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第壱話 : 三種の蕾

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「ぐすん…ぐすん…どうして…どうしてみんな…」

──夕暮れ時の大宮。

路地裏で一人の少女が泣いていた。



「ひっく…ひっく…寂しいよぅ…怖いよぅ…」

頭に小さな角の生えた少女が、膝を抱えて震えながら泣いていた。
突然、少女の上に二つの影が重なる。少女は驚いて顔を上げる。

──そこには獣人の少女と左目を抑えた少女が立っていた。

「…どうしたの?あなたのお名前は?」
獣人の少女が、そっと手を差し伸べる。

「サ…サクラ…」
角の少女が、涙目で答えた。

「よし!サクラ!ここから我等と共に大冒険を始めようではないか!」
左目を抑えた少女が、叫んだ。

サクラは驚いて二人を見つめながら言った。
「でも…私は鬼と人間の混血だからって…誰も仲良くしてくれなくて…」
サクラはうつむき、身を引きながら言った。

獣人の少女と陰陽師の少女は、顔を見合わせた。

──そして。

「「そんなの関係ない!」」

二人は同時に声を上げ、サクラの両肩に手を置いた。

「…ッ!!」
サクラの目が大きく見開かれた。

「私はカエデ!犬の獣人と人間のハーフだよ!」
「我が名はツバキ。心に闇の力を宿す者なり。」

「私たち、みんな同じだよ!」
カエデが元気よく言う。

「そうだ。この地に生きている者に大きな違いなど、断じてない!」
ツバキが付け加えた。

サクラは、目に涙を溜めながらゆっくりとうなずいた。
そして、彼女の頬に小さな笑顔が浮かんだ。

── この日、サクラに初めての家族が出来た。

この路地裏での三人の出会いから、世界の運命が動き出した。


……
── 10年後 ──

舞台は同じく大宮。

この『大宮』という街は『深淵の迷宮』と呼ばれる巨大な地下迷宮を中心に栄えている。

夕暮れの大宮の貧民街に三人の少女の影が長く伸びていた。

「よし、決めた!カエデ!ツバキ!集合ーッ!!」
サクラが拳を握りしめ、目を輝かせる。

「明日、私たちは『深淵の迷宮』に潜る!」

『深淵の迷宮』──その起源は約千年前にさかのぼる。
天界と地上を結ぶ「天の浮橋 (あまのうきはし)」が崩壊し、その際、天界の一部が地上に落ちた。
それは地下深くまで沈み込み、巨大な迷宮となった。

カエデが不安そうに首をかしげ、尻尾が揺れている。
「えぇ?サクラ、本気なの?」

ツバキが読んでいた呪文書を閉じて言った。
「ふむ...我が左目に宿りし漆黒の闇が警告を発している。汝の暴走は我らを破滅の淵へと導くであろう...」

「普通に話せ!」
サクラがツバキにツッコミを入れる。

「ふっふふー。大丈夫よ。私の力を見くびるなよ!それに何と言っても私たちには強い絆があるしね!?……な?…な?」
そして、自信満々に胸を張って言った。

それを聞いたカエデの耳と尻尾が下がった。
「わー…サクラが絆とか言ったー…不安しかなーい…」

同じくツバキが眉をひそめる。
「サクラよ、過信は魂の闇。慎重なる行動こそが、我らを勝利の道へと導く。さすれば、運命の扉は開かれん...」

「うるせー!普通に話せ!」

「カエデもツバキもこの貧民街でその日暮らしを続けたいの?人生を変えたくないの?」
サクラは両手を広げ、堂々と宣言する。

「「そ、それは……。」」
カエデとツバキは黙って俯いた。

さらにサクラは拳を振り翳して続けた。
「あのお寿司や天麩羅、すき焼きってやつを食べてみたくないの?」

ツバキは深くため息をつく。
「あぁ…主な理由はそっちか…これはもう止まらないな…」

カエデは苦笑いしながら言う。
「まぁでも私は二人といられるなら良いかな...それよりお散歩行こうよ!わん!」

「はーい!じゃあド天然のカエデちゃんと深淵の迷宮にお散歩確定しましたー!」
サクラがニヤリと笑う。

「えッ!?」
カエデの尻尾が下がった。

「さあ、行くわよ!私たち三人で『深淵の迷宮』を攻略するの!」
サクラが拳を振り上げる。
「そして!この私たちの一座名『天麩羅三重奏 (てんぷらとりお)』の名を…この世界に轟かせよう!」

