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山ではぐれてしまったら
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りっくんも、わたしのことを探してくれていたのだろうか。
緊張で強張っていた表情が、少しずつ緩んでいく。
「…しずくがいないって聞いて。心臓が止まるかと思った。…でも、よかった。しずくが無事で、本当によかった」
泣きそうなのを堪えているのか、くしゃっとしたりっくんの顔。
いつもクールなりっくんの…こんな顔、見たことがない。
そして、痛いくらいに抱きしめられる。
だけど、今のわたしにはそれが心地いい。
「先生たちも近くまで探しにきてる。しずくがいたこと、早く知らせに行かないと」
「そうだね。…でも、ごめん。足に力が入らなくて、思うように立てなくて――」
と言い終わる前に、体がふわっと軽くなった。
まるで、無重力になったような…そんな感覚。
驚いて顔を上げると、すぐ目の前にはりっくんの顔。
それもそのはず。
なんとわたしは、りっくんにお姫様抱っこをされていたのだった…!
「立てないなら、これでいいだろ?」
恥ずかしさで顔が真っ赤なわたしとは反対に、りっくんは余裕の笑みを見せている。
「お…下ろして、りっくん!1人で歩けるよ…!」
「ついさっき、立てないって言ってたヤツがなに言ってんだよ」
「で…でも。こんなところ、先生に見られたらっ…。恥ずかしいよ……」
「俺はべつに構わないけど?それに、恥ずかしがるしずくがかわいすぎて、ずっとこうしていたい」
耳元でそう囁かれ、わたしは顔から火を吹きそうなほど。
お姫様抱っこなんて、ドラマや少女マンガの中だけだと思っていたから、実際に自分がされるなんて…恥ずかしすぎる。
でも、…まだ自分の力で歩けないのも事実。
「ちょ…ちょっとの間だけだからね…!」
そう言ってみたものの、りっくんに包み込まれるようなお姫様抱っこは心地よくて…。
ずっとこうされていたい、なんてことを思ってしまったのだった。
そのあと、わたしのことを探してくれていた先生たちと合流。
無事に、りっくんといっしょにコテージに戻ったのだった。
すでに時刻は、18時過ぎ。
わたしたちは雨に濡れた体を温めるために、すぐにお風呂に入った。
そして、今はコテージの医務室で先生に診てもらっている。
「よかった…。擦り傷や切り傷程度で、大きなケガはしていなくて」
引率していた保健室の先生が、丁寧に絆創膏を貼ってくれる。
先生の言葉に、りっくんもほっとしたような表情を浮かべる。
すでに食堂では夕食の時間らしく、わたしとりっくんの夕食は医務室へ運ばれてきた。
「先生たちは一旦抜けるから、もしなにかあったら呼びにきてね」
「わかりました」
「ごめんね、こんなところで食事だなんて」
「いいえ、構いませんっ」
わたしは先生に笑ってみせる。
だって、みんなといっしょに食べる食堂だったら、クラスごとに座ることになる。
クラスの違うりっくんとはいっしょにはなれない。
だけど、ここならりっくんと2人きりで、顔を合わせて食事をすることができるから。
それが、うれしいんだ。
「なんだよ。さっきから人の顔をじろじろ見て」
「な…なんでもないよ!」
ついつい、目の前に座るりっくんに見惚れてしまっていた。
…今まで自分じゃ気づいてなかったけど。
りっくんの気持ちを知って、頼りになりすぎるくらいのりっくんの姿を見て――。
わたし、めちゃくちゃりっくんのことが好きなんだ。
「あれ?りっくんは食べないの?」
わたしは、デザートのゼリーに手を伸ばしたところだけど、りっくんはほとんど食事に手をつけていない。
「…ああ、うん。あまりにもしずくがおいしそうな顔して食べるものだから、ずっと見ていたかっただけ」
「なにそれっ…。そんなに見ないでよ…!」
りっくんに見られていると思ったら、余計にゼリーが食べづらい。
――そのとき。
医務室のドアが勢いよく開け放たれた。
驚いて目を向けると、そこに立っていたのは芽依。
急いできたのだろうか、息を切らしている。
「め…芽依?」
ドアのところでハァハァと息継ぎをする芽依に、おそるおそる歩み寄ると…。
