見ている。


「授業の途中で…すみません。…桜庭、ちょっといいか?」

「は…はいっ」


なぜか先生に呼び出され、わたしは廊下へ。


窓ガラスに打ちつける雨の音がうるさく響く廊下で、担任の先生はわたしに衝撃的なことを告げた。


――その瞬間。

わたしの頭の中は、真っ白になった。
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