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君と出会った

大河side 2P

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1つ1つのポケットを手でパンパンと押さえつけていたときだ。


「…あれ?」


右腰辺りのポケットが膨らんでいた。

固いなにかが入っているようだ。


不思議に思ってポケットに手を突っ込むと、中から出てきたのは白くて丸みのあるもの。


「あっ、…これ!」


それは、コンビニで拾ったワイヤレスイヤホンのケースだった。


落とし物として店員さんに預けようと思っていたのに、そのまま忘れて、ポケットに入れて持って帰ってきてしまっていた。


ひとまず、ユニフォームを洗濯する前に見つけてよかった。

水に濡れたら、絶対にアウトだよな?


まだ春休みは、1週間ある。

その間に、野球チームの練習もある。


だから、まだ何回かはあいつらとあのコンビニに行くことがあるから、そのときに店員さんに渡したらいいや。

そう思って、俺はワイヤレスイヤホンのケースをバッグにしまったのだった。



しかし、確かに野球チームの練習はあったが、そのあといつものようにあのコンビニに行くことはなかった。


なぜなら、練習後突然の土砂降りにあい、それどころではなかったり。

はたまた、俺が練習後に予定が入っていて、早く家に帰らなければならなかったり。


そんなことが続いて、結局あのコンビニには行けず…。

ワイヤレスイヤホンのケースは、ずっと俺が預かったままになってしまっていた。


1週間もすれば、きっとイヤホンの充電は切れているころだろう。

あのコかどうかはわからないけど、持ち主もきっと困っているはずだ。


…すんません。

俺が持ったままです。


そんなことを思いながら、俺は明日の入学式に備えて、早めに寝ることにした。


だから、このときの俺は思ってもみなかった。


このワイヤレスイヤホンのケースの持ち主――。

つまり、あのコにまた再会できるだなんて。


しかもそれが、俺の人生にとって、かけがえのない大切な人との出会いになるなんて。



「悠、また同じクラスやんっ」

「ほんまやな!またよろしく~」


俺は、悠と並びながら1年3組の教室に向かった。


隣にいる悠とは、幼稚園からの付き合い。

小学校でも何度か同じクラスにはなったし、同じ野球チームにも所属している。


ちなみに、野球チームではバッテリーを組んでいる。

俺がピッチャーで、悠がキャッチャー。


だから、今日の入学式にも、「また同じクラスかもな」なんて話しながらきたら、まさかの同じクラスだった。



1年3組の教室に着くと、さっそく黒板に書かれていた座席表に目を通す。

一旦悠と別れて自分の席に座ってみるけど、…なんだか落ち着かない。


なぜなら、周りは春休み明けで久々に会う友達ばかりだからだ。


「おお、大河!久しぶり~」

「おう!お前もなっ」


この青城中学の生徒は、前の小学校からの持ち上がりがほとんど。


だから、同級生はみんな知った顔だし、先輩だって知っている。


もし知らない顔があるとすれば、それは転校生くらいだ。

ただ、まあこんな田舎に転校生がそうそうくるはずもない。



俺は、さっそく悠の席に向かった。

そして、悠の隣の空いていた席に腰を下ろす。


「あっ!大河と悠やん!」

「お前ら、遊びに誘ってんのに、全然都合つかへんやったやん!」

「あ~、ごめんごめん。野球の練習あったから」

「春休み中も、野球~…!?ほんま、野球バカやな」


気づけば俺と悠の周りには、前の小学校から仲のよかった友達が集まっていた。


だから、話に夢中になってまったく気づかなかった。

俺の後ろに、だれかが立っていたことに。



「あ…あの……」


一瞬、空耳かと思った。

でも、なんだか気配を感じて振り返ると、そこには見慣れない女子が立っていた。


「あの…。そこ…、わたしの席でっ…」


肩にあたるくらいのミディアムヘア。

俺と違って、ぶつかったら折れそうな華奢な体。


…ん?

ぶつかったら…?