「しずくっ…!ほんとにごめんなさいっ!!」
なんと、芽依が泣きじゃくりながらわたしに抱きついてきた。
子どものように、その場でわんわんと泣く芽依。
こんな芽依の姿、今までに見たことがない。
「…どうしたの?なにかあった?」
「なにかあったもなにもっ…。あたし、…しずくにひどいことした」
…『ひどいこと』。
わたしを無視していたことだろうか…。
「もういいよ、芽依。無視されても平気だったって言ったら嘘になるけど、こうして謝ってくれたなら、それで――」
「…違うの」
「え…?違うって?」
わたしが顔を覗き込むと、芽依は涙を払ってわたしを見つめた。
「スタンプラリーで、しずくのほうの道にはスタンプ台がないのをわかっていたのに…。あえてそっちに行かせたの…」
「そう…だったの?でも、どうしてそんなこと…」
「…ちょっと意地悪して、困らせたかっただけ。でも、そんなの間違いだったって、…律希くんに言われてようやく目が覚めたの」
「…りっくんが?」
どうやら、わたしがみんなとは違う道を進んだあと、芽依たち3人は最後のスタンプ台を見つけることができた。
そして、わたしはすぐに引き返してくるだろうと思っていたんだそう。
しかし、10分たっても20分たってもわたしが戻ってくることはなかった。
怖くなった芽依たちは、近くにいた先生に報告。
そして、先生たちが手分けしてわたしを探すこととなった。
ひとまず、先にコテージに返された芽依たち。
そこで、さっきすれ違ったりっくんに、なぜわたしがいないのかと問いただされる。
その重圧に耐えられなくなり正直に話したところ、りっくんは激怒。
芽依たちを怒鳴りつけ、わたしが進んだ道を聞き出すと、一目散に探しに行ったんだそう。
「律希くんに怒られて、とんでもないことをしてしまったって後悔して…。しずくが戻ってこないかもと思ったら、こわくて仕方がなかった…」
「…芽依」
「あのとき、すごい剣幕で怒ったけど、俺は間違ったことをした篠田さんたちに謝るつもりはないから。俺の中では、しずくが一番大事だから」
りっくんのその言葉を聞いて、芽依はゆっくりと頷いた。
「それで、ようやくわかったの。あたしがどんなことをしたって、2人の間を引き裂くことなんてできないんだって…」
芽依は、ただただりっくんのことが好きだっただけ。
その好きという気持ちに、わたしは邪魔な存在だった。
だから、わたしのことを無視したり、いやなことをしてきた。
芽依がしたことは簡単に許せるものではないけど、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらわたしに謝ってきた。
自分の行いに、とても反省している。
わたしだって、芽依は悪い子じゃないのは知っている。
芽依がわたしに話しかけてきてくれなかったら、地味なわたしは今もクラスで1人浮いていたことだろう。
芽依がいてくれたから、学校生活が楽しかったわけだし。
だから、もういいの。
「しずくには、友達の縁を切られたっておかしくないと思ってる。あんなにひどいことをしてきたんだから…。だから――」
「じゃあ、わたしのお願い…聞いてくれる?」
「お…お願い?」
予想外の言葉に、少し顔を強張らせる芽依。
そんな芽依に、わたしはにっこりと微笑んだ。
「もう一度、わたしと友達になってくれる?」
わたしだって、できることなら芽依とこのまま友達の縁を切るなんていやだ。
せっかくわかり合うことができたんだから。
だから、もしこんなわたしでよければ、もう一度友達になってほしい。
わたしの問いに、芽依の瞳にまた涙が浮かぶ。
「…当たり前じゃんっ。だってあたしたち、“親友”でしょ!」
芽依の言葉に、わたしも笑顔がこぼれた。
また、芽依と新しい関係を築くことができた。
だからこそ、芽依はわたしの“親友”なんだ。
「それにしても、しずくのことがめちゃくちゃ好きって気持ちが、律希くんからビリビリに伝わってきたよ」
「…えっ、りっくんから?」
「そうだよ。やっぱり幼なじみって最強だね」
「そ…そんなこと…!ねぇ、りっく――」
わたしがりっくんに声をかけようとしたそのとき、イスに座っていたりっくんの体が斜めに傾いたと思ったら…。
…ガチャン!!