(※一座とは俗に言うパーティーである。)

「一座名がダサいwww」
「その一座名だけはやめろ!頼む!頼む!」

サクラは両手を腰に当て、不満そうな顔をする。
「なんだよー!せっかく考えたのにぃー!」

「ふむ。我が心眼に映る未来...そこには『百花繚乱』の名が刻まれている...」

サクラの目が輝いたが、すぐに俯いた。
「おお!...べ、別にその『百花繚乱』でも良いって言うか…むしろ百花繚乱のが良いって言うか…でも『天麩羅三重奏』も同じくらい良いと思うって言うか…なんなら『お寿司協奏曲 (おすしこんちぇると』も捨てがたいかな…とか…」

カエデは二人のやりとりを嬉しそうに見て言った。
「はい『百花繚乱』で決まりーぃ!あははwww」

「ふふw」
ツバキは満足気に笑うと、読んでいた呪文書を開き視線を移した。



翌朝、薄暗い空の下、『深淵の迷宮』の入り口の『氷川神社』の境内では求道者たちが次々と到着し、深淵の迷宮への入場許可を待っていた。

いつしかこの深淵の迷宮に挑む者達は求道者と呼ばれるようになった。

サクラ、カエデ、ツバキの三人も、緊張した面持ちで列に並んでいた。

「おい、見ろよ。貧民街の小娘どもが並んでるぜ!」
がっしりとした体格の求道者が三人をからかってくる。

「え!いやだ!怖い!そんな貧民街の小娘をからかってくる程度の度量の人が居るなんて怖い!」
サクラはニヤニヤしながら言い返す。

「おぉ…今のは心にクルな...そ、それよりも深淵の迷宮をなめんなよ。お前らみたいなヒヨッコじゃ、入り口で泣き出すのがオチだ!」

「え!いやだ!泣き出しそう!そんなヒヨッコに因縁を付けてくる、この人の器が小さくて可哀想で泣き出しそう。」
サクラは最高のドヤ顔で言い返す。

「ちょ...この人、酷すぎないですか...?」
求道者が困惑している。

「がっはっは!大宮は今日も晴天じゃあ!」
サクラが空を見上げて笑う。

カエデが慌てて間に入る。
「ご、ごめんなさい。私たち…頑張りますから…」

ツバキは冷ややかな目で求道者を見つめる。
「ふん、無知なる者よ。我らが真の力を知る由もなし…」

「へっ!はいはい。せいぜい頑張るこったなー!」
求道者は泣きそうな顔で去っていった。

「よし。アイツの顔は覚えた。」
サクラは懐からメモを取り出すと書き記した。

「サクラ何を書いてるの?」
カエデがメモを覗き込む。

「表紙に『死の帳面』 (デスノート) と書いてあるな...」
ツバキが驚き項垂れた。



入場許可を得た三人は、ついに深淵の迷宮の入り口に立つ。
巨大な朱塗りの鳥居の向こうには、闇に包まれた未知の世界が広がっている。

サクラ、カエデ、ツバキは互いの顔を見合わせ、小さく頷いた。

突如、迷宮の奥から不気味な唸り声が響いてきた。
三人の体が一瞬すくむ。

「さ、さあ..行くわよ」
サクラの声が僅かに震えている。

「「 ...うん! 」」
カエデの尻尾が不安そうに揺れ、ツバキの左目が微かに光る。

三人は深く息を吸い。吐き出す。
そして、躊躇いがちな一歩を踏み出す。

鳥居をくぐった三人の姿が、深淵の闇に飲み込まれた。

(つづく)
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