上 下
31 / 33
幕末剣士、未来へ

5P

しおりを挟む
「うん。未来を変えたんだよ」


わたしと宗治は、手を取り合って東の空を見つめた。


と言っても、まだ西の空には月が出ている。

丸い丸い満月が。


…満月……?


そう思った瞬間、突然桜の木のうろが光りだした。

わたしを誘うように、赤紫色に。


見上げると、冬だというのに満開の桜。


タイムスリップだ…!


まさか、今回もこんな早くに現代に帰ることになるとは思わなかった。

もう少し、宗治とこっちの時代で過ごしたかった。


…だって、わたしたちはもう二度と会うことはできないだろうから。


「宗治…!わたし――」


最後に伝えたいことがたくさんある。

だけど、想いが高ぶって言葉にならない。


すると、そのとき――。


「…行くなっ!!」


光に包まれそうになったわたしを宗治が抱き寄せた。

そして、なんとか桜の木から遠ざけようとする。


「…でもわたし、行かないと――」

「行かせたくない!!」


わたしの頭の後ろに手をまわし、強くギュッと抱きしめる。


「ダメか…?この時代に残るってわけにはいかねぇか?」

「わたし…が?」

「そうだ。現代みたいにテレビや車や便利なものはなにもねぇ。でも、俺がいる。俺が都美のそばにいる!」


いつも堂々としている宗治の声が…涙声で震えている。

こんな宗治…、見たことがない。


「俺は、これからの時代を都美とともに生きていきたい」


その言葉に、わたしはキュッと唇を噛みしめる。


…ずるいよ、宗治。

この場で、そんなことを言うなんてっ…。


わたしだって、…帰りたくなくなっちゃうじゃん。

宗治とずっとずっといっしょにいたいって…思っちゃうよ。


そのとき、お母さんの顔が頭の中に浮かぶ。


『…無理して戻ってこなくてもいいのよ。都美があっちの時代で宗治くんといっしょにいたいなら』

『お母さんたちなら大丈夫…!好きな人といっしょにいて、都美が幸せならそれで十分よ。だから、都美がしたいようにしなさい』


お母さんは、こうなることがわかっていたの…?

だから、ああいうふうに言ってくれたの…?