テーブルの上にあったりっくんの食器類が床に散らばり、けたたましい音とともにりっくんが倒れた。
「りっくん…!?」
慌てて駆け寄って、体を起こす。
すると、すぐにわかった。
りっくんの体が、ほてって熱いことに。
虚ろな目をして、苦しそうに息をするりっくん。
おでこに手をやると…。
「すごい熱…」
力なくわたしにもたれかかるりっくんに、わたしは戸惑うばかり。
「しずく、あたしが先生呼んでくるから…!」
なにもできないわたしの代わりに、芽依が先生を呼びにいってくれた。
そして、りっくんは先生に抱えられながら、別室へと移されたのだった。
そんなりっくんの様子を遠目に見守る。
「…りっくん、大丈夫かな」
全然食事に手をつけないと思っていた。
『…ああ、うん。あまりにもしずくがおいしそうな顔して食べるものだから、ずっと見ていたかっただけ』
りっくんはああ言っていたけど、本当は体調が悪くて食欲がなかっただけなんだ。
わたしは木の下で雨宿りしていて、あまり濡れることはなかったけど、りっくんはあの土砂降りの雨の中、わたしを探していて…。
そのせいで、体が冷えて体調を崩してしまったに違いない。
すると、心配そうに見つめるわたしの背中を芽依が痛いくらいに叩いた。
「な~に、こんなところで突っ立ってるの!」
「い…痛いよ、芽依」
「ボサッとしてないで、早く行ってあげなよ」
「…え?」
「だって、しずくは律希くんの“彼女”なんだからっ」
「…べつに、まだ“彼女”ってわけでは。それに、わたしが行っても迷惑だろうし…」
「そんなことないでしょ!こういうときにそばにいてくれたほうが、律希くんもうれしいに決まってるじゃん!」
ニッと笑ってわたしの背中を押す芽依。
りっくんとの仲をまだ説明できていなかったけど、芽依はすでにわたしたちの関係を理解してくれていた。
「しずくがいるから律希くんのことは諦めたけど、あたしは“モデルの律希”のファンだから。ちゃんと看病しないと許さないよ!」
芽依にそう言われ、わたしはクスッと笑った。
「ありがとう、芽依」
そうして、わたしはりっくんが案内された部屋へと向かったのだった。
緊張で強張っていた表情が、少しずつ緩んでいく。
「…しずくがいないって聞いて。心臓が止まるかと思った。…でも、よかった。しずくが無事で、本当によかった」
泣きそうなのを堪えているのか、くしゃっとしたりっくんの顔。
いつもクールなりっくんの…こんな顔、見たことがない。
そして、痛いくらいに抱きしめられる。
だけど、今のわたしにはそれが心地いい。
「先生たちも近くまで探しにきてる。しずくがいたこと、早く知らせに行かないと」
「そうだね。…でも、ごめん。足に力が入らなくて、思うように立てなくて――」
と言い終わる前に、体がふわっと軽くなった。
まるで、無重力になったような…そんな感覚。
驚いて顔を上げると、すぐ目の前にはりっくんの顔。
それもそのはず。
なんとわたしは、りっくんにお姫様抱っこをされていたのだった…!
