聖なる剣と氷の王冠

紫夕

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謎の男

第二章一話

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「ゼルス兄さま、嬉しい…!」
 少女の面影が残るデルカが愛らしく微笑んでいる。この記憶は確か、ゼルスがかつて森の中で見つけたとっておきの場所で、初めてデルカに愛を誓った時のことだ。ゼルスもデルカも、月影に揺られながら幸せそうに身を寄せあっている。それを遠くの木々の間から、もう一人の自分が虚げに見つめている。ゼルスはすぐに気付いた。───これは、夢だ。
 ハッと浅い眠りから目覚めると、胸に鈍痛がした。どうやら殆ど息をしていなかったらしい。大きく息を吸うと、肺まで空気を送り込む。そしてゆっくりと体を起こした。こつん、と右手に何かが当たる。それを見れば、隣でソルカが横になっていることに気付いた。ソルカは、何も言わずにゼルスを見つめている。そして、ゼルスと視線があったことに気付かなかった振りをして、目を伏せた。ゼルスはその頭を撫でた。そして左隣にも目を向けると、ゼルスを挟む様に反対ではノルカが静かな寝息を立てている。涙の跡で汚れて、酷い顔だった。
「一晩中泣いていたのか」ノルカの目元をそっと拭う。
 産まれた時とほぼ同時期に両親を失った兄弟にとってデルカは、育ての親も同然だった。勿論、ゼルスも彼らにとっては家族のようなものだ。だが、血の繋がりのある実姉は誰にも代え難い。だからこそ、彼ら兄弟の悲しみは分かっているつもりだ。ゼルスもやるせない思いがあるが、何よりも今は怒りが勝っている。
 可哀想な兄弟を憐れんで側にいてやる時間は、もはやゼルスにはなかった。
 横になったままの兄弟の間を縫って、ゼルスは部屋の端まで行くと隠し棚の前に立った。
 ダルスの死があってから、一度も開いたことのない扉だった。木は脆く腐食していて、簡単に開く。棚の中には小さな蜘蛛が大きな巣を何重にも張っていた。目的のものは目の前にあった。
「……まさか、これを手に取る日が来るとは」
 埃と蜘蛛の巣で汚れたきった細長い木箱を取り出す。───中には、ダルスが生前書き残していた直筆の書状があった。いつか、ゼルスがシーマに向かい、騎士となる為に必要なものだと渡されていたものだ。
 折り畳まれた書状を開く。ゼルスには読めなかった。そもそも、ムンライで読み書きが出来るのは、長年シーマに仕えながら教育を受けていた父ダルスだけだったからだ。
『来たるべき時に、それをシーマのエルネスト王子に渡すのだ。さすればきっと、彼はお前の助けになってくれるであろう』
『父上、ここには何と書かれているのですか』
『…………お前には、知る必要のないことだ』
 歯切れ悪く目を逸らした父の視線を追いかけた遠い昔の自分を思い出す。あの時、どうして引き下がってしまったのだろう。幼かったとはいえ、何が書かれてあるのかくらい理解しておくべきだった。恐らく、ゼルスがシーマで騎士を目指せるようにと紹介状のようなものを書いてくれていたに違いない。しかし、ダルスが謀反を理由に処刑されて数年が経った今、この書状も役に立つものかどうか。むしろ、悪手かも知らなかった。
 ゼルスはそれを、懐に押し込むと荷物を簡単にまとめてから兄弟を揺すり起こした。
「ノルカ、ソルカ。…………起きろ」
 ソルカは初めから起きていたので、ゼルスが肩に触れるとすぐに身を起こした。そして、ゼルスの背中にある荷物に気付くときゅっと眉根を寄せた。
「義兄さん」
「ノルカ、起きなさい」 
「義兄さん……!」
 ゼルスの逞しい腕に、ソルカがしがみついた。震えながら丸める背中は、十代半ばの少年にしてはあまりにも幼い。ゼルスは何も言わず、反対の手でソルカの背を叩いた。しばらくそうしていると、ノルカが眠りから目覚めて、言った。
「義兄さん……行くんだね」
 その目は哀惜を漂わせながらも確信を持っていた。ゼルスはそれに頷いた。
「ああ」
────俺は、シーマに向かうぞ。
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