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第十話 連絡先と先輩
しおりを挟む「司?」
「あー……先輩、ほっぺに髪が掛かってました」
何でもないことのように、さっと先輩の耳に掛ければ形のいい先輩の輪郭がより顕になった。俺はそれを見ないふりして、先輩の横に置かれたままになっていたワイシャツを掴んで腕を通していく。
「真白先輩」
「何?」
「俺の他に先輩が連絡先教えた人って、何人ですか?」
そんなの、覚えてる訳がない。分かって言っていた。俺だって、俺が交換した連絡先の人数なんてはっきりと覚えていないし。だけど、問わずにはいられなかった。
「うーん。何人だったかな」
先輩は、悩むような素振りをしながら、学生服の胸ポケットからスマホを取り出して操作している。俺も、急いでカバンからスマホを取り出すと、QRコード画面を開いて待った。
「えっと、どこを開けばいいんだっけ」
「あ、そこのカメラボタンです」
「ここ?」
「そうです。……良かった。これで大丈夫です」
「ほんと?じゃあ一人だね」
「何がですか?」
「俺が自分から連絡先教えた人」
ピタリ、とスマホを操作する手が固まる。そんなまさかと、チラリと先輩の画面を覗き込めばSNSには俺のアイコンが一つだけ。
「先輩、嘘ですよね?このご時世に」
「残念だけど、嘘じゃないよ。家族とか正喜さんの連絡先は電話番号があれば十分だし、学校の人とそう連絡を取り合うこともないからね」
「え、えー……」
どうしよう。ニヤケが止まらなかった。それって、俺が一番先輩にとって仲良しってこと?自分のスマホの画面に目を落とせば、先輩の初期アイコンが目に映って、先輩の言う言葉の信ぴょう性も高まって、更に口端が弛む。
「じゃあ、俺が先輩の連絡先を知った初めての友達ってことですよね!」
「違うよ。仲良しの後輩」
ピシャリと、先輩は言い放った。手厳しい先輩は、俺達が初めて会った時の約束を未だに覚えているらしい。がっくりと項垂れながらも、スマホを握りしめる手は喜びに震えている。ようやく、先輩ともっと近付けた気がしたからだ。
「へえ。司のアイコンって猫なんだ。意外。可愛いな」
「実家で飼ってた猫なんですよ。美人でしょう。シロっていうんです」
「……へえ、そうなんだ?」
「先輩?」
「いや、何でもないよ。じゃあ俺もアイコン替えようかな。何がいいと思う?」
「先輩の自撮りがいいです」
「じゃあ犬にしよう」
「ええっ!何でですか!」
ぽちぽちと慣れない手つきでスマホを触っている先輩は、どうやら本当にSNSに不慣れなようだった。俺が着替え終わる頃に、ようやく「出来たよ」とスマホ画面を誇らしげにこちらに向けてくる。
先輩のアイコンに写っている犬は、画面に近すぎてぼやけている。愛嬌があって可愛いが、ちょっと間抜けな顔をしていた。
「似てると思わない?」
「何にですか」
「君に。この間ランニングしていたら、司に似た大きくて可愛い犬が目の前から歩いてきたから、写真を撮らせてもらったんだ」
くそ……この、ちょっと間の抜けた顔をした犬が何だか凄く愛おしくなってしまった。何より、先輩がプライベートで俺を思い浮かべてくれた事実が嬉しい。
「俺って可愛いですか」
「うーん……まあ」
「そこは可愛いって言ってくださいよ!」
「あはは、そうだね。現実の司は、そうだな……」
先輩はベンチから立ち上がると、俺の隣に立った。そして俺の顔をじっくり覗き込んでから「よし、帰ろうか」とカバンを肩にかけて先に扉まで歩いて行ってしまう。
「ちょっと先輩。言いかけたまま行かないでくださいって」
「司はモテそうだよね」
思わず、転けそうになった。先輩は360度どこから見ても整っていて、綺麗で、美しかった。誰に聞いても、モテそうなのは先輩の方だ。
「それ、先輩が言います?」
「走るの速い人ってモテるから」
「小学生男子までですよ、そんなの。もしくは先輩くらいです」
「司が知らないだけだって」
なんて嬉しいことを言ってくれるんだろうか。この先輩は。つまり真白先輩は俺のこと、格好いいって思ってくれてるってことでいいだろうか。
「先輩に言われたら、自信過剰になりそう」
「実際に俺、司のこと好きな人ひとり、知ってるし」
───更衣室の扉は、パタリと閉じた。グラウンドの照明が、俺の背中を照らしているせいで、先輩の顔がよく見えない。気になる言葉を途中でやめて、先輩は黙り込んでしまった。まるで、あの時のように。
いや、きっといつものように俺の反応を伺って楽しんでいるだけだと思うのだが。
「あの……俺が、好きな人って」
誰のこと?月島のこと、先輩も知っているんだろうか。それとも、もっと他に──先輩でも知っている人?先輩は、そのことに気付いてどう思ったんだろう。実は誰かに俺との仲を取り持つように言われて、それが今日この場なのだとしたら、何故だか胸が苦しかった。
例え、先輩に俺のことが好きな誰かの名を告げられたとしても、今俺の頭を占めて、憧れてやまないのは真白先輩ただ一人だというのに。
先輩の言葉を待って、俺は俯いた。別に誰が俺のことを好きだからって聞き流せばいいことだ。初めから知らないことのフリをして過ごせばいいから。だけど、先輩の口からそれを聞くのはつらい。
「あの、どうして先輩が、俺が好きな人を知って……」
「僕なの?」
「………………え?」
「僕のことが好きなの、お前」
「真白先輩……?」
「僕のこと、好きなんでしょ?」
どうしてそんなことを聞いてくるんだろうか。もちろん先輩のことは大好きだ。それは何度も本人に伝えてきたことだし、先輩も分かっているはず。それに、話の流れ的に今は異性のそれの好きかどうかの流れだったはず。とは言え、先輩に好きかどうかと問われれば、イエスと答える他はない。
「もちろん、先輩のことは好きです。大好きです」
「ふうん?」
あれ?そう言えば先輩って、一人称『僕』だっけ。
すると突然、俺の胸に衝撃が走った。気付けば俺の腕の中に、真白先輩がいた。
「えっ!?真白先輩!?」
先輩が、俺の背に腕を回して甘えるように俺の頬に頭を擦り付けてくる。汗と混じって、ほんのり香る先輩の甘い香り。
「え!?ど、どうしたんです?体調でも悪いんですか!?」
「お前、僕のこと好きなんでしょう」
「好きですけど!」
「あっそう」
「本当にどうしたんですか!?」
こんなにも密着して、熱を直に感じるほど側に真白先輩を感じたことはない。ドギマギする心臓と、行き場のない手を空中に浮かしたまま、俺は固まった。
時間にするとほんの数十秒間。ぱっと先輩は俺から離れると、逆光のまま暗闇へと後ずさっていく。
「じゃあまた。えっとお前……名前……」
「あ、あの、司。小嵐司です、先輩」
「ああそう。じゃ、司。またね」
暗闇の中で、荒れ狂う俺の心臓が波を打っていた。今のは一体───誰だった?
「………………真白、先輩?」
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