「立てないなら、これでいいだろ?」
恥ずかしさで顔が真っ赤なわたしとは反対に、りっくんは余裕の笑みを見せている。
「お…下ろして、りっくん!1人で歩けるよ…!」
「ついさっき、立てないって言ってたヤツがなに言ってんだよ」
「で…でも。こんなところ、先生に見られたらっ…。恥ずかしいよ……」
「俺はべつに構わないけど?それに、恥ずかしがるしずくがかわいすぎて、ずっとこうしていたい」
耳元でそう囁かれ、わたしは顔から火を吹きそうなほど。
お姫様抱っこなんて、ドラマや少女マンガの中だけだと思っていたから、実際に自分がされるなんて…恥ずかしすぎる。
でも、…まだ自分の力で歩けないのも事実。
「ちょ…ちょっとの間だけだからね…!」
そう言ってみたものの、りっくんに包み込まれるようなお姫様抱っこは心地よくて…。
ずっとこうされていたい、なんてことを思ってしまったのだった。
そのあと、わたしのことを探してくれていた先生たちと合流。
無事に、りっくんといっしょにコテージに戻ったのだった。
すでに時刻は、18時過ぎ。
わたしたちは雨に濡れた体を温めるために、すぐにお風呂に入った。
そして、今はコテージの医務室で先生に診てもらっている。
「よかった…。擦り傷や切り傷程度で、大きなケガはしていなくて」
引率していた保健室の先生が、丁寧に絆創膏を貼ってくれる。
先生の言葉に、りっくんもほっとしたような表情を浮かべる。
すでに食堂では夕食の時間らしく、わたしとりっくんの夕食は医務室へ運ばれてきた。
「先生たちは一旦抜けるから、もしなにかあったら呼びにきてね」
「わかりました」
「ごめんね、こんなところで食事だなんて」
「いいえ、構いませんっ」
わたしは先生に笑ってみせる。
だって、みんなといっしょに食べる食堂だったら、クラスごとに座ることになる。
クラスの違うりっくんとはいっしょにはなれない。
だけど、ここならりっくんと2人きりで、顔を合わせて食事をすることができるから。
それが、うれしいんだ。
「なんだよ。さっきから人の顔をじろじろ見て」
「な…なんでもないよ!」
ついつい、目の前に座るりっくんに見惚れてしまっていた。
…今まで自分じゃ気づいてなかったけど。
りっくんの気持ちを知って、頼りになりすぎるくらいのりっくんの姿を見て――。
わたし、めちゃくちゃりっくんのことが好きなんだ。
「あれ?りっくんは食べないの?」
わたしは、デザートのゼリーに手を伸ばしたところだけど、りっくんはほとんど食事に手をつけていない。
「…ああ、うん。あまりにもしずくがおいしそうな顔して食べるものだから、ずっと見ていたかっただけ」
「なにそれっ…。そんなに見ないでよ…!」
りっくんに見られていると思ったら、余計にゼリーが食べづらい。
――そのとき。
医務室のドアが勢いよく開け放たれた。
驚いて目を向けると、そこに立っていたのは芽依。
急いできたのだろうか、息を切らしている。
「め…芽依?」
ドアのところでハァハァと息継ぎをする芽依に、おそるおそる歩み寄ると…。
「しずくっ…!ほんとにごめんなさいっ!!」
なんと、芽依が泣きじゃくりながらわたしに抱きついてきた。
子どものように、その場でわんわんと泣く芽依。
こんな芽依の姿、今までに見たことがない。
「…どうしたの?なにかあった?」
「なにかあったもなにもっ…。あたし、…しずくにひどいことした」
…『ひどいこと』。
わたしを無視していたことだろうか…。
「もういいよ、芽依。無視されても平気だったって言ったら嘘になるけど、こうして謝ってくれたなら、それで――」
「…違うの」
「え…?違うって?」
わたしが顔を覗き込むと、芽依は涙を払ってわたしを見つめた。
「スタンプラリーで、しずくのほうの道にはスタンプ台がないのをわかっていたのに…。あえてそっちに行かせたの…」
「そう…だったの?でも、どうしてそんなこと…」
「…ちょっと意地悪して、困らせたかっただけ。でも、そんなの間違いだったって、…律希くんに言われてようやく目が覚めたの」
「…りっくんが?」
どうやら、わたしがみんなとは違う道を進んだあと、芽依たち3人は最後のスタンプ台を見つけることができた。
そして、わたしはすぐに引き返してくるだろうと思っていたんだそう。
しかし、10分たっても20分たってもわたしが戻ってくることはなかった。
怖くなった芽依たちは、近くにいた先生に報告。
そして、先生たちが手分けしてわたしを探すこととなった。
ひとまず、先にコテージに返された芽依たち。
そこで、さっきすれ違ったりっくんに、なぜわたしがいないのかと問いただされる。
その重圧に耐えられなくなり正直に話したところ、りっくんは激怒。