『その気持ち、大切にしなさいね』


――わたしの気持ち。

わたしが宗治を想う…気持ち。


わたしは決心すると、ゆっくりと目をつむった。


そして、手を宗治の胸板につけると――。

そっと宗治を引き離した。


「…都…美?」


わたしの取った行動に、宗治は目を丸くしている。


そんな宗治に向かって、…言ってやった。


「そういうの、やめてよね」


目を細めて、宗治に視線を向ける。

冷たい冷たい視線を。


「幕末剣士との恋って非現実的で燃えたけど、しょせんそれは現代でのお話。普通に考えて、わたしがこんな時代で生きていくとかありえないから」


宗治の…驚いて言葉も出ないような顔。

見ていられない。


「宗治だって、いつまで恋愛ごっこしてるつもり?わたしの気持ちがとっくに冷めてるって、気づかなかった?」


…ごめんね、宗治。

本当はそんなことないのに。


「もう宗治のことなんて、なんとも思ってないから。未だに同じ気持ちだって、勘違いしないでよね」


うそ。

うそだよ…。


宗治のことが…大好きで大好きで仕方ないよ。


笑う顔も。

剣道で真剣な顔も。

頬を赤くする照れた顔も。

わたしをバカにする顔も、…全部好き。


…だから、お別れしよう。


そもそも宗治は都子姫を一途に想っていて、その想いの強さで現代にタイムスリップして蘇った。

救い人の力を持つわたしの役目は、宗治を元の時代へ帰すこと。


そして今、宗治は元の時代へ帰ってきた。

それに、宗治が亡くなる原因となった火事も食い止めた。


きっと宗治は、手にすることができなかった新しい未来をこの時代でつくっていくことだろう。


その未来にわたしはいらない。

だって宗治は、都子姫と結ばれる運命なんだから。


だから、一時の気の迷いでわたしを好きになっちゃいけない。

もともとわたしは、この時代には存在しないのだから。


「都美…。お前が俺のことをどう思っていようと、俺はお前のこと――」

「…好きじゃないの!!」


もう一度わたしを抱きしめようとした宗治にそう言い放つ。


「好きじゃないのに、これ以上わたしがこの時代にとどまる意味…ある?」


わたしに睨まれた宗治は、なにかを言いかけたけどそのまま口をつぐんだ。


…これでいいんだ。

これで、宗治は幼い頃からずっと想っていた都子姫と結ばれる。


『私、宗治のことが大好きなのっ』


あのときの都子姫の幸せそうな顔が思い出される。


わたしは、宗治のことが大好きだから。

宗治が都子姫と幸せになる未来を――願う。


「じゃあね。さよなら」


わたしは宗治に背中を向けると、赤紫色の光へ向かって歩き出した。


宗治、短い間だったけど今までありがとう。

宗治のこと、好きになれてよかったよ。


最後に傷つけて…ごめんね。

でも、都子姫と幸せになって。


――大好きな人と永遠に。


「…都美!!」


赤紫色の光に包まれようとしたそのとき、わたしの背中に向かって宗治が叫ぶ。


「俺、お前のこと…絶対に忘れない!この時代では、お前とは結ばれなかったかもしれない。…でも!!」


…宗治、なに言って――。


「必ず会いにいく…!そして、未来でまた都美を好きになる!だからっ…」


振り返ると、一筋の涙が頬を伝う宗治と目が合った。

その顔は、なぜか穏やかに微笑んでいる。


「だから…!そのときは、ずっと俺のそばにいてくれ!」


光の渦の中で、宗治の声が遠のいていく。

だけど、はっきりと聞こえた。


宗治の想いが胸に響いて。

涙があふれ出した。


そうして、宗治の時代とを繋ぐ入口が閉じる寸前――。

わたしは大きくうなずいてみせたのだった。


『必ず会いにいく…!そして、未来でまた都美を好きになる!だからっ…』

『だから…!そのときは、ずっと俺のそばにいてくれ!』


…未来だなんて、なに言ってるんだか。


でも…うれしかった。

わたしのことを想ってくれていて。


だけど、もうこれで宗治と会うことは二度とない。

なぜなら、わたしは現代には存在しないだろうから。


おそらく、あのあと宗治と都子姫は結ばれる。

となると、壱さんと都子姫は結婚することはなく、その子孫となるわたしたちはこの世に生まれることはない。


そうなるとわかっていたけど、後悔はしていない。

宗治が幸せな人生を送ってくれるなら、それで――。


幕末から現代へタイムスリップするわたしの体。

なんだか徐々に気だるく、そして…眠たくなってきた。


…ほら、わたしが予想したとおりだ。

わたしが現代に帰ることはない。


このまま深い深い眠りについて――。


そこでわたしは意識を失った。



――わたし、どうなっちゃったんだろう。


頭がぼうっとする。

天国にでも行ったかな。


でも、そもそも生まれてこなかったら死ぬこともできないんだから、天国にも地獄にも行けないよね。


わたしは一体――。