その瞬間、俺の頭の中に電流のようなものが駆け巡り、あのときの出来事が思い出された。


「…あーーーーーっ!!」


一瞬、こんなコ、同級生にいたっけ?と思ったけど、そうじゃない。


「だれ、このコ?」

「初めて見るけど、大河の知り合い?」


当たり前だが、周りはそんな反応だ。


だけど俺は、このコを知っている。


「もしかして、イヤホンのコとちゃう!?」


そう。

コンビニでぶつかって、ケースを落としていった…イヤホンのコ!


「…あっ、ほんまやん!この間のコやんっ」


隣にいた悠からも、そんな声が漏れた。


悠はあのとき、イートインスペースでこのコの隣に座っていて、俺がぶつかったときも近くで見ていたから。


「俺!俺!…覚えてへん!?」

「…いや。ちょっとよくわからないんですが…」


自分の顔を指でさしてみたが、困った顔をしている。


「…あ、そっか。まぁいいや!それよりも、これずっと返さなあかんって思ってて」


俺は、エナメルバッグのポケットからワイヤレスイヤホンのケースを取り出した。


結局、コンビニにも預けに行けず、でもなにかあったらすぐ出せるようにと、このバッグにしまっていた。


「これ、自分のとちゃう?」

「なんで…これ」

「コンビニに落としてたで。たぶん、俺とぶつかったときに」

「…ぶつかった?」


そうつぶやいて、俺の顔をまじまじと見つめる。


そして、ハッとしたような表情を見せた。

ようやく、思い出したようだ。


「あのときの…野球部!?」

「…野球部?…ああ、あのときは野球チームのメンバーでなっ。こいつもそのとき、そこにおったし」


俺は、隣にいた悠に視線を移す。


あの場には、他に同級生のメンバーが4人いたけど、同じ中学に上がるのは悠だけだ。


「イヤホン充電できひんくて、困ってたんとちゃう?」

「…う、うん。そうなの。ありがとう」

「どういたしまして」


そのコのずっと固かった表情が緩んだ瞬間だった。


その優しい笑みに、不覚にもドキッとしてしまった。

だけど、それよりも気になることが――。


「…って、なんで標準語?」


このあたりじゃ、標準語なんて聞き慣れない。

そこに、とっさに反応してしまった。


「わたし、東京から引っ越してきたばかりなの。だから、まだこっちの生活に慣れてなくて…」


転校生なんているわけないと思っていたけど、まさかの目の前にいた。


「へ~。わざわざこんな田舎に引っ越してきたんやっ。周り、みんな知り合い同士でビビったやろ?」

「…うん。すごく浮いてる感じがするっ」

「まあ、でもみんな悪いヤツとちゃうし、そのうち仲よくなれるから大丈夫やって!」

「あ…ありがとう」


コンビニで見かけたときは、愛想がないと思ったけど、話してみたらそんなことはなかった。

ただ、この土地に慣れていないだけだった。



「…で。そこ…、わたしの席なんだけど…」

「ああ、そやったな。勝手に座ってて、ごめんごめん!」


俺は、慌てて席を立った。


「そういえば、名前は?」


せっかく、同じクラスになったことだし。


「…え?えっと…、桜庭です」

「ちゃうちゃう!下の名前っ」

「下…!?」


あまりにも驚くから、変なことでも聞いてしまったのかと思った。


でも、俺たちの仲じゃ男子も女子も関係なく、下の名前で呼ぶのが当たり前となっている。


「桜庭…莉子です」


手をもじもじさせながら恥ずかしそうに、小さな声が聞こえた。


「莉子なっ。俺は、矢野大河。こっちは悠」


俺は、悠に顔を向ける。


「大河くんと…、悠くん…」


それを聞いて、ちょっと歯がゆくなった。

くん付けなんて、されたことがなかったから。


「大河でええよ!」


俺はそう言って、笑ってみせた。



まさか、あのときコンビニでぶつかったコと、こんなところで再会するとは思わなかった。


――莉子。


まだクラスに溶け込めなくて、なんだか放っておけない存在。


自分じゃ気づかなかったけど、俺はこのときからすでに、少しずつ莉子に惹かれていたんだ。
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