芽依たちを怒鳴りつけ、わたしが進んだ道を聞き出すと、一目散に探しに行ったんだそう。
「律希くんに怒られて、とんでもないことをしてしまったって後悔して…。しずくが戻ってこないかもと思ったら、こわくて仕方がなかった…」
「…芽依」
「あのとき、すごい剣幕で怒ったけど、俺は間違ったことをした篠田さんたちに謝るつもりはないから。俺の中では、しずくが一番大事だから」
りっくんのその言葉を聞いて、芽依はゆっくりと頷いた。
「それで、ようやくわかったの。あたしがどんなことをしたって、2人の間を引き裂くことなんてできないんだって…」
芽依は、ただただりっくんのことが好きだっただけ。
その好きという気持ちに、わたしは邪魔な存在だった。
だから、わたしのことを無視したり、いやなことをしてきた。
芽依がしたことは簡単に許せるものではないけど、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらわたしに謝ってきた。
自分の行いに、とても反省している。
わたしだって、芽依は悪い子じゃないのは知っている。
芽依がわたしに話しかけてきてくれなかったら、地味なわたしは今もクラスで1人浮いていたことだろう。
芽依がいてくれたから、学校生活が楽しかったわけだし。
だから、もういいの。
「しずくには、友達の縁を切られたっておかしくないと思ってる。あんなにひどいことをしてきたんだから…。だから――」
「じゃあ、わたしのお願い…聞いてくれる?」
「お…お願い?」
予想外の言葉に、少し顔を強張らせる芽依。
そんな芽依に、わたしはにっこりと微笑んだ。
「もう一度、わたしと友達になってくれる?」
わたしだって、できることなら芽依とこのまま友達の縁を切るなんていやだ。
せっかくわかり合うことができたんだから。
だから、もしこんなわたしでよければ、もう一度友達になってほしい。
わたしの問いに、芽依の瞳にまた涙が浮かぶ。
「…当たり前じゃんっ。だってあたしたち、“親友”でしょ!」
芽依の言葉に、わたしも笑顔がこぼれた。
また、芽依と新しい関係を築くことができた。
だからこそ、芽依はわたしの“親友”なんだ。
「それにしても、しずくのことがめちゃくちゃ好きって気持ちが、律希くんからビリビリに伝わってきたよ」
「…えっ、りっくんから?」
「そうだよ。やっぱり幼なじみって最強だね」
「そ…そんなこと…!ねぇ、りっく――」
わたしがりっくんに声をかけようとしたそのとき、イスに座っていたりっくんの体が斜めに傾いたと思ったら…。
…ガチャン!!
テーブルの上にあったりっくんの食器類が床に散らばり、けたたましい音とともにりっくんが倒れた。
「りっくん…!?」
慌てて駆け寄って、体を起こす。
すると、すぐにわかった。
りっくんの体が、ほてって熱いことに。
虚ろな目をして、苦しそうに息をするりっくん。
おでこに手をやると…。
「すごい熱…」
力なくわたしにもたれかかるりっくんに、わたしは戸惑うばかり。
「しずく、あたしが先生呼んでくるから…!」
なにもできないわたしの代わりに、芽依が先生を呼びにいってくれた。
そして、りっくんは先生に抱えられながら、別室へと移されたのだった。
そんなりっくんの様子を遠目に見守る。
「…りっくん、大丈夫かな」
全然食事に手をつけないと思っていた。
『…ああ、うん。あまりにもしずくがおいしそうな顔して食べるものだから、ずっと見ていたかっただけ』
りっくんはああ言っていたけど、本当は体調が悪くて食欲がなかっただけなんだ。
わたしは木の下で雨宿りしていて、あまり濡れることはなかったけど、りっくんはあの土砂降りの雨の中、わたしを探していて…。
そのせいで、体が冷えて体調を崩してしまったに違いない。
すると、心配そうに見つめるわたしの背中を芽依が痛いくらいに叩いた。
「な~に、こんなところで突っ立ってるの!」
「い…痛いよ、芽依」
「ボサッとしてないで、早く行ってあげなよ」
「…え?」
「だって、しずくは律希くんの“彼女”なんだからっ」
「…べつに、まだ“彼女”ってわけでは。それに、わたしが行っても迷惑だろうし…」
「そんなことないでしょ!こういうときにそばにいてくれたほうが、律希くんもうれしいに決まってるじゃん!」
ニッと笑ってわたしの背中を押す芽依。
りっくんとの仲をまだ説明できていなかったけど、芽依はすでにわたしたちの関係を理解してくれていた。
「しずくがいるから律希くんのことは諦めたけど、あたしは“モデルの律希”のファンだから。ちゃんと看病しないと許さないよ!」
芽依にそう言われ、わたしはクスッと笑った。
「ありがとう、芽依」
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