目を開けると、わたしを凝視する目と目が合った。


「「…うわぁっ!!」」


驚きすぎて、飛び上がる。

なんだと思ったら、それは知った顔だった。


「…朔!?びっくりするじゃないっ…!」

「ね…ねえちゃんこそ、いきなり起きるんじゃねぇよ…!」


ふと体に目を移すと、わたしはパジャマ姿で自分の部屋のベッドで横になっていたようだった。


「…あれ?おはよう…?」

「おはようって、なに寝ぼけてんの?バカじゃね?」


朔は意味不明にわたしを罵ると、部屋から出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋の王子様

中小路かほ
児童書・童話
あたし、朝倉ほのかの好きな人――。 それは、優しくて王子様のような 学校一の人気者、渡優馬くん。 優馬くんは、あたしの初恋の王子様。 そんなとき、あたしの前に現れたのは、 いつもとは雰囲気の違う 無愛想で強引な……優馬くん!? その正体とは、 優馬くんとは正反対の性格の双子の弟、 燈馬くん。 あたしは優馬くんのことが好きなのに、 なぜか燈馬くんが邪魔をしてくる。 ――あたしの小指に結ばれた赤い糸。 それをたどった先にいる運命の人は、 優馬くん?…それとも燈馬くん? 既存の『お前、俺に惚れてんだろ?』をジュニア向けに改稿しました。 ストーリーもコンパクトになり、内容もマイルドになっています。 第2回きずな児童書大賞にて、 奨励賞を受賞しました♡!!

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

クールな幼なじみが本気になったら

中小路かほ
児童書・童話
わたしには、同い年の幼なじみがいる。 イケメンで、背が高くて、 運動神経抜群で、頭もよくて、 おまけにモデルの仕事もしている。 地味なわたしとは正反対の かっこいい幼なじみだ。 幼い頃からずっといっしょだったけど、 そんな完璧すぎる彼が いつしか遠い存在のように思えて…。 周りからはモテモテだし、ファンのコも多いし。 ……それに、 どうやら好きなコもいるみたい。 だから、 わたしはそばにいないほうがいいのかな。 そう思って、距離を置こうとしたら――。 「俺がいっしょにいたい相手は、 しずくだけに決まってんだろ」 「しずくが、だれかのものになるかもって思ったら…。 頭ぐちゃぐちゃで、どうにかなりそうだった」 それが逆に、 彼の独占欲に火をつけてしまい…!? 「幼なじみの前に、俺だって1人の男なんだけど」 「かわいすぎるしずくが悪い。 イヤって言っても、やめないよ?」 「ダーメ。昨日はお預けくらったから、 今日はむちゃくちゃに愛したい」 クールな彼が 突然、わたしに甘く迫ってきたっ…! 鈍感おっとり、控えめな女の子 花岡 しずく (Shizuku Hanaoka) × モテモテな、完璧すぎる幼なじみ 遠野 律希 (Ritsuki Tōno) クールな幼なじみが本気になったら――。 \ とびきり甘く溺愛されました…♡/ ※ジュニア向けに中学生設定ですが、 高校生の設定でも読める内容になっています。

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

キミと踏み出す、最初の一歩。

青花美来
児童書・童話
中学に入学と同時に引っ越してきた千春は、あがり症ですぐ顔が真っ赤になることがコンプレックス。 そのせいで人とうまく話せず、学校では友だちもいない。 友だちの作り方に悩んでいたある日、ひょんなことから悪名高い川上くんに勉強を教えなければいけないことになった。 しかし彼はどうやら噂とは全然違うような気がして──?

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

ターシャと落ちこぼれのお星さま

黒星★チーコ
児童書・童話
流れ星がなぜ落ちるのか知っていますか? これはどこか遠くの、寒い国の流れ星のお話です。 ※全4話。1話につき1~2枚の挿絵付きです。 ※小説家になろうにも投稿しています。

クール天狗の溺愛事情

緋村燐
児童書・童話
サトリの子孫である美紗都は 中学の入学を期にあやかしの里・北妖に戻って来た。 一歳から人間の街で暮らしていたからうまく馴染めるか不安があったけれど……。 でも、素敵な出会いが待っていた。 黒い髪と同じ色の翼をもったカラス天狗。 普段クールだという彼は美紗都だけには甘くて……。 *・゜゚・*:.。..。.:*☆*:.。. .。.:*・゜゚・* 「可愛いな……」 *滝柳 風雅* 守りの力を持つカラス天狗 。.:*☆*:.。 「お前今から俺の第一嫁候補な」 *日宮 煉* 最強の火鬼 。.:*☆*:.。 「風雅の邪魔はしたくないけど、簡単に諦めたくもないなぁ」 *山里 那岐* 神の使いの白狐 \\ドキドキワクワクなあやかし現代ファンタジー!// 野いちご様 ベリーズカフェ様 魔法のiらんど様 エブリスタ様 にも掲載しています。

処理中です...