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第十五話 : 鬼の籠手
しおりを挟む三十三界は、巨大な梅林が広がる幻想的な空間だった。
赤く染まった梅の花が咲き乱れ、花弁が舞い散る中を『百花繚乱』の三人は進んでいた。
「ねぇ...『花鳥風月』の皆さん、まだ追って来てないよね?」
カエデの耳が周囲の気配を探る。
その時、サクラの足が止まる。
「あの人たちの事なんてほっときなさ......ん?」
「どうしたの?」
カエデが不安そうに尋ねる。
「なんか...声が...」
サクラの角が僅かに赤みを帯び始める。
「ここだ...」
巨大な梅の木から低い声が響く。
サクラにだけ聞こえるその声は、まるで地面の下から漏れてくるようだった。
「ここ...掘ってみよう。」
…
三人で土を退けていくと、巨大な籠手が姿を現れた。
サクラの腕の三倍はある朱色の籠手。右手用の籠手だ。
表面には妖しい模様が刻まれ、まるで生き物のように脈打っている。
「鬼の血を引く者よ...」
今度は三人にも聞こえる声が響いた。
「籠手から聞こえた?まさか籠手が...喋った?」
カエデが耳をピクピクさせながら、サクラの後ろに隠れる。
「我は『鬼桜の双腕』の右手『千変の拳』...千年の眠りの中で、相応しき者を待ち続けた」
籠手が静かに語りかける。
「千年...これは花鳥風月の言ってた伝説の武器のひとつでは!?」
ツバキが『良い子の迷宮百科事典』を開きながら興奮して言った。
「鬼の娘。お主の血は確かに我を呼び覚ました」
籠手の声に威厳が滲む。
サクラは恐る恐る手を伸ばす。
──朱色の籠手に触れた瞬間、体の血が騒ぐような感覚が走る。
「この感じ...なんだろう...懐かしいような...」
サクラの目が輝く。
「ふむ。鬼の娘よ。我と共に来るなら力を貸してやろう。」
籠手が続ける。
「だが、我には片割れがいる。左の籠手だ。共に千年を生きた、我がもう半身。まずはこれを見つけるのだ。」
「力を貸す?もう一つの籠手...?」
散り落ちる梅の花びらの中、三人は顔を見合わせる。
籠手が静かに語り始める。
「鬼の娘よ。我は千年前、お主の先祖とともに天と戦った。」
花びらが三人の周りを舞う。
その赤い色は、まるで血のようにも見えた。
「我ら籠手は双子の鬼の武具。されど、天との戦いの末に引き裂かれ...片割れは、どこかこの深淵の迷宮に眠っている」
籠手の声が重みを帯びる。
「私にそれを見つけろ...と。」
サクラの問いに、籠手が答える。
「そうだ。我の力を借りれば、必ずや導かれるだろう」
「でも...こんな大きな籠手...」
サクラが籠手のサイズを見て躊躇う。
「大きさは関係ない。我を着けてみよ。お主の手のように自在に動かせる」
籠手の声が静かに響く。
「いやだよ!埋まってた物だし!誰が着けてたのかもわからないし!汚い!」
サクラは籠手を投げ捨てた。
「まさかの潔癖症!」
籠手が驚いた。
「「良いから付けろよ!」」
カエデとツバキがサクラを押さえつけ籠手を着けようとする。
「いや!いやよ!汚い!」
サクラは涙ながらに叫び二人を弾き飛ばした。
「「きゃあ!」」
「このままじゃ話が進まないよぉ!」
「くっ!さすがに力じゃ勝てない!」
カエデとツバキが肩で息をしながら言う。
「我が...汚い...千年の...伝説の...」
籠手はとても悲しそうな声を出した。
「じゃあ洗えば良いじゃない!」
「なるほど!」
カエデが明るく言うとツバキが続いた。
「お、おい...?」
籠手が困惑する。
…
三人は近くに川を見つけた。
「カエデ!そこの指の間を丁寧にね!あ、あと柔軟剤は金木犀の香りが良いな!」
「ツバキ!籠手の中は 葉風梨ゐ酢 (ファブリーズ) を使ってね!
サクラが指示を出す。
「えっと...この人たち何してるの...」
籠手がとても悲しそうな声を出した。
泣いているのかどうかまでは分からない。
洗われているから。
ゴシゴシ...ゴシゴシ...バキッ!
「おい!バキッて!なんか取れたぞ!」
籠手が叫ぶ。
「あれ?なんだろこれ?」
カエデは取れた部品を見つめる。
「うーむ。何の部品か分からないな。」
ツバキがカエデの持つ手をマジマジと見つめる。
「まぁ気にしなくて良いんじゃない?」
サクラはカエデの手から部品を取り上げると投げ捨てた。
「...ケテ...タスケテ...」
籠手はグッタリしていた。
「「はい!キレイになりました!」」(ブンブン!バシッバシッ!)
カエデとツバキが籠手を振り回し、叩いて水を払いながら言う。
「もうやめてください...ごめんなさい...ごめんなさい...」
伝説の籠手の声が震える。金木犀の香りを放出しながら。
「ホントにキレイにしたのね?ホントね?ホントだよね?」
そう言うとサクラが恐る恐る右腕を籠手に通した。
…
「なにこれ...本当に自分の手みたい。」
サクラは籠手を握ったり開いたりしてみる。
その動作を行う度に金木犀の香りが辺りを包んだ。
「腕の三倍もある巨大な籠手なのに、不思議と重さを感じない...」
「サクラ...なんだか凄い武器を見つけちゃったね」
「サクラにピッタリだな。武器にも防具にもなりそうだ。」
カエデとツバキが感心したように見つめる。
「我は単なる武器ではない」
籠手が誇らしげに言う。金木犀の香りを放ちながら。
「我は生きた歴史。千年の昔より...」
「ねぇ...二人とも聞いて...これ凄いよ...」
サクラは籠手の話を遮るように震えながら崩れ落ちた。
「あのさ...もしかしたら憧れの 『路血投放拳』 (ロケットパンチ) が出来るかもしれない...」
その顔は興奮で恍惚していた。
「な...投げる気か!?...我は千年を生きた伝説の武具ぞ?数々の戦場を駆け、幾多の強者と共に...」
籠手の声も震える。
「まぁもう片方を見つけてっと。そしたら特上うな重の天麩羅セットだね。」
サクラは既に聞いていない。
「お、お主...まさか我を、売るつもりでは...」
籠手の声が弱々しくなる。
「うーん。お前次第かな?」
サクラがニヤリと笑う。
「あとさ?お前が私に命令するなよ。お前をどう使うかは私が決める。それが条件」
「「籠手さん...千年も待ったのにサクラで可哀想...」」
カエデとツバキは籠手を撫でる。
「あの...すみませんがもう一度そこに埋めて貰っても良いですかね?」
籠手の声が虚ろになっていく。
「よし!よろしくな!巳着威 (みぎい)」
「まさか右手だからその名前なの!?我は『鬼桜の双腕』の右手『千変の拳』という名が...誇りが...」
「ん?なに?文句あるの?ミギー?」
「いえ。ありません...」
籠手の手首が下を向いた。
三十三界の梅林に、サクラの楽しげな笑い声と巳着威の悲しい声が響き渡った。
サクラの右手から金木犀の甘い香りが漂う。
それは千年の眠りから覚めた伝説の籠手が、思いもよらぬ運命に身を委ねた証として──
深淵の迷宮に、静かに、しっとりと染み渡っていった。
(つづく)
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